35話 英雄回廊:ホツマ5&セント・アンジェリーナ3
※視点と時間軸は前後しますが、とりあえずそこまで小難しいことにはならない……予定?
† † †
ひとっ風呂浴びた後に、サイゾウは延々と手元に視線を落とし続けていた。そこに表示されているのは、個性豊かなこの城の護法たちのSSばかりだ。同じデザインの護法はひとりとしておらず、偏執的なまでの作り込みを感じられた。加えて、どのデザインも見事の一言で、表情や動作も素晴らしい――。
「……なにをやっている? サイゾウさん」
「ああ、このSSの中からアカネ殿が喜びそうなのを見繕おうかと――」
声をかけられ、振り返るとそこには豊かな胸の谷間があった。ん? とサイゾウは視線を上げると湯上がりなのだろう赤髪を編み上げアップにした浴衣姿の美女が、怪訝な表情を浮かべていた。
「えー、あー……ふーあーゆー?」
「忍者ロールからエセ外人ロールに変更したのか?」
「あ、いや。かたじけない。ちょっと脳の処理能力を超えたでござるよ……」
ひとつ、ふたつ、三つと呼吸を整えて。改めて、サイゾウは問いかけた。
「カラドック、殿でござるか……?」
「そうだが?」
「その格好は……?」
「護法、と言ったか? あの女中たちにほぼ強制的に着せられてな。髪もこの通りだ」
さすがにこの格好でヘルムを被る訳にもいかない、とカラドックは苦い表情だ。それにサイゾウはふむふむと頷き、改めてカラドックの頭の先から爪先までを観察した。
その無遠慮な視線に表情の苦味が増し、カラドックがなにかを言おうとした時だ。
「いいでござるなぁ、浴衣! 拙者も頼めば借りれるでござるかな!?」
「え……あ、ああ……多分……?」
「なら、又左殿にも相談してみるでござるかな! そういう和服は、データ持ち込み以外なかったでござるからなぁ」
気勢を削がれた、とカラドックが戸惑っていると、今度はサイゾウが苦笑する番だった。
「ロールにせよ、別の理由にせよ、VRの中でいちいち気にしないでござるよ。せっかく好きに外見を弄れるのでござるから、好きにすればいいのでござる」
サイゾウはそう警戒していたカラドックに言うと、小さく肩をすくめる。
「そもそも、アレがどうだ、コレがどうだとか、クソ面倒なことはリアルに押し付けてやればいいのでござる。慮っても踏み込むな、これ、拙者のVR世界でのスタンスでござるから」
「……そうか」
からからと笑って言ってのけるサイゾウに、ようやくカラドックから警戒の色が消えて口元を綻ばせた。あ、今の一枚撮りたかったでござるな、とサイゾウは思ったが、脳内SSに記憶するに留めておいた。
「そういえば、他の女性陣はどうしたでござるか?」
「温泉に入ってから、部屋に戻っている。ただ、黒百合さんが――」
カラドックが言い切る直前、ドン! と衝撃に城が揺れた。地震の余韻のように城が軋むのが終わるのを待って、カラドックは内容を修正して伝えた。
「……試しにひとりで挑んでみる、と言っていたが終わったようだな」
「いや、この結果は見えていたと思うのでござるが……チャレンジャーでござるなぁ」
† † †
両親が仕事で不在の坂野家のリビングで、坂野真百合はぐったりとソファに倒れ込んだ坂野九郎を発見した。
「……どうしたの? 兄貴」
「おお~……」
真百合が顔を覗き込むと、ぐったりとした様子で九郎は重い瞼を開ける。完全に集中力を使いすぎての肉体的精神的限界に陥った様子だった。
「そっち、途中で撮影禁止エリアに入ったって言うからわかんないんだけど……なにか、あったの?」
「ああ、そういえばコメント止まってたな……気づかないぐらい、色々あったわ」
覗き込んで来る真百合に、英雄回廊:ホツマであったことを九郎は掻い摘んで説明した。たどり着いた謎の天守閣。その主である鬼神大嶽丸との遭遇。そこでホツマに至るための試練を受けていること――。
「悪いけど、もうちょいかかるわ。さすがエンドコンテンツ、クッソ強いわ……」
「……どうする? あたしとエレちゃんも行く?」
「あ、それは無理そうなんだわ」
確かにそのふたりの加入は状況を好転させる可能性がある。だが、大嶽丸の城をリスポーンポイントとして六人が登録したため、この六人が試練を突破するか諦めるまで新しい挑戦者は登録できない仕様、らしい。
「最悪、一度は諦めて再編成も考えっけど。今のメンバーで頑張ってみるわ……んで、そっちはどうだ? なにか動きはあったか?」
「ああ、こっちは……」
九郎の問いに、真百合は考え込む。なにを思ったか、ぐいっと九郎の上半身を少し持ち上げるとソファに腰を下ろした。
「……おい」
膝枕の体勢となって真百合を見上げることになって、九郎は半眼する。それに九郎の額を撫でながら真百合は言った。
「ちょっと長くなるかもしれないから、ちゃんと座らせてよ。最初から説明すると、結構面倒だし、お兄ちゃんの意見も聞きたいんだから――」
真百合は一度自分の中で話し相談すべき内容をしっかりと整理して、語り始めた。
† † †
■向こうが撮影禁止エリアになったのでこっちに来ました!
■ってことはなにかあるんだろうなぁ、あそこに
■シロちゃん、エレちゃん。セント・アンジェリーナ防衛隊のフローズヴィトニル出現報告スレッド確認ヨロ
■……なにか、すっげえ面倒なことになってんだけど
コメントの勢いが普段に戻ったのを確認すると、壬生白百合はスレッドの内容を確認して――絶句する。
「……っ」
「ん? おかしくないか? これ」
隣で一緒にエレイン・ロセッティも確認したのか、同じ疑問に至ったようだ。白百合は対フローズヴィトニル対策班のスレッドを再確認、エレインの討伐書き込み時間と出現報告時間を確認する。
「……え? 倒した後に、出現してない? これ」
「今まで、こんなことなかったのに……」
二日振りにフローズヴィトニルの討伐に成功した、白百合とエレインはそれで安心していた。なにせ、ひとつのエリアに神出鬼没になっても一度倒せばその日は出現しなかったのだ――だというのに、今になってその大前提が崩れたのだ。
■マジっすか? あの凶悪強盗犯、今になってバージョンアップしたの?
■あるいはなにかしらのフラグ踏んじまったのかもしれねぇぞ、これ
■へたなイクスプロイット・エネミーが可愛く見える凶悪さだな、あのノックアウト強盗
ドロップやアイテムが奪われることから強盗犯やらノックアウト強盗などとフローズヴィトニルが呼ばれるようになって久しい。実際、ハックアンドスラッシュ系アクションゲームにあるまじき凶悪能力の被害にあった者からすれば、そう言いたくなるのもよくわかる。
「んー、もう一度今日出現報告のあったダンジョンに行こう、シロ」
腕組みをして考えていたエレインが、そう切り出した。白百合が視線を向けると、エレインはツインテールの先に指を絡めながら言う。
「可能性が、あんまりにも多すぎる。だから、考えを絞ろ? 優先順はまずみんなが安心して素材集めができる状況を整えること。そのためにフローズヴィトニルを倒す、その上で一回倒しても現れるなら、倒した後もそのエリアに残ってワタシたちが警戒を続けるしかない……」
考え込む時の癖なのだろう、クルクルと指の動きが早くなると喋り方も早口になる。そしてゆっくりになると、口調の速度も落ちていった。
「新しい能力に目覚めたのか、温存していた……? ん、これはない。意味がないから。なら、この二日間倒せなかった間になにかがあった可能性もあるし~……駄目だなぁ、情報が少ないや。きっぱり考えるの、諦めた方がいいかも」
エレインは思考に没頭する。その表情は普段の子供っぽいそれではない、大人びた落ち着いた大人のように見えた。
■おー、考え込むとエレちゃん可愛いから美人さんになるな!
■表情って印象に重要だなって感じだな
■実際、この調子でエリア移動までやり始めたらお手上げだもんよ。厄介ってレベルじゃないわ、アイツ
■……そう考えると、今までよく被害を最小に抑えたよな
■しかし、頭を使うエレちゃんって珍しいな
ん? とコメントを見て、エレインは一度伸びをする。そして、なんの気なしに答えた。
「んー、今まではクロが考えててくれたから動くだけで良かったけど、いない時ぐらいワタシも考えないと」
■……なにか、夫がいない時はワタシがしっかりしなきゃって言い出した妻感?
■いや、そこは妻と妻だろうよ
■そのあたりの波は、二一世紀半ばに一気に全世界に浸透したかんなぁ
■仰げばエモし
■いいよね
■いい……
一家言ある視聴者たちのコメントを見ることなく、エレインは白百合を見上げて言った。
「クロに任されたんだもん。きっちり、やり切ろう?」
「ん、そうだね」
† † †
(……このあたりは、後で勝手に兄貴が動画で確認するかな?)
真百合はそう思って、一部のやり取りは端折ることにした。そして、重要な部分を語ろうと頭の中で情報を整理した。
(……なにか、一瞬妙なこと考えてたな? コイツ)
膝枕の体勢のまま九郎は『妹』の態度に鋭く察して、後で動画の確認もしておこうと心に決めた。
† † †
実際、クロがいつも考えてくれるので使わないけど、エレちゃんは頭脳派だったりします。
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