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34話 英雄回廊:ホツマ4

※このお話のR15はあくまで保険、大変健全なお話です。

 きっと謎の光や湯気が大活躍しているでしょう。

   †  †  †


 見上げれば果てのない闇を背景に、元通りとなった天守閣。白い湯気。


「はぁ……」


 壬生黒百合(みぶ・くろゆり)が、気の抜けた声を漏らす。首から下を満たすのは、身体の芯まで温めるお湯の感触。しゅわしゅわと肌から炭酸が弾けるような感触がするのは、どういう理屈か傷が治っているからか? ――HP(ヒット・ポイント)ゲージを見れば、実際に回復している。どんなにリアルに感じられても、これはゲームなんだなと思ってしまう。


『お客人、湯加減はいかがです?』

「……気持ちいい」

『それはよかったです』


 護法とそんなやり取りを交わし、黒百合はずるずると湯船の中に沈んでいく。こんな温泉が現実にあったなら、()()()()()()……そう思ってしまうのは、きっと心が本当に疲れているからだろう。

 こんな便利なものは現実にはない、なかった――それで終わる話だと、自分に言い聞かせた。


『その面、外せないのは不便でしょうね。御髪を洗うのも大変でしょう?』

「呪われた結果だから、仕方がない」


 一瞬、湯船の外にいる護法が痛ましげに眉根を寄せる。エクシード・サーガ・オンラインのシステムは服が脱げる処理はしてくれてるのに、“妖獣王(ようじゅうおう)黒面(こくめん)”は外せなかった。断固として外せないあたり、さすが呪いの装備だと思う。

 加えてどういう原理か、このお面は水を弾くのだ。完全防水、無駄に高性能である。


「ありがとう、気にしないで。自分で選んだ結果だから」


 こちらを気遣ってくれた護法に、黒百合はそう礼を口にする。それに護法はきょとんと目を丸くして――次の瞬間には、クスクスと鈴の音を鳴らすように口元を綻ばせた。


『良いものですね。礼を言われる、というのも新鮮な経験でございます』

大嶽丸(おおたけまる)……? は、言わないの? お礼」

『はい。我ら護法はあの御方の神通力によって動く存在。いわば、道具でございますから。むしろ、道具に礼を言うのは侮りかと存じ上げます』


 やって当然、できて当たり前。それに礼を言うのは、その大前提への否定だ、と。それは道具というあり方に誇りを持つ者の、強い返答だった。

 だとすれば、自分の礼は失礼だったろうか? 黒百合がそう思った時、他でもない護法から否定が返る。


『あなたはお客人。我ら護法への礼は、主への礼に等しいと存じ上げます。道具への感謝は主への感謝、己の役目を果たせた結果と思えば大変好ましいものでございます』


 それに、と護法は黒百合を慈しむように微笑みを深くする。


『あなたの礼は、私への言葉に対するもの。護法という私ではなく、私という者の言葉に向けられた礼であれば……ええ、大変心地の良いものでございました』


 胸に手を当て、そう噛みしめるように言う護法に、黒百合はそれ以上この話題を続けなかった。きっと、ひとつの礼で満足してもらえているから。それ以上は余分……いや、蛇足というものだ。

 そう思ったからこそ、黒百合は話題を変えようとまったく別の内容を口にした。


「あなたの主……大嶽丸は、強いね」

『もちろんにございます。ホツマ三大妖怪の一角にして、単純な個の暴力として見るのならば大嶽丸様と並ぶのは古の竜が誇る身体能力と百獣王(ひゃくじゅうおう)の武勇、第二位魔王の戦闘技巧以外にないでしょう』

「……それって――」

『一言で言うのなら、ホツマを含めた全世界の中で物理最強かと』


 護法は、一切の迷いなくそう断言した――思った以上に、あの鬼はとんでもない存在だった。そして、あの百獣王の本体がそれに匹敵するというのも、ある意味で凄まじい爆弾な気がする。

 そしてなによりも主の強さを嬉しそうに語る護法の顔を見ていると、それ以上の追求も無粋に思えた。


「……そうなると、あの条件でもきつそう」

『でしょうね。私個人と申しましては、まだお客人には無謀な挑戦かと思いますが……』


 その言葉に、ぶくり、と湯船に泡が出た。気づけば、身体が湯船にどんどん沈んでいて――自分の笑みが泡になっていた。


「いいね、無謀。嫌いじゃない」


 湯船から、真っ直ぐに手を伸ばす。白い、あまりにも頼りない少女の腕。それでも伸ばさずにはいられない、伸ばしたいのだとその手が語っていた。


『ふふっ、大嶽丸様の御力を見てそう言われるのは、あの方以来です』


 あの方? と黒百合が問い返そうとした、その時だ。


「うわ、本当に温泉ですよ……すごい……!」

「ぶは!?」


 聞き覚えのある声に、黒百合――その中の坂野九郎(さかの・くろう)がむせた。


   †  †  †


「すごいですよ……本当にリアル! 見てください、この、ぜっ……け、い……」


 タオルを身体に巻いたイザベルが、振り返って言葉が途切れていく。それは彼女たちを見てしまったからだ。


 ――そう、そこには別の()()があった。


「確かにすごいな、本物と言われても納得してしまう」


 そうわずかに驚きの表情を浮かべているのは、カラドックだ。引き締まったすらりと伸びた手足に、タオルで覆ってなお主張する胸の豊かさと腰のくびれ。その背の高さもあって、モデルかなにかと言われてもイザベルは「ソウデスネ」と一瞬で納得しただろう。


「エクシード・サーガ・オンラインは細部に拘ってますけど、これはもう……」


 その隣で目を丸くするのは、ディアナ・フォーチュンである。こちらは想像通りであったが、イザベルは想像と実際に目で見た時の衝撃は違うのだと思い知らされた。なんですか? エクシード・サーガ・オンラインの細部への拘りを最大限活用しているのはあなたではないですか?


「…………」


 イザベルは自分を見下ろそうとして、止めた。体型そのものはリアルそのままを活用してしまった、そのことを少しだけ後悔してしまう。


「あ、あの……お二方は……リアルのデータを、そのまま……?」

「ああ、私は髪の色を変えて身長は少し高めに設定したが、()()は変えていないな」


 そうなんの気なしに先に答えたのは、カラドックだ。今は身長を二メートルほどに設定しているが、なんでもリアルでも背は一八二あるらしい。男に見せたくて身長を少々盛った、とはカラドックの談だ。


「私も髪とか瞳とかの色は変えましたが、背とかのサイズはそのままですね」


 プロポーション自体は原寸大です、と返したのはディアナだ。歌を歌うのが目的であって、そのあたりは無頓着に事務所に任せてしまった結果である。ちなみにそれを聞いたプロのCGデザイナーが、苦笑しながらそのままで設定したらしい。


「ハハ、ソウデスカ、ワタシモナンデスヨー、ハハ……ッ」


 大丈夫です、私。ただの致命傷です、ぐったりしろ! と心の中でもうひとりの強いイザベルがそう語りかけてくる。弱いイザベル自身は、聞いた後悔に苛まれながらも乾いた笑いを浮かべた。


「……っ!」


 その時、ディアナが息を飲んで小走りに駆け出した。先に温泉に浸かって治療していた黒百合を見つけたからだ。


「クロちゃん!? 大丈夫ですか!?」

「……ん、無事」

「そうですか、良かった……です、けど……?」


 ディアナがソレに気づいて、戸惑う。湯船の外に控えていた護法が重い溜息をひとつ、黒百合の代わりに答えた。


『あなた方が入ってきたら、お客人の面が急に顔の方に移動したんです。どうやら、なにも見えないようで……』


 湯船に浸かったまま、黒い狐面――なんとなく、いつもより狐面の目は角度がキツい気がする――をつけた黒百合が、真っ暗な視界の中で虚無感たっぷりの声色で言った。


「……気にしないで」

「は、はぁ……」


 気にするな、と黒百合に言われたら、ディアナもそれ以上追求できない。……この時ばかりは、呪いの面に九郎は心底感謝した。


   †  †  †

イザベル「……く、黒百合さんは体型はリアル寄りに……?」

黒百合 「……色々、縮めてる」


※嘘はいっていない。



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[良い点] 大嶽丸兄貴温泉回ありがとう
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