33話 英雄回廊:ホツマ3
† † †
《――イクスプロイット・エネミー、“大嶽丸”の出現を確認》
《――偉業ミッション、『英雄回廊:ホツマの試練』へ移行します》
† † †
(――は?)
唐突なシステムメッセージに、壬生黒百合は一気に『ゾーン』へと強制的に入らされる。
無音の世界。無造作に踏み込んだ大嶽丸が右の前蹴りを放った。間延びする世界、その中で自分がひどく遅い。
(――う)
一本、二本、必死に尻尾を動かす。変形? 間に合うはずがない。
(――ご)
すべてが静止した世界で、大嶽丸だけが普通に動いていた。黒百合、坂野九郎にとって、生まれて初めての経験――『ゾーン』に入りながら、自分がその速度で動けないのは初めてだった。
(――け)
大嶽丸の前蹴りを、二本の尾が受け止める。背中が痛い、熱い、軋む。ああ、と九郎は知る。正面からの打撃の衝撃が遅れ、吹き飛ばされると先に背中から感覚に襲われるのか――!?
† † †
――五人は聞いた。ぱん! という破裂音。それが物質が音の壁を超えた証だと、誰も気づかなかった。そして、ゴォン! という轟音と共に、天守閣の屋根が半分吹き飛び――。
『お! やるねぇ』
それを成した鬼神が、右前蹴りを放った体勢で笑う。ただの一撃、その衝撃だけで半壊した天守閣の屋根。黒百合はかろうじて二本の尾で前蹴りを受け止め、四本の尾を屋根に突き刺し吹き飛ばされる衝撃を殺していた。
「……っ」
『戦意も死んでねぇ。よしよし、まずは合格。ちったぁ、俺と遊ぶ資格があると認めてやんぜ、《英雄》』
大嶽丸は、心底楽しげに笑う。まるで思いもよらぬ玩具が手に入ったことを喜ぶ幼子のように、無邪気に。
隙だらけだというのに、六人の誰も動けない。圧倒的という言葉を七の七乗しても足りない、実力差を感じていたからだ。
「俺ぁ、“獣王”どもや“魔王”と違う。“影”じゃなくて、本体だ。えーと、ほら、なんて言うんだっけ? お前らで言うところの……んー? “えんどこんてんつ”だっけか? アレでよ」
指先でこめかみを掻きつつ、大嶽丸はしどろもどろに言う。彼自身、内容を理解していないのが伝わってくる。
『だから、そうだな……一分だ。一分お嬢ちゃんが生き延びたら、ここを通してやるってことでどうだい?』
大嶽丸はそこまで言って、まず一本指を折った。
『多分、この条件でも足りねぇか? ま、何回でも挑戦していいってのを入れるか。んでもって、ここをりすぽーんぽいんとに設定しといてやっからさ。んー、そんで俺ぁ最終形態は使わない、妖術はなし。素手のみ……こんぐらいでどうだ?』
もはや手加減のバーゲンセールだ。それでも厳しい、そう思っているのは態度から明白で――黒百合は、九郎は、それが事実だと痛いほど理解できた。
なにせ、本当に生まれて初めての体験だった――『ゾーン』の中で、自分よりも速く動ける存在など。
「……質問がある」
『おう、なんでぇ』
黒百合の言葉に、大嶽丸が問い返す。黒百合はひとつ、ふたつ、口を動かしてから――正直な気分で訊ねた。
「作戦会議、していい?」
『お、いいぜ! んじゃ、部屋ぐらい貸しやっか。おーい』
ぱんぱん、と軽い調子で、大嶽丸が手を叩く。すると着物姿の女たち――護法たちがいそいそと大量に現れた。
『大嶽丸様、自分の城とはいえ壊さないでください』
『だって脆れぇんだもんよぉ。あ、そいつらは俺の客だぁ、粗相のねぇようにな』
んじゃな、と自分が空けた屋根の穴から大嶽丸は城の中へ降りていく。一体の護法が黒百合の前に歩み寄ると、ため息と共に告げた。
『お客人。まずは治療を』
「……ん、いるかも」
そのまま、黒百合が崩れ落ちる。黒百合の現在のHPは〇――イベントシーンが終わるまでかろうじて戦闘不能状態を免れていた状態だった。
† † †
『男性の方々は、このお部屋をお使いください』
「アッハイ」
護法のひとりにそう告げられ、思わずサイゾウは正座で対応してしまった。逆に、堤又左衛門こと又左はどっかと胡座をかいて腰を下ろす。
「すっげえな、マジで大名の城って感じだぞ」
又左はワクワクを隠せず、周囲を見回す。旅館の宴会場と言っても通じる、何十畳もある畳の部屋だ。襖も白に基調に黒い墨の絵でホツマの春夏秋冬、四季を描いた上品なものだ。とても鬼の居城とは思えない、又左の言う通りにどこぞの大名の城と言っても信じただろう。
「だけど、アレだな。どう思う? サイゾウさん」
又左の問いに、正座しながら感動していたサイゾウがようやく帰ってくる。拙者は忍者、拙者は忍者、拙者は忍者。三回ほど繰り返し、ただいま拙者。お帰り拙者。
「……アレ、無理にもほどがござらんか?」
黒百合が一分生き延びたら勝ち、正直あんなの条件とも呼べない。無造作な蹴りだけでも反応できたのは、黒百合のみ。残りの五人はなにが起きたのかもわからない、あれでは盾になることさえできない――。
「そもそも、第一条件がきつすぎて、どんなにいい条件を後出しされても意味ないでござるよ。無理にもほどがあるってもんでござる」
だが、とも思う。それでもアルゲバル・ゲームスがそんな無理という条件を突きつけてきたとは思えない。だとすれば、それこそどんなに細い糸だろうと大嶽丸が提示した条件ならクリアできる余地があるのだ。
「……どちらにせよ、今は黒百合殿の治療待ちでござるな。んで、相談してなにか打開策を――」
「いや、そっちじゃなくてよぉ」
いや、それが大事なのもわかるんだぜ、と又左は前置きしながら、言った。
「男性の方々は、このお部屋をお使いくださいって俺らはここに連れて来られたのに、カラドックの旦那がいねぇんだけど――そういうことだよな?」
「――おっふぅ」
† † †
『女性の方々は、このお部屋をお使いください』
「は、はい……?」
護法が頭を下げて、去っていく。そこにいたのはディアナ・フォーチュン、イザベル――そして、カラドックだ。
「あ、の……カラドックさん?」
「……こういう身バレをすると思わなかったが――」
恐る恐る聞いてくるイザベルに、カラドックはフルフェイスのヘルムを外した。そこに現れたのは、炎のように赤い長い髪と鋭利な印象をした女性だった。
「いや、中も女性なんだがな。私はタンクの役割演技が好きなのだが、女性を矢面に立たせるのを気にする男というのもいてなぁ。男と女でデータの違いはないと思うのだが……」
なので男性名を使い、姿を鎧で隠していた訳だ、とカラドックは答える。ヘルムとボイスチェンジャーを連動しているのか、外した今は声もハスキーだが明確に女性のものだ。
カドラックにもカドラックなりの苦労がある、という訳だ……ここに黒百合がいれば、それはそれで目の光を失っていただろうか。
「…………」
「大丈夫ですよ、ディアナさん。黒百合さん、すぐに回復するって言ってましたから」
「……はい」
イザベルが元気づけようとディアナに笑いかける。しかし、カラドックは知っている。そこではないのだ、と。
(……なにも、できなかったからな)
力になれなかった、それどころか足手纏いにさえなれなかったのだ。黒百合の力になろう、と意気込んでいたディアナにとっても辛い現実だったろう。
(……私も同じだな)
タンクでありながら、守られた。あの一撃、誰でも良かったはずだ。迷わず黒百合を大嶽丸が狙ったのは、彼女以外が敵とさえ認識されなかったことに他ならない。
「……っ」
気づけば、ギシリと歯ぎしりし拳を強く握っていた。無力だ、それをここまで味わったのは、初めてだったかもしれない――遊びだろうと本気でやっているからこその、悔しさだった。
「あ……の……」
それでも、イザベルは仲間たちを元気づけようと言葉を探した。必死に、頭を巡らせて……その時だった。
『失礼いたします、お客人がた――大嶽丸様が、まずは旅の疲れでも洗い落とさせてやれ、とお風呂の用意を』
「「「……はい?」」」
呆気に取られて、三人が間の抜けた声をこぼしてしまう。あまりにもいたれりつくせり、客人として扱われ戸惑うしかない。
そんな三人の反応に、護法の女は優しい笑みで言った。
『大嶽丸様……うちの主は、こう……その、そういうとこのある……御方で、して……』
必死に言葉を探したが、やはりおざなりなフォローしか主にできない護法であった。
† † †
あ、次は一部のみなさんお待ちかねの温泉回です(大嶽丸――目の前の不思議な箱や不思議な板で調べてみると、納得の強さかと思われます)
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