26話 その時のためにできること~みんなのトラウマエネミー:2~
※ゲーマーには、逃げられない戦いがある。
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みんなのトラウマを語る前に、エクシード・サーガ・オンラインの採集について説明しよう。
オープンワールドであるエクシード・サーガ・オンラインには、フィールドやダンジョンに膨大な数かつさまざまな種類の採集ポイントが存在している。この採集ポイントは常に採集できる訳ではなく、現実世界の二四時間でどのポイントが採集できるかどうかの再判定がPCごとに行われるようになっている。
「もちろん、まったく価値のない石とか砂、土、草とかは普通にフィールドのどこでも拾えるようになっているの。でも、やっぱり価値はないのよね。売り値も〇サディールだし、そこのところは現実と変わらないよね」
壬生白百合が、解説画面を指示棒で視聴者へ指し示しながら続ける。
「フィールドに存在する採集ポイントは、ひとつのポイントによって採集行為が最低二回から確認されているだけで最大一〇回行える。この回数はランダムで、一〇回となるとアビリティ《採集上手》が必要になるから――」
「実はこのヘルメット、頭部防具でこれだけで《採集上手》が発動する。防具としては初期装備並だけど、採集に関しては優秀」
コンコン、と自分のヘルメットを叩き、壬生黒百合がそう補足する。
「で、鉱石系の採集ポイントだけはピッケルってアイテムがないと絶対に採集行為が行なえないの。耐久値が存在して、一定回数以上使うと壊れちゃう仕様なんだよね。でも、その分鉱石系の素材は売値もそこそこいいから元は取れるはずなの」
さて、ここでみんなのトラウマ――アースエレメンタルに触れていこう。
「アースエレメンタルは、この“ドヴェルグの廃坑”のような洞窟系のフィールドやダンジョンに出現する精霊系エネミーだね。クローズドβテストの時に、この“ドヴェルグの廃坑”にはアースエレメンタルを狩りに多くのPCが訪れたの……」
そこで白百合の表情が曇る。その視線には、まるでそこで行われた惨劇を悼むような痛ましさがあった。
「でも、今はもうみんな寄り付きもしない……わ」
「……なんで肝試しみたいなノリなの? シロちゃん」
「肝試し! いいな! やってみたい!」
「ある意味、ホラーだから」
ディアナ・フォーチュンとエレイン・ロセッティのまったく違う反応に、黒百合が補足する。エレインはそろそろ飽きが来たのか、黒百合の背中にしがみついて遊んでいた。普段ならそんなやり取りに沸き立つコメント欄も今日は違った。
■あっ、あっ、あっ
■ごめんなさい、ごめんなさい、もう楽しようと思うません……だから、もう石は止めてください……
■時折、土も出たよなぁ……
■石を止めてってそういう意味じゃないからぁ!?
コメント欄が再び賑わい始める。確かに、反応がホラー番組の実況に似ている……かもしれない。
「そう、彼らはアースエレメンタルの特殊なドロップ方法に魅せられていたの……アースエレメンタルは倒すと、採集ポイントに変わるエネミーだったのよ……」
■だってぇ、鉱石系の採集ポイントってランダムでポップするから少ないのよぉ!
■その点、アースエレメンタルは出現場所に結構な頻度でリスポーンするんだもん……
■ゴールドラッシュだと思ったんだよなぁ……実際、ストーンラッシュだけど……
■あの時の絶望よ……もしかしたら次こそは、そんな希望こそが絶望の入り口だったんだ……。
そう、本当の絶望とは望みが絶えることではない……望みが絶えないことだ。
次こそは、次こそは……そんな淡い期待を裏切られ続け、採集アイテムであるピッケルだけが失われる。途中で目が醒められた者は、幸いだ。傷は負っても、致命傷ではなかったのだから……醒められなかった者は、最後まで希望にすがりつき破産していったのだ。
“銀魔”:『ギャ、ギャンブル依存症みたいな話に……』
“黒狼”:『ね? ホラー』
ディアナに表で口に漏らしてしまううっかりがなくて幸いである。そんな秘匿回線のやり取りに白百合は咳払いをひとつ、改めて黒百合と向き合った。
「……でも、話を聞く限りアースエレメンタルを乱獲するの、意味がなくない? クロ」
「ん、今回は検証も兼ねてる」
白百合の意見はもっともだ、それを認めた上で黒百合は答える。ひょいっとしがみつくエレインを持ち上げてしっかりと立たせると、黒百合は言った。
「ヒントは第一回乱獲大会、トレントにある」
† † †
ダンジョン“ドヴェルグの廃坑”は、神話の時代に存在したという伝説の妖精種族ドヴェルグが掘ったという鉱山跡だと言われている。大地の種族と呼ばれ鍛冶に優れたドヴェルグにとっては枯れたも当然の廃坑でも、後世の者たちにとってはまだまだ使える鉱石が多数出る生きた鉱脈だった。
ガリガリガリ、と大地が隆起していく。そこに現れたのは、全長二メートルほどの人型の動く土、アースエレメンタルだ。
「そもそも、クローズドβ時のデータを確認したらあまりにも石がですぎていた」
黒百合は小狐丸を抜きながら、そう告げる。アースエレメンタルが、迫る。その土塊の拳は黒百合の頭よりも大きい――その拳を下段からのアーツ《受け流し》で逸らすと、返し刃で袈裟懸けに斬り伏せた。
「アーツ《斬鉄》」
小狐丸作成の時に、守護者の大太刀に宿っていたアーツ《斬鉄》を組み込まれている。このように使わない種類の武器にでも有用なアーツが宿っている場合があるので、さまざまなエネミーと戦いドロップを得て宝箱から武具を得る、終わりなく戦うとなるのである。
「でも確率的には石が出やすい、んでしょう?」
「それでも異常。でないと、こうはならない」
■あっはははは! 採集ポイントが一体、採集ポイントが二体、採集ポイントの山だぞぉ!
■くそ、初期武器だと苦戦するぐらい強いくせにぃ! それでドロップ品がピッケル使って石ってクソだろぉ!!
■オレは目覚めたんだ……一回ミスリルが出たのは偶然……あ、でもでも……ああ、いかんいかん……また破産するわけには……
■悪霊退散! 悪霊退散!
そ、そうですね、とディアナは視線を逸らす。ゲームはやってもこんなハマり方をしなかったディアナにとって、コメント欄がゾンビウイルスに感染した犠牲者の集まりに見えた。ホラーもすぎればギャグになる、あるいは逆か……ギャグもすぎれば、ホラーになるのだ。
「そもそも、採集ポイントでも石の確率が高いところはある。それでも、四回は採集できれば普通は石以外の鉱石は出る――アルゲバル・ゲームスが出した確率を信じれば、アースエレメンタルの採集ポイントの確率は同じはず」
「んー、運営側が嘘つく必要ないもんね……」
白百合が、そうこぼす。それに黒百合は三人同時に秘匿回線を送った。
“黒狼”『確率で嘘をついたら、実は立派な詐欺になる。だから、メタ的にない』
“金兎”『え? 日本の法律ってそこまで厳しかったっけ?』
“白狼”『あ、そっか。ピッケル購入で課金してると実はあり得ちゃうのか』
“銀魔”『あー! リアルマネーに関係しちゃうとって前にゲーム歴史の特集記事で見ましたね』
ゲームの歴史は、ある時期から課金による資金回収について無視できなくなる。エクシード・サーガ・オンラインには確かに課金要素はあるものの、それはあくまでスタートダッシュのブーストぐらいの意味しかなく、課金金額も非常に良心的にすんでいる。
後々、配信やらなにやらで回収する目処が運営にはあり、またスポンサーからの厚い資金提供があるからなのだが、後者は特に運営以外には意識されていない。
“黒狼”『リアルマネーの話は配信ではしない方が無難。一応、念のために伝えておく』
“金兎”『ん、了解』
どんな業界にもデリケートな部分があるのだ。そのあたり、一番理解しているのはゲーマーである黒百合こと坂野九郎だった。
「ヒントはトレント。トレントは弱点である火で倒すとドロップ品のランクが一段階下がった」
「あー……じゃあ、倒し方が悪かったってこと?」
黒百合の言葉に、以前の乱獲大会のことを思い出して白百合が小首を傾げる。それに黒百合は半分同意し、半分否定した。
「倒し方の問題はそう。でも、きっとそれ以外に倒し方で出現する採集ポイントが違う可能性がある」
その検証を行なう――そう言った黒百合の無表情には、瞳に強い決意の色が見えた。
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どんな世界でも、リアルマネーが絡むと面倒事が増えます。
実はエクサガは決闘の勝敗結果でも、アイテムの譲渡などは行えません。これができると、リアルマネーをもらってわざと負けて、ゲーム内アイテムでお金を得てしまう、などの悪さをするからです。
このあたり、安西Pは「性悪説」論者で、だからこそ運営は毅然とルールを持って対応すべしという理念を持っているお人です。
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