25話 その時のためにできること~みんなのトラウマエネミー:1~
MMORPGを始めとした、ハック&スラッシュあるあるネタとなります。
† † †
「――武器の一新を提案する」
食事処“銀色の牡鹿亭”、その二階にあるいつもの席で壬生黒百合がそう切り出した。その言葉に、チョコケーキを味わっていたエレイン・ロセッティは黒百合の刀に視線を向ける。
「あれ? クロ、新しく刀作ってなかった?」
「ん、あれはあれ」
黒百合の刀、小狐丸は以前の“妖獣王・影”戦の時にドロップした“妖獣王・影”の残滓を用いて打たれた打刀である。その攻撃力は、現在のオープンβでも最高峰の攻撃力二五を誇っていた。初期装備である無銘の刀が攻撃力五であったことを考えれば、実に五倍の威力を誇ると言っていい。
鈍重な両手武器にも匹敵するその攻撃力は、少なくともそのアーツも含めて片手でも扱える武器の中では最強の一角と言って良い。
「それ、セント・アンジェリーナ防衛隊でも出てた意見だよね」
壬生白百合は紅茶のカップを置き、改めて所属組織の掲示板を確認する。そして、問題の書き込みをクローズアップするとテーブルの上で展開した。
「あ、ハーンさんから出た情報ですよね」
ディアナ・フォーチュンの口から出た名前に、エレインは自然と口元を綻ばせる。今もメリーはハーンと一緒に幸せに暮らせている、その事実は確かな結果として彼女の中にあったからだ。
「凄腕の狩人だったから、“双獣王”の眷属に詳しかったんだって。それでいくつか貴重な意見が出てきたの」
「ガルムから始まって、フローズヴィトニルにヴァナルガンド、フェンリスウールヴ。今回の大規模レイドバトルにはエネミーに特徴がある」
レイドボスである“双獣王・影”が二体一組の狼であるからだろう、そのすべてが狼系エネミーで統一されているのだ。
“黒狼”:『もう並んでる名前の時点で、嫌な予感しかしないんだよなぁ』
“白狼”:『ん? どうして?』
“黒狼”:『眷属の名前が全部フェンリルの別名なんだよ。マーナガルムがそうだったから、間違いなく北欧神話で固めてくるのに……フェンリルはなぁ』
はっきり言ってしまえばフェンリルとは、北欧神話の主神であるオーディンを食い殺す運命にある恐るべき魔狼である。フローズヴィトニルにドロップアイテムや入手したアイテムを奪取するアビリティ《悪評高き狼》があるように、名有りの眷属は厄介な能力を持っていてもおかしくない。
「……この名前が“狩人ハーン”の口から出てくるのが趣き深い」
「あっ――あー……」
黒百合のなんの気なしの呟きに反応したのは、エレインだ。中の人の故郷的に、その呼び方でネタに気づいたのだろう。
「そっかそっか、“狩人ハーン”の元ネタってオーディンだっけか」
「ん? ハーンさんがどうしたの?」
「あ、違う違う。メリーのパパと関係ないというか、名前の元ネタというか? むしろ、クロが知ってたのが驚きかな」
「あくまで雑学の範囲」
エレインも知らない人には説明が難しい、という表情になる。ディアナとしてはもっとわからず、小首を傾げることなるだけだ。
イギリスのバークシャーに伝わる幽霊であり、ワイルド・ハントを率いる存在――“狩人ハーン”。その原典が北欧神話のオーディンにある、という名前ネタの元ネタなだけなのだが……アルゲバル・ゲームスもそんな名前の狩人にオーディンを食い殺すフェンリルの異名を語らせるのはあまりにもわかりづらい皮肉だ。
「なんにせよ、今回重要なのはガルムから始まって名有り眷属も“双獣王・影”も、全部が種族的に魔狼や魔犬ということ」
「だから、今回のレイドエネミーに強い専用武器を用意しようってことね」
白百合はそこまで言われた、納得したように掲示板で出た意見の意図を口にした。事前にどんな敵が出るとわかっているのだ、それに合わせた武器を準備する余裕があるならそれも悪くはないだろう。
それにディアナは、改めて訊ねた。
「で? 強い専用武器ってなんなんですか?」
† † †
「――はい、ということで第二回突発乱獲大会を始める」
■おー、888888888888888!
■久しぶりだなー、で? なにを狩りに行く? 同行したい
■流石に同行はあかんやろ……足手まといになりかねん
■いや、しかし、また今日は奇妙な格好だな……
■微妙に似合ってるのが笑える
「おー! これ、映画とかで見たことあるぞ!」
コメント欄の感想もよくわかる。黒百合や白百合、エレイン、ディアナの四人は黄色いランタン付きのヘルメットを被り、ピッケルを担いでいる訳で。
初めてピッケルを持つというエレインなどは、はしゃいでピッケルを上下に振っていた。
「レイドバトル用に、今回の目的は銀かミスリルとなる」
くいっとヘルメットを指で押し上げる黒百合に、コメント欄がわずかに賑わった。
■採集を乱獲と呼んでよろしいのか?
■……あ(察し
■あ、エクシード・サーガ・オンラインにもミスリルってあるんだ
■あっ、あっ、あっ、あっ、あっ
■ひい、まさか……ク、クロちゃん? そこって、まさか……
■おい、なんか一部おかしな反応してる連中がいるぞ?
「一部の人は気づいているようだけど、今回の狩場はこのダンジョン“ドヴェルグの廃坑”となる」
その瞬間、コメントの量が増大した。え? ええ!? と戸惑ったのはディアナだ。
「え? ここにポップするエネミーを乱獲する……んですよね?」
「ディアナさん、あのね……」
状況が見えていないディアナに白百合が説明する。その間に、エレインがコメントを覗き込んだ。
■あっ、あっ、あっ、あっ。石、石、鉄、石、土、石、石……
■銀は公式発表三%じゃんよぉ……ミスリルだってドロップ一%じゃあないのかぁ……
■いやだぁ……もう石をアイテムボックスから捨てる作業はいやだぁ……
■石が四〇二……石が四〇三……石が四〇四……石しかでなぁい……
■うごごご……ピッケルの耐久値がぁ……ピッケルだってタダじゃないんだよぉ……
控え目に言っても阿鼻叫喚の地獄絵図だった。エレインは改めて、黒百合を振り返る。
「今日狩るのってなんだっけ? クロ」
「ん、みんなのトラウマエネミー。アースエレメンタル」
■ひ、いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?
■止めてぇ、もうその名前は聞きたくないのぉんっ!
■脳が破壊されるぅ!!
その名前が出た瞬間、一気に悲鳴に塗れたコメント数が二〇〇ほど跳ね上がった。
† † †
この世には、凶悪なボスより恨みを買うエネミーがいるのである。
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