24話 セント・アンジェリーナ防衛隊
※新章突入となります。
「うわあああああああああああああああああああああああ!!」
ドォ! と轟音を立てて、バーナム大森林の一部が爆ぜた。その中から必死に逃げ出したのは、三人パーティのPCだ。
「くっそ、今日はここかよ! ついてねぇ!」
「逃げろ逃げろ! さすがに俺たちの装備じゃ、まだあいつの相手は無理だ!」
「追いつかれるぅ!!」
舞い散る砕かれた木々。巻き上がる土煙。ほうほうの体で逃げ出す三人に追いすがるように土煙の中から現れたのは、体長四メートルを優に超える銀色の狼――その名をフローズヴィトニルと言った。
「おい、“救援要請”は!?」
「もう送ったけど、間に合うのか!」
「空でも飛ばない限り無理よぉ!」
森の木々を縫うように逃げる三人に対して、フローズヴィトニルは障害物を破壊しながら追跡する。速度は段違い、すぐに追いつかれる――そうなれば、殺されてリスポーンポイントに逆戻りだ。
(くそ、普通なら運が悪かったですむが――あいつだけは別だ!)
フローズヴィトニルには、ある特殊能力がある。それはアビリティ《悪評高き狼》――その狼の名を冠したアビリティは、フローズヴィトニルに殺されたPCは、リスポーンポイントに登録後に入手したドロップ品をすべて失うというものだ。
ようするに、苦労して得た成果がすべて水の泡となる――死亡確率が高いことを前提とした死にゲーで一番出してはいけない、凶悪アビリティであった。
「くそくそくそ! 二時間粘って、ようやく目的のもんドロップしたのにぃ!」
「嘆くな、まだ終わってねぇ!」
「来た来た来た来た来たぁ! もう駄目だぁ~!!」
だが、五秒後には追いつかれる――フローズヴィトニルが加速してその牙を剥いた刹那。
† † †
「――お待たせ」
† † †
「……ッ!?」
抑揚のない声と共に、ヒュガガガガガガガガガガガガガガ! と降り注ぐのは四本の蒼い大太刀だ。三人とフローズヴィトニルとの間を断つように、地面に突き刺さった。
『ガ、ル、ルルルゥ!!』
フローズヴィトニルはその危機を寸前に察して急停止、深く身構え威嚇する。トン、突き刺さった大太刀の内、一本の柄頭にひとりの少女が降り立った。胸元に蒼黒い狼頭を現出させた、黒髪狼耳狼尻尾和風美少女だ。
「セント・アンジェリーナ防衛隊、対フローズヴィトニル対応班壬生黒百合。パーティ申請を」
《――同組織員PC壬生黒百合からパーティ申請が届いています》
《――許可しますか? Y/N》
三人はシステムメッセージに『Y』が出た瞬間、連打した。彼らからすれば、このバーチャルアイドルは文字通り救いの女神に等しい。
「フォロー、よろしく」
「「「お願いします、先生!」」」
「どーれ」
棒読みで黒百合は応じ、刀を抜く。それは新調したばかりの、漆黒の刀身を持つ刀――銘を小狐丸という。
『グ、ル、オオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「今日もドロップアイテムになってもらう」
九本の蒼い大太刀を従え、漆黒の刃を手に黒百合とフローズヴィトニルは同時に地面を蹴り――激突した。
† † †
もはや常連となってしまった、食事処“銀色の牡鹿亭”。そのいつも使っている二階の席では、ふたりのバーチャルアイドルが仲間を待っていた。その時間潰しに語っていたのは、運営から発表された大規模レイドバトルの話題だ。
「……組織システム?」
「そう」
ディアナ・フォーチュンは、黒百合が言った単語をオウム返しに口にした。トトン、とウインドゥを操作しながら、黒百合は細かく説明していく。
一ヶ月後の大規模レイドバトルが決定した次の日、いくつかの追加機能を運営は発表した。その内のひとつが、組織システムだ。
「一PCにつき、最大で三つの組織に所属できるようになっている。まだオープンβでは実装されていないけど、PCがギルドを自作することも可能になる」
このエクシード・サーガ・オンラインには、すべてのPCが所属する組織がない。それは有事の際に力を合わせる術がない、という意味でもあった。
「だから、大規模レイドバトルでは公式がひとつのギルドをその度に設置する――それが、レイドギルド」
「今回はその名前がセント・アンジェリーナ防衛隊ってことですね」
ディアナは自分のステータス画面に、いきなり所属扱いになっていた組織の名前にようやく合点がいった。黒百合も、機能をひとつひとつ確認していく。
「組織に所属する者だけが使える掲示板や同組織の相手にだけ送れるメッセージ……うん、大体フレンド機能の下位互換。ただ、フレンド機能と違って組織には人数制限がないからそういう便利さがある」
「はぁ……なるほど。今回はこの組織を使って、みんなで情報を共有しろってことなのね」
ディアナは感心したように言う。情報が錯綜することが多い大規模レイドバトルで、こういう情報の統制はかなり重要だ。それをシステム側できちんと用意する、となるとかなり運営側も考えてシステムを組んでいるようだ……。
「どうしました?」
黒百合が目のハイライトを消してメッセージ機能を慣れた様子で操作するのを見て、ディアナが問いかける。それに黒百合は、やはり死んだ魚のような目で答えた。
「……最近、スパムメッセージが多い」
「運営に報告したらどうです?」
「無駄、やってるのが運営」
「はい?」
もはや指が位置を覚えている、黒百合はウインドゥさえ見ずに手を動かす。
《――妖獣王さんからあなたに組織勧誘が届いています》
《――ホツマ妖怪軍に加入しますか? Y/N》
タタン、と『N』を押しながら、黒百合は言葉を続けた。
「まずは、セント・アンジェリーナ防衛隊で試してみたいことがあるから、提案してみる」
「試してみたいこと、ですか?」
「ん、フローズヴィトニル対策」
ミニシナリオをクリアした結果、NPCから得られたある情報があった。
それが“双獣王・影”が解き放つという眷属フローズヴィトニルの情報だ。一日に一回、ランダムでセント・アンジェリーナ周辺のフィールドやダンジョンにポップアップするこのエネミーは、殺したPCからドロップアイテムや宝箱などから入手したアイテムを略奪していく。そうなれば、一ヶ月という短期間しかない準備時間は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すだろう。
「長時間戦ってようやく手に入れた目的のドロップを奪われる、なんて……場合によっては引退を考えるほどのトラウマ。まさに悪魔の所業。アルゲバル・ゲームスは、モチベーションから折りに来てる……」
スン……と目から輝きを失わせ、黒百合はフルフルと震える。リアルラックに自信のない黒百合の言葉には、痛いほどの実感が満ちていた。
その頭を優しくディアナが撫でる。その慰めにようやく目に光を取り戻した黒百合は、決意と共に言った。
「とにかく、そんな悲劇は起こしてはいけない」
「そ、そうですね……」
あまりロストの怖さを知らないディアナからすれば実感が薄い。ただ、黒百合の決意の固さだけは伝わった。
† † †
――それから一週間。オープンβのトッププレイヤーからなる対フローズヴィトニル対応班は、それはもう活躍した。
「あ? 許されると思っているでござるか?」
「野郎どもはいいけど、美少女が泣くのをボクは許さないから」
「今日もあの悪どい狼をドロップ品にする仕事が始まるぜ」
「ワタシは強いのと戦えれば、それでいーよ!」
サイゾウとアカネ、アーロンという黒百合と同じ痛みを知る者は義憤に燃え、エレイン・ロセッティはフローズヴィトニルという強敵との戦いを楽しんでいた。
こうして、セント・アンジェリーナ防衛隊という新組織の有用性は多くのPCに浸透していった。
† † †
妖獣王「……ギルドに入ってくれぬのだが」
むしろ、なぜ入ってくれると思った?
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