20話 魔狼VS魔狼
※誤字報告、ありがとうございます!
空中でマーナガルムは体勢を立て直す。その着地の瞬間を壬生黒百合は二本の大太刀を飛ばし刺し貫かんと狙った。
『オ、オオオオオオオオゥ!!』
だが、マーナガルムから放たれた放電光が大太刀を弾く。地に降り立った瞬間、マーナガルムは左へ――だが、そこには二本の大太刀が既に待ち構えていた。
「――ッ!」
鋭い呼気と共に、黒百合が右に腕を振るった瞬間、二本の大太刀がマーナガルムの巨体を吹き飛ばす。いや、正確には斬り切れていないのだ。
(か、たい……!? どういう理屈だ!?)
坂野九郎はスカーレッドオーシャンの記憶を思い起こす。確かマーナガルムは鉄の森に住まう女巨人が産んだ狼の中でも最強の存在であり――。
(確か、あの森に住む狼の毛皮を着るとベルセルクになれるんだったよなぁ。その毛の一本一本には魔力が宿っていて……ああ)
もしもこのエクシード・サーガ・オンラインにもその設定が流用されているのなら、と仮定する。ただの斬撃や打撃では駄目だ、魔力の宿った毛皮は文字通り鋼鉄に等しい。毛のしなやかさと鋼鉄の硬さ、それを魔力で両立させている――そのはずだ。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
地面を転がり、マーナガルムはすぐに立ち上がった。そして、長く溜めに入る。
(口が開いてる――パターンE)
突進してからの三回連続の噛みつき、それを読んだ黒百合はドドドド! と四本の大太刀を眼前の大地へ突き立てた。生まれるのは蒼い刃の壁だ。それに駆け出したマーナガルムは対応する。
(三パターン、ひとつ右から、ふたつ左から、三つ――)
マーナガルムが選んだのは、三番目――跳躍で飛び越えて、上からの襲撃。黒百合はそこへ二本の大太刀を下から突き上げ、マーナガルムの腹部を狙った。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
ズドン! とマーナガルムの口から、衝撃が放たれた。HPバーは残り三割――予想通り、行動パターンに変化が出たらしい。
『GA、AAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッ!!』
それに黒百合は“妖獣王の黒面”から漏れる蒼と黒のゆらめきが生む狼の頭部から咆哮を放ち相殺、互いに吹き飛ばし合う形となって後退した。
(……駄目だ、研究がいるな。これ)
現在の“黒面蒼毛九尾の魔狼”をとても使いこなせていると言える状態ではないと、九郎は痛いほど自覚する。そう言えば、あの“妖獣王・影”にしても九本の尾を使っても、同時に動かしていたのは四本が限度だった。
そもそもこの九本の尾が曲者だ。自由自在に変化させて動かせる――そう言えば聞こえはいいが、九本それぞれがマニュアル操作しかないのはどうなのか?
九郎にして、『ゾーン』に入ってようやく動かせる代物だ。あの重たい女はこんなモノを人に渡してどうするつもりだったのか? 普通、ただの見た目の装飾品程度で終わる無用の長物だ。重いのは性根だけにしてほしい、本当に。
「加えて、維持にHP消費はひどすぎる……」
この状態で居続ける限り、HPが常に低下し続けるのだ。回復した分から消費されるから、回復の意味もない……もしかして、このHP1残すのが温情だと思っているなら大きな間違いだ。
だが、その使い勝手の悪さに正比例して攻撃力と機動力の向上、九本の尾も使えればかなりの戦力になる。本当ならもっと練習を重ねてパターンを増やしたいところだが……それは今後の課題にしていこう。
「だから、悪いけどここから先はこっちの慣れたやり方でやらせてもらう」
黒百合は、九本の尾の内一本をただの太刀へと変化させ柄を手に取った――その直後、黒百合が消えた。
† † †
「……は?」
それをVR作業場で見ていたアルゲバル・ゲームスプロデューサー安西里奈は、自分でも間の抜けたと思う声を漏らした。
予想の斜め上を突き進み続ける相手が、今度はまったく逆の意味で予想を覆してくれたのだ。
「いや、いやいやいやいやいや! おいおいおいおいおいおいおい!!」
思わず、椅子から立ち上がる。周囲で作業していたエンジニアたちが何事かと視線を向けた。いつもなら手を休めるなと怒鳴る安西Pが、それを咎めない。
だって、そうだろう? もしかしたら、そんな淡い期待を込めて実装したそれをこんなに早く――正式サービス前にお披露目してくれるなんて、誰が思う!?
「馬鹿野郎! 作業なんてしてねぇでお前らも見ろ! 特に後藤!」
「はい? どうしたんス――」
部下Gこと後藤礼二は言われるままに画面を覗き込んで、言葉を止めた。それは、かつてインディーズ時代に後のプロ揃いのテストプレイヤーでも自分だけしか成功率一〇〇%を達成できなかった――。
「このアイドルの嬢ちゃん! ホツマ実装前にファンタジーに平安時代持ち込みやがったぞ!」
† † †
『グ、ラ、ァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
マーナガルムが翻弄されていた。消えた、そう思えるほどの不規則な機動。それを可能にする要素はふたつだ。
「――ッ!」
ひとつは黒百合の足元、九尾の尾が変化した空を滑る船だ。まるでサーフィンでもするかのように虚空を滑り、右へ左へ自在に動くのだ。
そして、もうひとつはその八隻の船を跳び回る黒百合の身軽さだ。さっきまでの黒百合の動きには、ぎこちなさがあった。それは自身の動きに合わせて尾を動かさなくてはいけないため、自身が動いている時には単調に尾を操るしかできず尾を操る時には自身の反応が遅れる、というものだった。
『グル――ッ』
マーナガルムが黒百合との戦いで対応できていたのは、そのぎこちなさがあったからだ。だが、今はどうだ? 今のこれはまるで何十回でも何百回でもこなしてきたような慣れた動きだ。
(悪いが、時間がない。とっとと決めさせてもらう)
九郎からすれば、それこそ起き抜けでもこなせるぐらい膨大な数こなしてきた動きだ。だが、もうそろそろ集中力に限界が近い――ミスが許されない以上、時間がかけられない!
「行く――!」
ヒュオン! と八隻の渡し船が、螺旋を描き空へと駆け上がる。自身が持つ九本目の太刀を足場に黒百合も上空へと船を追った。
「あ、れ、って……ま、さか……!?」
サイゾウは、知っている。だが、それを見たのはある動画の中でだけだ。できると知って自分も幾度となく挑戦して、ついぞ成功しなかったために諦めた源平退魔伝伝説の――!
「九郎判官八艘繰り――」
ジャガガガガガガガガガガガガ!! と船が大太刀へと変わっていく。マーナガルムが地面を蹴って退避しようとしたのを確認した、その刹那。
「――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》――」
それを追うように、黒百合は一本の大太刀の柄頭をボレーキック。ドォ! と轟音と共にマーナガルムを大太刀が刺し貫き地面に縫い付けた。
だが、それで止まらない。二本目を左の胴回し回転蹴りで。三本目を右の竜巻蹴りで。四本目を左の裏拳で。五本目を右の回し蹴りで。六本目を左の後ろ回し蹴りで。七本目を右の拳打で――次々に射出。ズガガガガガガガガガ! とマーナガルムが貫かれ――。
「――改め、コンボ:黒面蒼毛――」
『GA、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』
八本目と九本目、その二本を揃えて黒面が生み出す蒼黒の魔狼による咆哮で撃ち放つ!
「――九尾繰り!!」
七本の大太刀に貫かれ動けないマーナガルムを、八本目と九本目が貫いた。
† † †
安西P「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
妖獣王「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
別の意味でテンションが最高潮になる、この作品トップ5に面倒な女性陣。
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