21話 レイドボスVS“英雄”
† † †
――レイドボス。
それは多人数で攻略することを念頭に置かれた、通常のボスよりも強力なエネミーだ。 ならば、レイドボスにもっとも重要なものはなんだろうか? これは実に簡単だ。
HPだ。パーティ単位でさえない、数十人からなるPCの攻撃に耐えうる膨大な耐久力こそがレイドボスをレイドボスたらしめる。
その圧倒的耐久力の前には、超絶技巧も積み重ねたデータも意味をなさない。攻撃に耐えられるということは、元来それほどの暴力なのだ。
もちろん、ソロレイドという概念も存在する。この暴力をたったひとりで打ち倒す。確かに、可能だろう。
――そう思っているのなら、キミは幸いだ。あのアルゲバル・ゲームスを知らない、ということなのだから。
† † †
『グ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ……』
「――は?」
落下しながら、壬生黒百合は信じられないものを見た。HPバーは〇にしたはずだ。1点足りとも、残っていない――間違いない。
「ま、さか――」
だと言うのに、串刺しになったマーナガルムが動いている。黒百合は、坂野九郎は、最悪の考えに至り――そして、それが正解だったことをシステムメッセージで思い知った。
《――イクスプロイット・エネミー“マーナガルム”。残り討伐必要《超過英雄譚》数:8》
ボスウサギが交戦即一発。さきほどの自分が一発。だから、元は一〇発の《超過英雄譚》が必要だった――そういうことか。
(ふざけやがって――!! ひとりにつき一回しか使えないもんが一〇発、必要って……!)
ああ、聞こえてくる。だから、レイドボスだって言っただろ? ――そうドヤ顔するアルゲバル・ゲームスの中の人の楽しげな声が。
《超過英雄譚》のリキャストタイムは一五分――ソロ討伐最速でも一五〇分、ニ時間三〇分もかかるのだ。あのマーナガルム相手に一時間もソロで戦えれば、苦労はない。
「……っ!」
ミシミシミシ、と自ら動きことで肉を裂きながら、マーナガルムは串刺し状態から抜け出そうとしている。よく見れば、その傷跡からは煙がこぼれて――『再生』していた。
「そ、う……こ、れが――」
思い知る。思い知らされる。コレが、イクスプロイット・エネミー。コレが、神代の時代神々から力を授かった神器を使う英雄たちを討ち倒し世界を滅ぼしたモノ。
そして、このエクシード・サーガ・オンラインでPCが戦うべき敵!
“黒狼”:『――シロ、聞こえる? 駄目、ダメージ系《超過英雄譚》を後八回当てないと――』
地面が近い、それでも《超過英雄譚》をもう消費した自分よりも情報を優先する。札が足りなければ、救援にかけつけても無駄だ。被害を拡大させるだけだ――。
† † †
次へ繋げる、その判断は必ず敵の喉笛に刃を届かせるだろう。だが、しかしだ――。
† † †
「い、や――後、七回、に――ござる!!」
† † †
――別に、それが今でもいいのだろう? そう嘯けるのが、英雄だ。
† † †
『グ、ガ、ア――?』
ババババババババババババババババババ! とマーナガルムを囲むのは一本の長い巻物だ。サイゾウは地面に倒れたまま、二本の指を立てて虚空に横に五回縦に四回、早九字を切る。
「貴重な、装飾品枠を、常に、ひとつ、ロールプレイのために、割いているで、ござる、よ――! 今が、使い時ィ!」
“魔法の巻物”、武器ではなくアイテムそのものに攻撃力を付与された魔法系アーツを仕込まれた消費アイテムだ。難点はアビリティのために重要な装飾品枠を潰さないといけないこと――。
「持ってけでござる、ニ〇〇〇〇サディール! 《超過英雄譚:英雄譚の一撃》改め、忍法火遁の術!」
――そして、お値段がとても高いこと。だが、それに相応しい威力を秘めている。サイゾウの“魔法の巻物”アーツ《ファイヤ・ストーム》が炸裂。大爆発がマーナガルムを飲み込んだ。
“黒狼”:『――後、七発。残り、頼んだ……』
その爆風でやり遂げた漢の顔でサイゾウは転がっていき、黒百合もわずかに宙に押し戻される。そのわずかな時間のおかげで、彼女の欲望は満たされ――もとい、間に合った。
「ボクの胸にご招待ぃ!!」
黒百合が地面に墜落する前に、女格闘家アカネが抱きとめることに成功した。黒百合にダメージがいかないよう、胸で受け止め完璧な受け身を取る。そう、胸に抱きとめた可愛い子に怪我は絶対にさせない、そのためだけに格闘防御系アーツを選んだのだから――アカネは、筋金入りであった。
「大丈夫、クロちゃん!?」
それこそやり遂げた漢の顔で、アカネが腕の中の黒百合を見下ろす。しかし、黒百合の反応は淡泊だった。
「ありがと、このまま少し支えてて」
「少しと言わずいくらでもぉ!」
ギュ、とアカネは力を込めて黒百合の顔を自分の胸に食い込ませる。だが、黒百合は強引に視線をマーナガルムの方へ。右手を、伸ばした。
「逃が、さ、ない――!」
強引に串刺しから逃げようとするマーナガルムを、黒百合は大太刀を変形させて力技で逃さない! もはやイメージをする余裕などない、だから大太刀全体からでたらめに黒い棘が伸びるように拡大させていった。
「あ、と――六、回」
「え?」
黒百合がカウントした瞬間、空から一本の『矢』が降ってきた。その矢は自身の重みで弧を描き、マーナガルムに突き刺さった刹那――ドォ! と旋風を生み出した。
“白狼”:『当たった!? クロ!』
“黒狼”:『……完璧』
■あ、あのー……まだ見えてないんですけども!?
■何百メートルあると思ってんだよ、弓はスナイパーライフルじゃないんだぞ!?
■アーツ《鷹の目》を使った上で、消耗品の風乗りの矢で射程を伸ばして、放物線を利用して矢羽から得られる揚力を利用して……うん、届きはするんじゃないか? 届きは。
■だからぁ、なんでそれが当たるんだよぉ!?
コメント欄に溢れるのは、賛辞の前に理解不能という悲鳴だった。だが、黒百合に驚きはない。こと、エイム力や射撃に関してだけなら『妹』は自分でも足元に及んでいないと知っていたからだ。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
マーナガルムが、天に向かって吠える。声の質が変わった、そのことに黒百合はゾクリとした――その声は、別のゲームで悪夢を意味したソレによく似ていたからだ。
「ま、ずい……マーナガルム、が、仲間を呼んだ」
「はいぃ!?」
黒百合の言葉に、アカネが驚きの声を上げた瞬間だ。ドドドドドドド……、と遠くから地響きが聞こえ、地面が細かく揺れだした。
「レイドボスがぁ、雑魚を呼ぶなぁ!!」
アカネのもっともな文句が響き渡る。黒百合は文句の前に行動している、“妖獣王の黒面”が生み出す蒼黒の狼頭を右手をかざして展開。左腕は、アカネの背中に回り抱き寄せた。
「ひゃい!?」
「――しっかり、捕まってて。受け身、取って」
え? と問い返そうとしたアカネの声が、蒼黒の狼頭が放つ咆哮にかき消される!
『GA、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!』
「うひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
抱きしめたアカネごと、黒百合は蒼黒の狼頭が放った咆哮で吹き飛ばされた。その咆哮の衝撃は、迫っていたガルムの群れの一部を消し飛ばす。攻撃と退避、その双方を兼ねた選択だった。
「――スイッチ!」
そう叫び、受け身を取って転がるアカネと黒百合を飛び越えたのは――アーロンだった。
「リキャストタイムは終わってんだ! ゲージこそ貯まりきってないが、食らっとけ!」
アーロンが振りかぶった大剣が、バチンと雷を纏う。
「アーツ《ライトニング・セイバー》、《薙ぎ払い》――《超過英雄譚:一騎当千》!!」
極限まで伸ばした雷刃が、横に薙ぎ払われた。アーロンの横一閃の斬撃は、マーナガルムごとガルムの群れを捉えて斬り飛ばす。直後、目も眩むほどの雷光が周囲を駆けた。
「ふははははぁ、信じていたでござるよ相棒!」
「はははははぁ、心を少しは込めろよな相棒!」
アーロンはそのままサイゾウの足首を掴んで疾走。目が眩んで一時的に視力を失ったマーナガルムの横を駆け抜けた。
「……後、五回」
ようやく、これで半分。そこに、壬生白百合と先発隊がようやく到着した。
「大丈夫!? クロ」
「ん……いい、タイミング……」
「その体勢のことも聞きたいけど――お願いします!」
アカネの腕の中でよろよろと手を上げた黒百合よりも、優先すべきことがある。オープンβからの参加者、ふたりの弓使いが同時に矢をつがえた。
「「《超過英雄譚:英雄譚の一撃》!!」」
ヒュガガ! と二本の矢がマーナガルムの背を射抜いた。苦痛と屈辱からの怒りに暴れるマーナガルムは、黒百合に視線を向けた。
お前だ、と。お前さえ始末できれば、やりようはあるものを――口ほどに言う目だ。殺意に満ちたその視線を黒百合は、真っ直ぐに受け止めた。
「悪いけど、お互い、さま……」
お前さえ倒せば、この戦いは終わる――ただ、殺意ではなく戦意でそう返す。
「後、三回……あなたは?」
「了解、じゃあボクは最後の仕事と行こうかな! はい、お返しするね」
「あ、はい……」
あっさりと黒百合を手渡され、白百合は戸惑いながら受け取る。無意識にぎゅうと抱きとめる腕に力を入れてしまう白百合に、黒百合はもがいていた。
「美少女パァワァを充電完了、お返しだ!」
タタン、と地面をリズムカルに踏んでアカネが駆ける。一歩で数メートルの距離を一気に詰めながら、その速度を拳一点に集中――解き放った。
「アーツ《発勁》――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》!!」
ドォ! とアカネ渾身の一撃がマーナガルムの眉間を捉え、全身を衝撃が駆け抜けた。体の中を貫く棘と刃が、皮を裂いて骨を砕き肉を断って内蔵を抉る――!
「後、二回……頼んだ」
「――おう!」
そして、そこへついに到着したのはディアナ・フォーチュンを背負ったエレイン・ロセッティだ。
「コンボ:クルージーン・カサド・ヒャン!!」
繰り出されるのは、巨大な光の剣による袈裟懸けの斬撃。エレインの一撃に大きく切り裂かれながらも、マーナガルムの視線はディアナへと向いた。
この場で《超過英雄譚》を使用していないのは、もう彼女ひとり。ならば、とその口を開き、衝撃波でディアナを吹き飛ばそうと――。
『…………』
不意に、マーナガルムが動きを止めた。なにかがおかしい。理屈ではない、本能がそう危険を訴え続けてた。マーナガルムは、そこでひとつの事実に気づいた。
あの、小さな敵はどこにいった?
「終わりです――《超過英雄譚:あなたの英雄譚》」
ディアナの《超過英雄譚》は、ダメージ系《超過英雄譚》ではない。それは自身が一時間という膨大なリキャストタイムを背負う代わりに選択したひとりの《超過英雄譚》を即時使用可能状態にし、自身のエクシード・サーガゲージをすべて譲渡するという支援系《超過英雄譚》――!
「後、一回――いけ、エレイン」
黒百合の視線は、黄金色のツインテールをしっかりと捉えていた。先程の一撃、その直後に低く低く駆け込んで――マーナガルムの腹部の下へ滑り込んだエレインの姿を。
「アーツ《シャイン・セイバー》、アーツ《トラッシュ》――」
ゆっくりとした時間の流れ――『ゾーン』の中で、エレインが動く。何度か偶然入れたことはあったが、エレインにしてこれほどはっきりと自覚するのは初めてで。
「……へへ」
白百合に抱きとめられた黒百合と、視線が合うのがわかった。見ていてくれる、同じ時間を共有できている……それが、なぜか泣きたくなるくらい、嬉しかった。
「――《超過英雄譚:英雄譚の一撃》――」
光の剣を、エレインは突き上げる。それは彼女の故郷に伝わる神話、アルスター神話群の英雄クー・フーリンが愛剣の名――。
「コンボ:クルージーン・カサド・ヒャン!!」
† † †
――その日、東方向のバーラム大森林を見ていた者は天を貫く二本目の光を目撃した。 ただし、今回は銀の光ではない。純白から黄金へと変わる、鮮烈な輝きであった。
† † †
「ふうん、ソロで倒したいの? ガンバ!」という鬼畜仕様。
あなたは鬼難易度に挑んでもいいし、挑まなくてもいい。
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