余話第8話 異質な竜
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明日から本編です。
「なんなんだよこれ?」
エルゲの私室に呼び出されたアーガスは、無言で差し出された3枚の写真を見て目を丸くした。
「たった今ライドが持ってきてくれたんです。ペリアッド町の斧のギルマスからで、ナオさんが撮影したそうですよ」
エルゲは眉間を摘まんでため息をついた。部屋の隅にはライドとオードがいて、話題を振られないように沈黙している。
「ナオが撮ったって……、ありえねえだろこんなの」
アーガスは机に写真を置いた。写っているのは、林檎にじゃれるノヅキとコウメ、植物図鑑を眺めるニャルクとアースレイ、水中を泳ぐ仔ドラゴン達だ。その内の仔ドラゴン達の写真をアーガスは指差した。
「こいつらは飛竜種だ。泳げねえはずだろ?」
「そのはずですが……。泳いでますねぇ」
「それにこっち。こりゃネメアン・ライオンの幼体だろう? なんでこんなもんと一緒にいる? あとこいつ。ラングエルディ姉弟の弟の方じゃねえか。なんで仲よくなってんだ?」
質問を連ねるアーガスに、エルゲは唸りながら写真の横にある書類をとんとんとつついた。
「斧のギルマスが、行方不明になっていた2人の捜索をナオさんに依頼したそうです。掌紋の力を見てみたかったんだとか。で、掌紋を使ったナオさんはギルマスとケット・シー達の目の前で消えた」
「消えた?」
「ええ。後になってわかったことですが、水神がナオさんを直接2人がいる森に転送したそうです。そこでナオさんは姉弟を見つけて、ネメアン・ライオンとグリンブルスティを仲間にした、という流れです。ああ、ラングエルディ姉弟はナオさんと雇用契約を結んでいて、ゆくゆくは番になりたいと言っているそうです。仔ドラゴン達は教えなくても泳げたみたいですよ」
エルゲの説明に、アーガスはぽかんと口を開けた。
「僕達が現在把握していることは、
1、ナオさんには僕達と敵対する意志はない。装備は“バンパイアシーフの短剣”。
2、戦争の英雄であるユルクルクスとベアディハングはナオさんの味方。
3、ナオさんのもとにはブラックドラゴンとその仔どものドラゴンが7頭いて、水中戦も可能。
4、連れているネメアン・ライオンは仔ドラゴン以上の早さで育ち、強力な戦力になる
5、近々Sランクになる実力を持つラングエルディ姉弟もナオさんの味方。というより執着している。
6、バウジオというブラックドッグとクー・シーの混血はレアスキル〈七聲〉を持っていて、能力は未知数。
これぐらいですね」
指折りしながらエルゲは言った。ライドとオードが互いを見合ってごくりと唾を飲む。アーガスは左手で額を覆って首を振った。
「ね~ぇ、1つ追加してい~ぃ?」
扉からするりとイヴァが入ってきた。
「追加、ですか?」
「そうなのぉ。私の知り合いの宝石細工師がねぇ、ユルクルクスから神宝石を託されたんですってぇ」
「し、神宝石だと?!」
アーガスが驚きに声を上げた。ふむ、とエルゲが考える素振りを見せる。
「神宝石とは確か、ネシュタリア渓谷でのみ採掘できる特殊な宝石ですよね。魔物やダンジョン、魔鉱山から採れる魔石とは異なる特徴を持つと聞きますが……」
「そうなのよぉ。その渓谷は神域だから立ち入りできないしぃ、採掘しようとする奴を問答無用ではじいちゃう結界があるから誰も入れないのぉ。現代で唯一自由に出入りできるのがあのユルクルクスなんだけどぉ、人間の通貨に興味がないから採ってきてくれないのよねぇ……。なのに! 今回はたっくさん神宝石を採ってきたらしいのよぉ! しかもサファイアやらエンセルトやらエメラルドやら、大粒で質のいい物ばかりでぇ、極めつけはカットしても親指の爪サイズはあるアクアリファス! あ~んあたしもほし~いぃぃぃ」
頬を両手で包んだイヴァは体をくねらせた。
「ユルクルクスが直々に……。なんでまた……」
「その宝石細工師はエルフなんだけどぉ、戦争の時にユルクルクスに会ったことがあるんですってぇ。でぇ、神宝石をいくつかくれる代わりにぃ、指定の神宝石を加工してほしいって言ってきたんだってぇ」
「ほーう。けどよ、ユルクルクスが装飾品なんかつけんのか?」
「違うわよぉ。ナオちゃんとかぁ、他のみんなにあげるのよぉ」
イヴァがアーガスの肩をぺちんと叩いた。
「神宝石は異世界の神に触れて力を宿した石。所有者をあらゆる不幸から守ると言われています。王族や貴族が高値を積んででもほしがる代物ですよ」
「今世の中に出回ってる神宝石は、ほとんどが各国の王族が所持してるんだよな。もし新しい神宝石が出たって知られれば大騒動になるんじゃねえか?」
「そりゃそうよぉ。だって神宝石よ神宝石ぃ。でもぉ、持ってきたのがユルクルクスだからぁ、王族も貴族も下手に動けないわよねぇ。まあ何個かは宝石細工師に報酬としてくれるみたいだからぁ、それ目当てに殺到するんじゃなぁい?」
いいなぁいいなぁと言い続けるイヴァに、アーガスは呆れた顔をする。あはは、と笑ったエルゲは、引き出しから違う書類を出した。
「イヴァも来てくれたことですし、次の任務について説明させてください。ライド、オード、来てください」
呼ばれた犬獣人達は素直に従った。取り出された書類と、広げられた地図に目を落とす。
「最近になって、トールレン町に正体不明の魔物が現れるようになったそうです。あそこは国内でも有数の畜産の町で、既に10頭を超す家畜の被害が出たと報告されています。僕達は急ぎトールレン町に向かい、魔物の討伐を行います」
「何か特徴はねえのか? 噛み傷が似てる魔物とか?」
「いえ、家畜に噛み傷はないんです。腹部だけが削ぐようになくなっているんだとか」
「いやあねぇ、削ぐなんて」
「確かに、聞かない傷ですね。オードはわかる?」
「いや、わからん」
エルゲは書類と地図をしまった。
「出発は明日です。今日の内に準備をしておいてください。移動は騎竜隊に頼みましたから、1日あれば着きますよ」
「あいよ。ほらお前ら、急いで準備しろ」
「「はい」」
アーガスに急かされて、ライドとオードは退室した。残ったイヴァが、机に残されていた写真を手に取った。
「水中を飛ぶ飛竜種……。騎竜隊、いえ、国がほしがるわねぇ」
「そうですね。ユランは調教可能とはいえ、水中戦はできませんから。もしこの仔ドラゴン達が僕達の騎士団に加われば、今まで以上に国を守れるようになるのに」
水中を軽やかに舞う7色を見て、エルゲは目を細めた。
「ま、ないものねだりはしないことねぇ。ナオちゃん、ちっちゃなドラゴン達を可愛がってるみたいだしぃ。それでなくてもこの仔達にはユルクルクスがついてるんだからぁ、妙なことしたら凍らされちゃうわよぉ?」
脅かすように言うイヴァに、エルゲは穏やかな笑みを浮かべた。
「凍ったそうですよ」
「え?」
「ペリアッド町のギルドです。イヴァはナオさんがラングエルディ姉弟を捜すよう斧のギルマスから依頼されたことは知ってますか?」
「知ってるわぁ。扉の外で聞いてたものぉ」
「そうですか。その依頼を受けてナオさんが消えた後、ケット・シー達に呼ばれたユルクルクスが激怒してギルドを氷漬けにしたそうです。そりゃあもうカッチコチに」
「カッチコチ……」
「で、戻ってきたナオさんが溶かしたそうです。ですが一気に溶けたみたいで、ギルドがビッチャビチャになったんだとか」
「ビッチャビチャ……」
「カッチコチからの、ビッチャビチャです」
そう言って、エルゲはアーガス達に見せなかった4枚目の写真を取り出した。写っているのは〈水神の掌紋〉保有者の後ろ姿と巨大な水玉を顔面に受けるレンゲだった。
戦争の英雄がお仕置きされる瞬間を切り取った1枚に、イヴァはぶふっ! と吹き出した。




