余話第6話 レースエル村
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風を切る音がして、魔物の首が落ちる。
もがいていた体が動きを止めるのを確認して、アーガスは愛剣を鞘に納めた。
「終わりましたか?」
大岩の陰から現れたエルゲが聞くと、アーガスは当然とでも言いたげに鼻を鳴らした。
「この程度相手に遅れなんざ取るかよ」
アーガスを囲うように倒れている、魔物の骸、骸、骸。綺麗に切断された頭部を見て、エルゲは小さく頷いた。
「さすが副隊長ですね」
「そっちはどうだったんだよ?」
アーガスが尋ねれば、エルゲの後ろから1頭の狼が現れた。その顎は赤く濡れている。
「問題ありません。ルートラが相手をしてくれたので」
「ワンッ」
頭を撫でられて、誇らしげにルートラは吠えた。
「それにしても、かなりの数の群れでしたね」
エルゲの言葉にアーガスはため息をついた。
エルゲ率いるエルドレッド隊は王都の南端にある荒野に来ていた。近隣の村から、オーガの群れが出没するようになったから討伐してほしい、との依頼があったのだ。
本来オーガ程度の魔物なら村のギルドが依頼を出して適当な冒険者が請け負うのだが、ヴィーヴルの目撃例が多数報告されていたこともあり、念の為にとガルネ騎士団に伝えられ、エルドレッド隊が寄越された、というわけだ。
「あの森を根城にしているようですが、オード達から連絡はありましたか?」
荒野の向こうに見える木々を、エルゲは目を細めて眺めた。
「いや、まだだ。だがあいつらなら大丈夫だろう」
腰のベルトにつけた“伝書小箱”の中を確認して、アーガスは言った。のそりと近づいたルートラが“伝書小箱”をくんくんと嗅ぐ。
「こら、嗅ぐんじゃねえ。俺だって持ちたくて持ってるんじゃねえっつーの」
「あはは……」
アーガスの台詞にエルゲが気まずそうに笑う。ルートラはふすんと鼻を鳴らした。
“伝書小箱”は“伝書箱”の携帯版で、隊長が持つ決まりなのだが、エルドレッド隊は副隊長であるアーガスが常備している。なぜならエルゲが壊すからだ。
もちろん意図的ではない。振り返り様に柱にぶつけ、転けた拍子に尻で潰し、雷魔法で感電させて、など理由はさまざま。隊長に任命されてから、既に6個も破壊している為、アーガスに託されたのだ。
「ま、まあそれは置いといて……。どうします? 一度村に戻りますか?」
エルゲが依頼を出したレースエル村に話題を逸らせば、アーガスは頷いた。
「そうだな。オードには連絡しておくから、先に戻ろう。ジュンヤも気になるし」
部隊が分かれて行動する場合、隊員が予備の“伝書小箱”を持つことがある。今回はオードがその役を負っていた。
「ジュンヤさん、やりたいことがある、と言って村に残りましたが……。何がしたかったんでしょうね?」
異世界から来た男の顔を思い浮かべながら、エルゲは村の方を見た。
召喚されてから今まで、ジュンヤはこの世界について学ぶ為にユナと共に王都に籠っていたが、今回のエルドレッド隊の任務に同行していた。エルゲから依頼内容を聞いたジュンヤ本人の希望だったのだが……。
「外に興味を持ってもらえるのは嬉しい限りですが、理由ぐらい教えてくれてもいいと思いません?」
むす、と唇を尖らせるエルゲに、アーガスは呆れ顔をした。
「別にいいじゃねえか。毎日部屋に籠ってちゃあ息が詰まるんだろうよ。ヴィーヴルさえ出なけりゃ危険な任務じゃねえんだし、好きにさせてやれ」
「まあそうですけど……」
「お、オードから返事が来たぞ」
カサ、と音を立てた“伝書小箱”を開いて目を通すと、アーガスはエルゲを見た。
「丁度オーガの集落を見つけたところらしい。自分達は気にせず戻ってくれ、だとよ」
「そうですか。ではルートラ、お願いしますね」
「ワンッ!」
身をかがめたルートラに、エルゲとアーガスが跨がる。ルートラは地面をえぐりながら村に向かって駆け出した。
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レースエル村はアシュラン王国の中でも貧しい村の1つだ。
アシュラン王の采配で全ての村に資金や物資が行き届くようにしてはいるが、充分とは言えない。特に国の末端にある村には届ける為の時間もかかる。
余程の名物でもない限り、旅人や冒険者もなかなか立ち寄らないことも多く、余計に寂れてしまう村もある。
入村した時、壁がひび割れた家々が並ぶ景色に眉をしかめていたエルゲとアーガスは、現在目の前に広がる村の様相にぽかんと口を開けた。
「あ! 隊長さん帰ってきた!」
「ほんとだ! そんちょー! 隊長さん達帰ってきたよー!」
「わんわーん! おかえりー!」
村の入り口で木材を運んでいた子ども達が、エルゲ達を見て笑顔で駆けていく。ほんの数時間前までは、立ち上がるのすら億劫という顔をしていた子ども達が。
寂れた村は活気に満ちていた。そこここで大人が木を切り、土を、水を運んでいる。
その中心にジュンヤがいた。
「ほーらチビっこー! 危ないから離れとけよー!」
ジュンヤが大声で言うと、子ども達は笑いながら急いで離れていった。ジュンヤの前には村民が集めた土がある。
「ほれ!」
ジュンヤが土魔法を使うと、土はたちまちレンガに変わった。子どもだけでなく、大人達からも歓声が揚がる。土にまみれた顔で、ジュンヤははつらつと笑った
「そんじゃあ、これ持ってってください。くっつけるのはさっき渡したモルタルで頼んます。空気が入らないように気をつけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
村の男達が総出でレンガを運んでいく。楽しそうに子ども達がついていくのを見て、エルゲとアーガスはジュンヤに近づいた。
「ジュンヤさん、一体何を?」
「あ、お疲れっす。すんません、勝手なことして」
頭を下げるジュンヤを、エルゲは慌てて止めた。
「いえ、いいんですいいんです。それより説明をしていただけると嬉しいんですけど……」
「ああ、これっすか? ちょっと家を造ってみようと思って」
にかっと笑うジュンヤに、エルゲ達は目を丸くした。
「家を? 今からか?」
「あ、そんな立派なもんじゃないっすよ? 自分下っ端だったんでそんなに上手くないし。ほんと、簡単なやつっす」
そう言って、ジュンヤは村を見た。
「ここ、かなりボロい家しかないじゃないっすか。だから家の造り方の基礎だけでも教えとこうかなって思って。レンガなら自分いっぱい作れるし、ある程度作って置いとけば、帰った後でも村の人達だけで家造りできると思うんすよね」
「それで指導を?」
「そっす。あ、モルタルって呼んでるけど、あのどろどろしたやつは砂と水と、この村の近くに流れてる川にある石を細かく砕いた粉を混ぜ合わせたやつっす。なーんか変な感じがして調べてみたら、あれセメントみたいっすね。いやー助かった助かった! さっすが異世界、自分がいた世界にゃないものがあるんすねー」
「セ、セメント?」
「あれがあるだけでだいぶ違うっすよー。ほら、ここの家って簡単な骨組みに土べったべった塗ってるだけっしょ? 普通こんなにくっつかねぇよなーって思って見てたんすけど、あの川の泥使ってるって聞いてピンと来たんすよねー。だから、川の泥をそのまま使うんじゃなくて、レンガとか石とかの繋ぎにしたらもっと強い家造れると思うんすよ。で、今一軒お試しで造ってるんすわ」
「造ってる? え、造ろうとしてるんじゃなくて今造ってるんですか?」
「そっす。ほら、こっち来てください」
手招きするジュンヤについていった2人の目に、立派な一階建てのレンガ造りの家が映った。
「おお! いい感じっすねー」
「ジュンヤさん、こんな感じでどうですか?」
「ばっちりっすよー! いやー上手いっすねーお父さん達! あとはきっちり乾かしてくださいね。二階建ても造れるといいんすけど、まあそれはもうちっと一階建て練習してからにしてください。急いだせいで欠陥だらけなんて自分嫌っすからね?」
「はい、もちろんですよ! 教えてもらったことを活かして、今まで以上にいい家を造ってみせますよ」
「おおー! いいっすねーその意気っすよー! じゃあついでにレンガ作ってみましょか? それなりの量作っていくつもりっすけど、自分で作れるに越したことないっすからね。窯ってこの村あります?」
「窯、ですか。いえ、この村にはそんな物は……」
「あ、いーっすいーっす。窯の作り方も教えますわ。なるべく広い場所がいいっすね。案内よろっす」
村民についていくジュンヤを見送ったエルゲは、アーガスをちらりと見た。
「……ガレン副団長からの依頼書に写真が数枚ついてたんですけど、その内の1枚がこの村を写したものだったんですよね」
「じゃああれか? ジュンヤはその写真を見て家を造りたくて、教えたくてついてきたってのか?」
マジかよ、とアーガスが言ったところで、カサリ、と“伝書小箱”が音を立てる。中を覗いて1枚の紙を取り出したアーガスはさっと目を通した。
「カリュー隊のノーゼン隊長からだ」
「緊急ですか?」
「いや、違う。《夢の先》の昇格試験の為にペリアッド町の近くに行ってたらしいんだが……」
「ペリアッド町……。ナオさんがよく訪ねると報告されている町ですね」
「ああ。で、試験内容はブラックドラゴンの討伐だったみてえだが、失敗したと」
「失敗? ドラゴンが暴れたんですか? 町は無事ですか? 《夢の先》は?」
「ああー、暴れたのは暴れたらしいが……」
言葉を区切ったアーガスは、なんとも微妙な顔をした。
「《夢の先》は全員無事だが試験は不合格。で、ブラックドラゴンは〈水神の掌紋〉保有者が連れ帰った、って書いてある……」
「……ドラゴンを、連れて帰った?」
「ああ。しかも卵持ちらしい」
「卵……」
エルゲの呟きは、隣でお座りをしているルートラの息づかいと、寂れた村に似合わない活気に満ちた声に掻き消された。




