余話第5話 昇格試験
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次回は語る回にしようと思います。
「では、生活できるだけの収入は得られているということですね?」
「はい、ありがたいことに」
商人ギルド側のテーブルについたダッドは、正面に座る年配の職員ジョルジュににっこり笑った。
「イニャトさん達のおかげで肉や魚を買うお金ができて、子ども達も妻も大喜びです。一度は農園を畳むことも考えていたので、本当によかった」
「ハノアさんが更地から作り上げた農園ですからね。続けていただけると私も嬉しいです」
「もし本当に畳んでしまっていたら天国の祖父に顔向けできないところでした」
安堵した表情で笑うダッドに、ジョルジュは目尻の皺を深くした。
「だけど、取引契約していただけているとはいえ、僕達が作る野菜や果物を売りたい気持ちも当然あります。まあ彼らが持ってくる品には到底敵いませんが」
「私も娘が買ってきたモラを食べましたが、あれは本当に美味しかった。育て方にコツがあるのならば教えてもらいたいくらいですよ」
「いやぁ、それは無理でしょう。そんな大切なことを教えたら商売にならなくなりますから」
「まあそうですね」
そこで言葉を区切った2人は、どちらからともなく額を近づけた。
「もし無理に聞き出そうものならあの魔物達が黙っていないでしょうしねぇ……」
小声でジョルジュが言った。
「まさかユルクルクスとナヌークが出てくるとは……。僕は生きた心地がしませんでしたよ……」
太く長い尾に囲われた感覚を思い出したのか、ダッドが身震いした。
「あの後大変だったんですよ? 普段は農園まで来ない人達が来て、あれはなんだったのかとか、なんであんな戦争の英雄達と知り合いなのかとか、あのケット・シー達は何者なのかとか根掘り葉掘り聞かれて、中には彼らを紹介してくれと言ってくる人達まで出てきて……」
「どうやって治まったんです?」
「ギルドが掲示板に貼り出した御触れのおかげですよ」
ダッドがそう言うと、ああ、とジョルジュは頷いた。
ユルクルクスとベアディハングがぺリアッド町を去った翌日、町内にある3つの掲示板に貼り出された御触れにはこう記されてあった。
御触書
1・ユルクルクス及びベアディハングと関わりのある者には手出し厳禁
2・上記2体の魔物と同行する人間は王都より保護対象とされている為、無理強い、傷つけることを禁ずる
これらを守らぬ者はギルドの保護対象外とする
「あの御触れが貼り出されて以降、僕達一家も関わりある者に数えられているみたいで、静かに過ごせていますよ。さすがに彼らが販売に来た時は少しざわつきましたけど」
「ギルドから正式に守らないなんて書かれてしまえばねぇ……」
苦笑いを浮かべるジョルジュに、そういえば、とダッドは話題を変えた。
「今Aランクの冒険者パーティーが来てますよね? 何かあったんですか?」
「ああ、《夢の先》ですね。Sランクへの昇格試験を受ける為に来町しているんですよ」
「Sランクですか。試験内容は?」
「ブラックドラゴンの討伐です」
ジョルジュから聞いた内容に、ダッドは顔を歪めた。
「ブラックドラゴン……。町の近くにいるんですか?」
「ええ。ほら、北に洞窟があるでしょう? 試験を受けるパーティーがいるということで、王都から派遣された結界術師達がその中に閉じ込めているんです。無事に討伐できたら《夢の先》はSランクに昇格。討伐したブラックドラゴンはポーションの材料として保管するそうです」
「失敗したら?」
「ガルネ騎士団のカリュー隊が控えてくれていますから、大丈夫ですよ。カリュー隊は防御魔法に長けた方達が多いですから」
ははは、とジョルジュが笑うと、バンッ! と扉が開く音がした。
「待てリュード! 話は終わっとらん!」
「いいえ、誰が何と言おうと俺達は試験を受けます!」
奥の部屋から出てきたのは斧のギルドマスターと冒険者パーティー《夢の先》の4人だった。
「ギルドマスターとして今のお前達に試験を受けさせるわけにはいかん! 出直せ!」
「なぜです?! 俺達は王都から正式に資格を得ているんですよ!」
「それはあやつらがいたからだろうが!!」
ギルドマスターの台詞に《夢の先》がキッと目尻を吊り上げた。
ダッドが声を潜めてジョルジュに尋ねる。
「《夢の先》って6人組のパーティーでは?」
「ええ、私もそう記憶しています」
無言で睨みつけてくる《夢の先》のメンバーに、怒り心頭の表情でギルドマスターが指を突きつけた。
「お前達だけではブラックドラゴンは相手にできん。あやつらを連れてこねば俺が許可を出さん。どうする?」
冒険者も商人も固唾を飲んで動向を見守る。リュードと呼ばれた男が体ごと向き直った。
「あいつらはパーティーから外しました」
「なんだと?!」
ギルド内にどよめきが走る。リュードはさらに続けた。
「あいつらがいなくたって俺達は戦えるんです。俺達だけでSランクになってみせる。強いのはあいつらだけじゃないんだ!」
「しかしだな……」
「許可してやればいいじゃないか、デリオド」
ギルドに長身の女が入ってきた。
「レドナ! お前、解体屋はいいのか?」
「隣でこんだけ騒がれてちゃ手元が狂っちまうよ」
不機嫌そうな顔でレドナはギルドマスターの隣に立った。
「やりたいって言うんならやらせればいい。あんたは一度は止めた。奴らはそれを拒んだ。何の問題がある?」
「大ありだろうが! 死にに行くようなもんだぞ!」
「決めつけんな。そこがあんたの駄目なとこ」
レドナがギルドマスターの耳を引っ張る。いでで、と悲鳴を上げる情けない姿に、緊張していたギルド内に笑いが起こった。
「高みを目指す若者をギルドマスターが否定すんな。背中を押すぐらいしてやれ」
「だがなぁ……」
「あんた達、こいつにはちゃんと許可出させとくからさっさと行きな」
笑顔を浮かべた《夢の先》がギルドを出ようとする。ちょいと、とレドナが呼び止めた。
「これは個人的な興味だが……。ユルクルクスは怖かったかい?」
にんまりと口角を上げたレドナに、《夢の先》はぽかんとした後顔を真っ赤に染めて荒々しく出ていった。
「レドナ、なんで止めるんだ」
「ああいうのは何を言っても聞かないよ。一度わからせてやればいいのさ」
「もしものことがあったらどうする?」
「生意気でも王都が目をかけるパーティーだ。むざむざ死なすようなことはしないだろうさ」
それに、とレドナは唇をなぞった。
「何かが起こった時はあいつが動く。私にはわかるよ」
あいつ、という単語にギルドマスターの眉がぴくりと動く。
「ユルクルクスかナヌークがか?」
「魔物達は従うだけさ。動くのは〈水神の掌紋〉を持ったちっこい方。あれを持った奴は厄介ごとに首を突っ込む質だって建国時代の書物にも書いてあっただろう?」
「確かに読んだことはあるが……って馬鹿たれ!」
怒鳴るギルドマスターにレドナが眉をしかめる。
「なんだい、うるさい奴だね」
「あの者のスキルは各ギルドや施設の上部にしか知らされてないんだぞ?!」
「……あら?」
やっちゃった、という顔でレドナは周りを見た。
「〈水神の掌紋〉って、ユニークスキルだよな?」
「神々が見守った戦争でそのスキルを持ってた異世界人がいたって聞いたことあるぞ」
「え? じゃああいつ異世界人?」
「まさか?!」
「けどあいつ髪が凄かったぞ。黒くて艶やかだった」
「私、ユルクルクスがギルドに来た時居合わせたんですけど、その方も見ました……」
「町外れの農園に果物を卸して一緒に販売していると聞きましたよ」
「ハノア農園ですよね?」
「戦争で活躍したユニークスキルを持つ方が果物を売っていると?」
「次の納品は? いつです?」
「行かねば」
「行かねば」
「広まっちゃったねぇ」
「……はぁぁぁぁぁぁ」
ギルドマスターが深いため息をつく。そして声を張り上げた。
「いいかお前ら! 御触書の通り、ユルクルクスとナヌークと人間、ケット・シーと黒犬にはちょっかい出すなよ! 下手したら王都が出てくるからな! 覚えとけよ!」
ギルドマスターの言葉が届いているのかいないのか、ギルド内はざわついたままだ。
「……ダッドさん」
「……はい」
「裏口に案内しますから、そこから帰られてください。いるのがばれれば囲まれますよ」
「お願いします」
ジョルジュの背中を追って、ダッドはこそこそとギルドを後にした。




