第45話 におい
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第1話の始まり方を少し変えようか検討中です。大幅な変更はありませんが、変え次第前書きにて報告します。
新しく植えた葡萄は見事に実った。そりゃあもうふっさふっさと。どこのラベンダー畑かって突っ込みたくなるくらいに。
あまりの実りようにニャルクさん達と呆然とした後、急いで収穫に取りかかる。
雨が降り始めたのは、福丸さんの手も借りつつ3分の2を借り物のマジックバッグに詰めた頃だった。
林檎とかも収穫しないと間に合わないから濡れながら作業を続けて、全部の実を拭いたりニャルクさんに風魔法で乾かしてもらったり、袋詰めしたりしながら売れる状態に整えるのにかなりの時間がかかった。
くったくたに疲れて、服はべっとり体に張りついて、脱ぐ気力も起きなくて。だからつい呟いてしまった。
お風呂に入りたい、と。
直後、せせらぎの下流からボンッと音がしてみんなで駆けつければ、2メートル弱の巨木の切り株からなんと湯気が上がっていた。
恐る恐る近づいて覗き込んでみると、外側の30センチぐらいから内側が窪んでいて、お湯が張ってあった。
右手を入れてみる。いい湯加減。若干のとろみがある、緑がかった白濁湯。
完っ璧な温泉だ。
漣華さんが首を伸ばしてきて、くんくんと温泉の匂いを嗅ぐ。しばらく考える様子を見せた後、うん、と頷かれた。
よし、入ろう。日本人だもの。温泉大好き。
▷▷▷▷▷▷
「あぁ~~~~、きぃもちぃぃぃぃ~~~~」
久しぶりのあったかいお湯にじんわりと疲れが溶けていく。小降りになった雨粒が顔に当たるけど、気にならないほどの極楽だ。
今まではせせらぎで汲んだ水で布を濡らして拭いてただけだもんなぁ。お風呂好きな日本人としては物足りない物足りない。
だからつい飛び込んでしまった。服を脱ぎ捨てて、体も洗わず、だ。だけど今回ばかりは私が許す。だってこっちに召喚されてから初めてのまともな風呂だもの。次からちゃんと洗うからいいもん。
ニャルクさん達も誘ったけど首をぶんぶん振られて嫌がられた。バウジオも近づいてこなかったし。その上足早に家に逃げ帰られてしまった。
濡れるのが嫌なら仕方ないんだろうけど、勿体ないなぁ。
「湯加減はどうじゃ?」
一度家に帰った漣華さんが私のマジックバッグを背中に乗せて戻ってきた。
「最っ高ですよぉ~。まさかこっちの世界で温泉に入れるとは思いませんでした」
「よかったのう」
漣華さんが近くの枝にマジックバッグをかけてくれた。中には着替えと体を拭く布が入ってる。ニャルクさんが用意してくれるって言ってた物だ。
「今度足元に木の板を敷くか。そうすれば風呂上がりも足が汚れまい」
「ああ、簀の子ですね。作りましょう作りましょう」
「何か目隠しもいるか? 人間が立ち入らぬとはいえ、こうも開けていては落ち着かんじゃろう」
「いやぁ、解放感があっていいですけどね。人目がないから言えることですけど」
ああしたらどうか、こうしたらどうかとぶつぶつ言っている漣華さんに、今まで疑問に思っていたことを聞いてみた。
「漣華さんも福丸さんも、どうしてこんなに私達によくしてくれるんです?」
漣華さんは先代の〈水神の掌紋〉保有者を守ることを条件に水神様から加護を授かったらしいけど、私に掌紋と加護をくれた水神さんとは別の神だって言っていた。だったら私まで気にかける必要はないと思う。
福丸さんは加護を持ってるか聞いたことはないけど、縄張りの中に住む場所を分けてくれた。
正直、〈水神の掌紋〉っていうユニークスキル1つでここまでしてくれるのは不思議で仕方がない。
「約束だからじゃ」
漣華さんが言った。
「約束?」
「ああ。先代の掌紋保有者、シヅとのな」
温泉の隣に漣華さんが寝そべる。
「シヅはお人好しな娘でな。困った者がおれば話を聞き、掌紋の力を使い助けようと奮闘しておった。妾も最初はそのお人好し具合に辟易しておったが、まあ、絆されたんじゃ」
漣華さんが遠くを眺めるように目を細めた。その表情は当時を懐かしんでいるように見えた。
「言い合いながらも共に旅をして、喧嘩をしては仲直りして……。フクマルはいつの間にかついてきておったよ」
「いつの間にかって……」
「何か切っ掛けはあったんじゃろうが、なんじゃったかのう……。まあよいわ。シヅは人間故に寿命が短い。見る間に老いてゆくシヅをどうにかしたいとも思うたが、世の理には妾とて逆らえん」
風に揺れていた木の葉が息を潜める。せせらぎの音しか聞こえない沈黙の中で、漣華さんの声が森に沁みていくような感じがした。
「死の際にシヅは言うた。自分の次に掌紋を持つ者が現れたなら気にかけてやってほしいと。次の1人だけでいい。その後は自分を忘れて、好きなようにしていいからと」
漣華さんが見下ろしてきた。
「最期の願いならばと頷いたが、もし次の掌紋保有者がシヅの名を汚すような者であれば殺すつもりであった。喰うことすらせぬ。殺すだけじゃ。じゃが……」
濡れた額に鼻をつけられる。すぅ、とにおいを嗅がれた。
「会うた瞬間、そなたからシヅと同じ匂いがした。だから助けた。守ると決めた。妾も、フクマルもな」
漣華さんが立ち上がる。家の方に歩き出して、顔だけこっちに向けた。
「しっかり乾かせよ。妾達も病は治せぬ故な」
漣華さんの姿が見えなくなる。鼻をつけられた額を触って、温泉に沈んでブクブクと泡を立てた。
厚い雲の切れ間から月が覗いたけど、もう一雨来そうだな。
早く帰ろう。




