第129話 お別れと手紙
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次は余話を更新予定です。
あんなにたくさん舞い踊ってたユーシターナは1匹もいなかった。正確には舞ってないだけ。みんな川岸の土やら石やらの上にとまってる。私達を招いたユーシターナもその中に混ざった。
「疲れたんですかね?」
「生物で言う寿命じゃな。朽ちる時を待っておるんじゃろう」
漣華さんが言った。
「朽ちるって、今夜でしょうか?」
「招かれたのだから今夜、これからかもしれんのう」
花粉とはいえ、儚い命だねぇ。
ユーシターナを踏まないように気をつけながら川に近づいてみた。川面は相変わらず冷たい色をしてる。1匹のユーシターナを指で掬うと、返事をするみたいに力なく翅を動かした。
「ありがとうな。また来年もよろしく」
どこに現れるかわからないけど、会えたら嬉しいねぇ。
そんなことを思いながらユーシターナにお礼を言ったら、〈水神の掌紋〉が光り始めた。光を浴びたユーシターナの翅に模様が浮かび上がっていく。驚いて漣華さんを振り返っても、じぃっとこっちを眺めてるだけだった。
ユーシターナに向き直る。掌にいるユーシターナは力を取り戻したみたいに舞い上がると、光の粉を撒きながら仲間達の上を飛び始めた。
撒かれた光の粉を浴びたユーシターナ達の翅にも模様が浮かび上がって、一斉に舞い上がる。ユーシターナの光と、川面に落ちる光がきらめき合って、天の川の中にいるみたいだ。
差し出したままだった掌に1匹舞い降りてきた。たぶんここから舞い上がった仔。そのユーシターナは翅をぺたんと倒すと、光の粒になって崩れた。
光を浴びた掌紋の輝きが強くなる。そこに次々やって来たユーシターナが、舞い降りては崩れ舞い降りては崩れを繰り返した。
かなりの時間そうしてたから、足元が光の粒でいっぱいになった。最後の1匹が崩れ落ちると、突風が吹いて風に乗って飛んでいく。光の帯になった粒は、明るみ始めた空に溶けて消えた。
「なんだったんでしょう?」
「それを渡す為じゃろう」
それ? あ、手になんかある。
「鍵?」
アンティーク調の、古めかしいデザインの鍵が1つ、掌できらりと光ってる。
「なんの鍵ですか?」
「さあのう。ユーシターナはシルフェイアから生まれた者じゃ。あれは様々な場所を巡る精霊故、珍しい物を拾うことがあるらしい。シルフェイアの意思か、ユーシターナの意思かはわからぬが、そなたが持つべき物なのじゃろうて」
お礼とは別の物ってこと? 預かればいいのか?
「ほれ、そろそろ戻るぞ。少しは寝ておけ」
「あ、はい」
もう夜明けだもんな。みんなが起きる前に戻らないと。
「お邪魔しますね」
「うむ」
漣華さんの背中に跳び乗る。乗せてあった五角形の石を抱えた。
「これ、家の近くのせせらぎに置いてもいいでしょうか?」
「構わんだろうが、どうするつもりじゃ?」
「なんかこの形、産まれた家で祀ってあった水神さんに似てるんですよね。だから同じように祀りたいんです」
と言っても、簡単な台座の上に形を整えた石を置いて、榊と御神酒を供えてただけなんだけどね。
「そうか。ならばそうするがいい」
「はい」
漣華さんが舞い上がる。家に向かって飛び始めた。
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「あれ、起きてる?」
家が見えるところまで来たら、ニャルクさんと福丸さん、アースレイさんがいるのが見えた。3人で何かを熱心に見てる。紙? 手紙か?
「何があった?」
地面に舞い降りて漣華さんが聞くと、福丸さんがいつものにこにこ顔で振り向いた。
「おや、おかえりなさい。ペリアッド町の斧のギルマスから手紙が届いていたようで」
「そうか。なんと書いてあった?」
石を抱えて漣華さんから降りると、ニャルクさんとアースレイさんが駆け寄ってきた。
「ニャオさん、何も言わずに出かけたら駄目じゃにゃいですか。捜したんですよ?」
「ニャルクさん、僕達の家に飛び込んで来たんだ。姉さんは寝てたから、僕達だけでフクマルさんのところに行ったら、レンゲさんと一緒に出かけたって教えてもらったんだよ」
あらら、そんなことになってたのか。
「すみません、すぐに戻るつもりだったんですけど……」
「怪我がにゃいにゃらいいですけど。で、その石はにゃんですか?」
ニャルクさんが前足を向けてきた。
「ああ、ちょっと色々ありまして。追々説明します。それより、斧のギルマスはなんて書いてきたんですか?」
近況を確認する手紙とかは何度か送られてきたけど、どれも昼間だったよな。昨日の夕方“伝書小箱”を見た時には何も入ってなかったから、夜の間に送られてきたってことだよね。今までそんなことなかったし、緊急か?
「それが、もうすぐ開かれる祭の件なんだけど」
「私達も出店する、春を祝う祭ですよね?」
「そうだよ。その祭のことで、問題が起こってね」
問題? 何それ。私達に関係あること?
漣華さんも福丸さんも、何やら小難しい顔をしてる。ニャルクさんは不安顔で、アースレイさんはどことなく不機嫌そう。
話し声に目を覚ました芒月が家から顔を覗かせた。開いた隙間からイニャトさんとバウジオのいびきが聞こえてくる。
祭、大丈夫かな。




