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第三話 聖女リフィエラ・ベルファリオの嘘

前回までのあらすじ



聖女は筋肉で釣れ!

 神聖魔法の使い手であることを示したリフィエラを、アストラム帝国騎士団本部は諸手を挙げて歓迎してくれた。まだ十歳の少女だったにもかかわらずだ。

 然もありなん。なぜならばリフィエラはわずか十歳にして、すべての神聖魔法である支援・治癒・付与を習得してしまっていたのだから。


 それから三ヶ月。聖女となったリフィエラは、剣を置かざるを得なかった。

 目指すは父と同じく騎士だったはずが、途がそれてしまったのは否めない。しかし目的に少しでも近づくことができるのであれば、回り道もまた悪くないと、彼女はポジティブに考える。


 アストラム帝国騎士団、聖女を編成に加えた実験小隊である特務課、神の恩寵(ディバイングレイス)に配属されたリフィエラは、慣れ親しんだ剣を置いて神聖魔法での支援に徹していた。


 彼女の神聖魔法は、騎士たちの肉体性能を飛躍的に向上させ、戦いに赴く際の恐怖を消し去ることで、勇猛果敢に彼らを突き動かした。


 賊の討伐・捕縛。

 魔物の退治。

 隣国との小競り合い。


 わずか二十名からなる実験小隊ディバイングレイスは、その名の通り、神がかりの勢いで手柄を上げ続けた。


 その甲斐あって、ディバイングレイスは結成からわずか三ヶ月にして、帝国騎士団内に存在する無数の小隊の中で、最も国家に寄与したとされる獅綬褒章(しじゅほうしょう)を皇帝ガルノス三世より賜るに至った。

 これは実に、剣聖カイルズ・アーガインがルイン王国の併合に多大な貢献をした際、当時の皇帝陛下ガルノス二世から竜綬褒章(りゅうじゅほうしょう)を賜った以来の出来事だった。


 聖女リフィエラを擁するディバイングレイスは、困難とされる任務を次々とこなしていった。帝都リアーズベルの誰もが、騎士団における英雄たちの誕生を喜んだ。

 彼らの帰還には、常に民の出迎えがあった。

 ディバイングレイスの活躍に憧れ、これまで頑なに騎士団入りを拒んでいたルイン併合地区出身の若き聖女からも、騎士団への入団を希望する者が、少数ながら現れ始めた。


 すべては順調に見えた。


 だが、リフィエラは――。


 勇猛な騎士たちは、剣を構えて走る。



「追い込め!」



 帝都リアーズベル近郊、ゼルスの森。

 熱帯雨林特有の鬱蒼とした樹木は太陽光を遮るように蔓延り、昼間でも薄暗い。地面は苔やシダ植物に覆われており、足を取られやすい。



「五体行ったぞ、気をつけろ!」



 普段は奥深くには入らず、猟師らが食肉や木の実を得るため立ち入ることの多い森なのだが、ここ数ヶ月で、危険な魔物が多数出没したことから封鎖を余儀なくされていた地区だ。


 しばらく待てば平和な森が戻ってくるだろう。

 誰もがそう考えていたのだが、残念ながら森の魔物は増える一方だった。魔物が増えれば食肉とする草食獣らが襲われ、数を減らしてしまう。長く続けば帝都リアーズベルの経済活動に大打撃を与える恐れもある。


 そこで猟師や採取を生業としていた民らは、騎士団へと直訴した。

 危険な魔物を退治して欲しい、と。


 数日前にアストラム帝国騎士団特務課、実験小隊ディバイングレイスにまわってきた依頼は、ゼルスの森の魔物掃討作戦だった。


 その中をおよそ二十名の騎士と、数十体ものサーベルタイガーが駆ける。いや、もう一名。剣を持たず、まるで場違いな聖なるドレスに身を包み、息を切らすことなく神聖魔法を唱えながら森を駆ける十歳の少女の姿だ。


 リフィエラ・ベルファリオ。正式に騎士団入りを果たしたとされる、最初の聖女だ。


 リフィエラの支援と付与を受けて、騎士たちは勇猛果敢に剣を振るう。サーベルタイガーの長い牙をも断ち斬り、その頸部を落とし、返す刀で背後から襲いかかってきた別の個体の爪を弾き上げる。


 数は不利。この森に潜むサーベルタイガーのうち、すでに三十体ほどを沈めているけれど、まだまだ終わりは見えない。

 朝から開始された掃討作戦はぶっ通しのまま、すでに昼時をまわってしまっている。それでもリフィエラの支援・付与を受けた騎士たちに疲労の色はない。


 手甲の腕を噛ませ、その隙にこめかみを切っ先で貫く。互いに背を合わせて庇い合い、敵の攻撃を防ぐ。



「ハッハ! 七体めぇ!」

「やるねえ。俺はまだ三体だ」



 牙を撲つ剣の音が響く。血飛沫が舞う。



「リフィエラ嬢がいればディバイングレイスは負けなしだな」

「まったくだ。上位の魔獣だって敵じゃあない」



 騎士たちはリフィエラを中心とした布陣を組み、次々とサーベルタイガーを屠った。獅綬褒章を皇帝陛下より賜った部隊に相応しい動きであると言える。



「こりゃあ、また次の勲章を賜る日も近いかもなぁ」



 サーベルタイガーの胸部を貫いてから、頬にこびりついた返り血を騎士が擦った。



「はっは! 隊長、いくらなんでもそりゃ気が早いですよ。あの剣聖カイルズ・アーガイン伯爵でさえ、生涯に勲章一つだったんですからね」

「そりゃそうだが、それ以上に個人と部隊では勲章の価値が違う。個人で賜った剣聖様に比べりゃ、俺たちはまだまだだ。けどな、部隊単位でならもらっても不思議じゃないくらいには働いていると思うぞ」



 隊長の背後から迫ったサーベルタイガーの牙を弾いて、別の騎士が笑った。



「たしかにそうですね。お嬢が加入してからのこの半年は激動だった」

「名前を歴史に刻むことこそ、騎士の誉れってな。俺だってディバイングレイスをここまで率いてきたんだ。しがないオッサンに夢くらい見させてくれよな、おまえら」

「そいつはお嬢に頼むべきですね」

「はは、違いねえ。頼むぜ、リフィエラ嬢ちゃん」



 だが――。



「……」



 リフィエラは幼い眉間に眉根を寄せて、善戦する騎士たちに神聖魔法を飛ばす。支援で恐怖を取り除いて肉体強化を施し、付与で剣や鎧に神の奇跡を宿させ、治癒でケガを治療する。一瞬たりとも切らすことなく、至って正確にだ。


 騎士たちはその様子を、リフィエラが神聖魔法に集中しているからだと考えている。

 だが、違う。違うのだ。

 集中などせずとも、リフィエラにとってサーベルタイガーの攻撃を躱しながら神聖魔法をかけ続ける程度のことは造作もない。


 不満だったのだ。リフィエラは。

 彼女はこう考えていた。


 なぜだろう。なぜわたしのバフを受けておきながら、この程度の動きしかできないのか。鈍い。剣筋も、足運びも、判断すらもだ。父カイルズはおろか、いまの自身にさえ追いついてはこないではないか。


 自身ならばこうする。ああする。もっとできる。

 踏み込め。なぜ止まる。振り切れ。なぜ止める。



「…………歯がゆい……」



 だが、聖女に徹すると決めたときに剣を置いてしまった。いや、しかし殿方を立てるは女の務めでもある。だが、しかし、だが。

 思考はぐるぐる回り続ける。



「はぁ~……」



 ため息をついて首を左右に振る。

 しかし表情には不満が出る。どうしても。



「おっと、疲れたかい? リフィエラ嬢?」

「いいえ。疲労はありません」

「そりゃ大したもんだ。十歳の、それも女の子の体力じゃないね。つくづく、君は規格外だ。俺の隊にきてくれた幸運に感謝するよ」

「そうですか」



 それ以上は言葉を呑む。


 三ヶ月待った。父に匹敵する殿方が現れる、あるいは育つのを待った。ところが二十名の騎士たちは現状に満足し、そこに甘んじて生きようとしている。これでは成長はもう見込めない。正直言って騎士団には失望しかない。


 伴侶(相棒)を見つけるのは難しそうだ。


 そこまで考えた直後、先陣を切って走っていた若い騎士の悲鳴が響き渡った。何事かと考えるまでもない。


 草木を割って飛び出してきた巨大な灰色の影――!


 それらは騎士も、騎士から逃げ回っていたサーベルタイガーの群れも関係なく、突如として現れたと同時、地面を蹴って中空から襲いかかってきた。



「な――っ!?」



 リフィエラの隣でディバイングレイスの隊長が目を見開く。



「バカな、こんなところに……!」



 ワーウルフだ。二足歩行の狼型魔獣。

 彼らがサーベルタイガーを前脚の発達した腕部で薙ぎ払うと、吹っ飛ばされたサーベルタイガーはその身をあっさりと裂かれて肉片と化した。


 一撃だ。



 ――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!



 咆哮に森が揺れた。音波で葉が飛び、騎士たちが一斉に首をすくめる。


 格が違う――!


 なるほどと納得する。

 この数ヶ月でサーベルタイガーや下位の魔物・魔獣たちがゼルスの森南部、帝都リアーズベル近郊にまで現れ始めた理由は、本来、森の奥地にあったはずの縄張りをワーウルフに追われたからだ。



「う、ぐ、くそ!」



 リフィエラの支援魔法を受けていた騎士たちは、その剣でワーウルフの爪を受け止めることができたものの、しかしもう片方の爪に薙ぎ払われ、あるいは肩口へと鎧の上から牙を突き立てられて倒されてしまった。

 すぐに別の騎士が走り込み、ワーウルフへと剣を振るうも、彼らは野生動物さながらに跳躍で後退し、危なげなくそれを躱す。


 リフィエラの隣で隊長が叫んだ。



「落ち着け、ディバイングレイス! サーベルタイガーだろうがワーウルフだろうがやるべきことは変わらん! 包囲しろ! いつものように殲滅するぞ!」

「おお!」

「散開だ!」



 隊長の言葉に、リフィエラは首を左右に振った。



「だめだな、隊長殿。背中を合わせて固まったほうがいい。なぜなら、包囲はすでに完成されているからだ」

「何――っ!? 何を言っているのだ!?」

「わかりませんか? 囲まれたのは我々のほうだ」



 前後左右。草や樹木の影から、次々とワーウルフが出現する。それも、数が多い。二十か、三十か、いや、五十は超えている。

 その上、一体一体の力は神聖魔法で強化された騎士以上だろう。頼みの綱の連携も、倍以上の数を相手にしては無力と言わざるを得ない。


 リフィエラがつぶやく。先ほどと同じ言葉を。



「背中を合わせたほうがいい。群れから離れた個体は、いつだって真っ先に喰われるものです」



 騎士たちの誰もが考えた。

 終わる。ここで。人生が。



「う、あ……っ、こ、こんな……っ」

「に、逃げ道がない……!」



 しかし隊長は、不気味なものを見る。



「ふふ」



 三ヶ月間、隊の中枢として絶大なる力を秘めた神聖魔法を与え続けてくれた少女は、緊張や恐怖や混乱の面持ちを見せるどころか、嗤っていたのだ。



「あは、あはははっ」



 いつものように可愛らしく、しかしその裡に狂気をはらむように、口角を上げて嗤っていたのだ。

 そうして彼女は倒れた騎士の剣を蹴り上げて中空でつかみ、こうつぶやいた。



 ――おもしろい……!

やられてなくてもやり返す! 四の五の言わずに鬱憤晴らしだ!(流行)



楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価やご感想、ご意見などをいただけると幸いです。

今後の糧や参考にしたいと思っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ リファエラちゃんの三ヶ月に渡って溜めたストレス。 それは溢れだす程に溜まったストレス! 今こそ持てる全ての力を解放して鬱憤を晴らす時!! ……ワーウルフ達のご…
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