第二話 とりあえず聖女になる
前回までのあらすじ
パパ必死すぎ。
アストラム帝国、百万都市。帝都リアーズベル。
住み慣れた故郷である地方都市マーズウェストからリアーズベルまでは、馬車でおよそ十日の道のりを要した。
荷は最小限。数着のバトルドレスと使い古された父のブロードソード。そして幼少期より貯め込んでいた貯金。旅費と食費と宿泊費だ。それほどの額ではないが、節約すれば二月は保つだろう。
父は何も援助をくれなかった。金銭面でも、人脈面でもだ。
だがリフィエラはそのことを前向きに捉える。援助をくれぬこともまた薫陶。父が己を高めるために与えてくれた、良き試練である、と。
敬愛する父を失望させるわけにはいかない。ゆえにリフィエラは二つ返事で条件を呑んだ。不思議と父は泣きそうな顔をしていらっしゃったが。
「ふふ、さすがは父上。味な真似をされる。だがおもしろい。それでこそ、己を高められるというもの」
家を出るにあたって、敬愛する父カイルズから受けた約定はたったの二つだった。
一つ、アーガイン家は一切の援助を行わないこと。
一つ、出先ではアーガイン姓の使用を禁ずることだ。
アーガイン家といえば、アストラム帝国でも名門の伯爵家である。さらにカイルズといえば、世界的にも有名な剣聖でもある。
彼の娘であることを帝都で名乗れば、大概の自由が許されてしまうだろう。それこそ騎士団への入団も含めてのことだ。
――それでは意味がない。
父はそう言った。自身もまたそう思った。
己を高める目的に反してしまう。修行にならない。目指すは武の極地だ。伴侶捜しですら、リフィエラにとってはその一端に過ぎない。
よって旅の最中はアーガイン姓ではなく、母方のベルファリオ姓を名乗ることにした。
だが。
実際のところ、カイルズは可愛い可愛い娘をどうしても手放したくなくて、遠回しに旅立ちをあきらめさせようと無理難題を押しつけていただけなのだった。
――行かないで、リフィたんっ!!
しかし剣聖カイルズ・アーガイン伯爵を誰よりも立派と尊敬しているリフィエラは、まったくその真意に気づかない。
リフィエラにとって父カイルズは、どこまでも偉大な人物で、そして厳しく、ときに優しく、いつも見守ってくださる誇るべき存在なのだ。
リフィエラ・アーガインは、決してバカな娘ではない。むしろ頭はかなりよい。ただ、少々、人よりもポジティブすぎるだけなのである。
そんなポジティブの極地にいる彼女ですら、いま、困惑に立ち尽くしていた。
騎士団本部の存在する、帝都リアーズベル宮殿の門前で。
リフィエラは問い返す。門を守る騎士姿の衛兵に。
「え? ご、御仁。いま何と申されたか」
衛兵がリフィエラをチラ見して、にべもなくこたえる。
「君には騎士になる資格はないと言ったのだ」
「それは、わたしが女だからだろうか。剣ならばある程度扱える自信はあるのだが」
衛兵が首を左右に振った。
「そうではない。正騎士資格は十六歳、従騎士資格ですら十四歳からと帝国法で制定されている。肉体の完成を待たずして負荷をかけ続ければ、その者は将来において肉体を壊し、戦えぬ者となってしまうからだ。これは君自身のためだ。四年、待ちなさい」
「……し、しかし」
「例外はない。リフィエラ・ベルファリオと言ったか。君に入団試験は受けさせない。帰りたまえ」
筋は通っていた。自身はまだ十歳だ。法治国家で法を破って国家に仕えるなど矛盾しているし、それこそ道理の通らぬ話でもある。
まさに文字通りの門前払いだった。
「たしか君の故郷は、あの剣聖カイルズ・アーガイン伯爵の統治されるマーズウェストだったか。カイルズ様がアーガイン流剣術道場を開設されたと聞く。そちらで年に見合った稽古をつけてもらうがいい」
その道場にはすでに、父以外に剣を合わせられる相手がいない。兄弟子の誰にも負けない。けれどそれを話してしまえば、自身がアーガイン家の人間であることがバレてしまう恐れがある。父との約定だけは、絶対に破るわけにはいかない。
「四年後にまたくるのだな。自慢の剣術とやらをさらに磨くといい」
「……」
従騎士資格を得るため、精強な若者たちが門を通り抜けていく中、リフィエラは生気を失ったような顔で衛兵に背を押され、フラフラと門外へと追いやられていった。
「は、はは、ははは……」
やがて刻が過ぎ、格子門が閉ざされる。騎士団入団へと続くはずだった、格子門が。衛兵もそれきり、話しかけても口を開いてはくれなくなってしまった。
リフィエラは日が暮れても、その場に立ち尽くしていた。
「……どうしろと……」
父よ、なぜ最初に教えておいてくれなかったのだ……。騎士資格に年齢制限が設けられていたことを……。
否。カイルズは忘れていただけである。リフィたんが旅立つショックで、何も考えられなくなっていただけなのである。そしていまもショックで床に伏せって、枕を濡らしている。
茫然自失だった。見えていた途が、突如として闇に閉ざされたかのような気分だった。
「……ッ」
しかし、やがて少女は顔を上げる。このようなところで立ち止まっている暇はない。ならば精悍なる殿方を捜すため、次なる手を考えねばならない。
己は限界まで自身を高め、敬愛する父の隣に立っていたいのだ。
「あきらめんぞ。これもきっと父が未熟なわたしに与えてくださった試練だ。乗り越えてみろ、そう仰っておられるのだ」
歩き出そうとしたとき、ふと、騎士団本部の外壁に張られた紙に気がついた。
「アストラム帝国騎士団では、神聖魔法の使い手を常に募集しております。あなたも精悍な騎士たちを一番近くで応援する聖女になってみませんか。……だと?」
幼き少女、張り紙をベリリと剥がす。
そして可愛らしいお目々を見開き、食い入るように見つめた。
ポージングを取る筋肉ムキムキの半裸騎士たちに囲まれて、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる聖女という図式の、なんともポップで可愛らしい絵姿が描かれている。
「ほう、素晴らしい」
少々ポピュリズムに頼り過ぎているようにも思えるが、目を惹かれたのは殿方の筋肉ではない。右下に、おまけのように小さく書かれた『年齢不問』の目立たぬ文字だ。
そう言えば聞いたことがある。
アストラム帝国では、現ルイン併合地区、かつてのルイン王国とは違って、神聖魔法の存在はほとんど知られていなかったのだとか。
アストラム帝国の主な戦力は剣と機構を導入し、簡易攻撃魔法を放てる魔導銃兵だ。特に後者の物量や質は、他国に比べれば圧倒的だった。
だが、両国が戦争状態に陥った際、帝国はかつてない苦戦を強いられた。
帝国騎士団は、数や機構技術に劣るルイン王国の兵士たちを相手に、思わぬ損害を出してしまったのだ。その裏に存在したのが、母ミリカのような“聖女”と呼ばれる美しき神聖魔法の使い手たちだった。
割とどうでもいいことであるが、父カイルズと母ミリカは戦場で出逢ったのだ――!
結局のところ、ルイン王国は物量に押し切られる形でアストラム帝国に併合されたのだけれど、聖女と呼ばれる女たちの脅威に関し、帝国は早急に見直す必要があった。
魔導銃では、聖女によって強化された剣士には敵わない。
帝国騎士団に聖女の配備が決定されたのは、戦後しばらく経ってからだった。もっとも、併合されたルイン地区の人々は騎士団に良い感情を抱いていないため、その計画は長く頓挫しているようだが。
「これしかなさそうだ」
母ミリカの薦めでルイン地区にある神聖魔法学園に通っていた一ヶ月の間にも、幾度か帝国騎士団の勧誘がきていたことを思い出した。何の成果もなく引き上げていく騎士たちのしょぼくれた背中を、何人見送ってきたことか。
「聖女名義であれば、十歳女子が騎士団に潜り込むことも可能というわけか」
口元に笑みを浮かべて張り紙を握り潰し、リフィエラは格子門へと向けて踵を返した。
みんな筋肉が好き。
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