過去その3。そして今の2人。
戦士ヴェルグ。人類最高レベルの身体能力と剣技の腕前を持ち合わせる、およそ最強の戦士。魔法の資質こそ無いものの、多種多様な天風を使いこなす事も可能な、力と技の双方を極めた男。
魔法将ツメクサ。魔王配下腹心の四天王が1人。魔王その人を除けば、最高クラスの魔法の使い手。これまでは実戦に出る事は少なく、主に魔法兵を生み出す役割を担っていた。
だが、勇者メイストームの勇名が響くようになると、魔王は勇者パーティーの壊滅を優先。そして、魔法を使えない戦士ヴェルグに当てられたのだ。
この2人の戦いは、今、熾烈を極める。
ゴシャア!!
崖という崖が崩れ、人間の足の踏み場は無くなりつつある。
ツメクサは、一手一手、丁寧に詰めて来ている。
現在、ヴェルグは攻めあぐねている。
結界を斬り、ツメクサ本体を斬る。その時、ツメクサのカウンターを躱せるか否か。勝負は、それが全て。
そのタイミングを計るため、ツメクサの魔法をずっと見ていた。
しかし、ツメクサの魔法はガンガン来る。
走行を好き放題に撃たれまくっている。
ヴェルグが飛翔するに必要な足場を無くすため。そして、こちらの足の疲労を誘うためか。
だが、ここまで走行を撃って、ツメクサの魔法力は持つのか?
残念ながら、ヴェルグはそんな心配はしていなかった。
スガモの足元に及んでいるのであろうツメクサの実力なら、こんな魔法、100回撃っても、汗さえかかないだろう。
そのツメクサは、じっと我慢していた。
ヴェルグの焦りを誘う。ヴェルグの突撃を誘う。ヴェルグの猪突猛進を誘いたい。
もし真正面からヴェルグとやり合えば、勝敗は互角。
魔法は確かに相手を貫くだろうが、同時にヴェルグの剣もこちらを斬っているはずだ。
最悪は、それでも構わない。
だが、あくまで最後の手段だ。
生き残れる方法があるなら、そちらを選ぶ。
そしてツメクサにはそれが出来る実力とアイテムと部下が居る。
勝てる。
急く事なく、油断せず、集中を絶やさなければ。必ず勝てる。
ツメクサは、初めての同レベルの実力者との戦いに、多少緊張していたが。
その戦いは、盤石であった。
ドンドンドンドン、回を追うごとに、敵の魔法発生のタイミングは早くなって行く。
走行は、現在、1秒に3回飛んで来ている。
ヴェルグは、疲労を残さないために、斬らず全てを避ける事に専念している。
そろそろ、か。
発動のタイミング、呼吸。一応見終えた。
敵も、こちらとの戦いでの間合いを見極めたはずだ。
ここで、今まで一度も見せていないこちらの最速を「見せ」付ける。
見えない速度では、ダメだ。
いかなヴェルグと言えど、人知を超えた速度は出せない。せいぜい、100音速までだ。しかもその速度を出してしまえば、切り返しは不可能。
カウンター魔法がどの程度の精度なのか知らないが、防御結界を崩した者に無意識に発動するタイプなら、自分から廃滅に飛び込む形になる。
制御の効く速度で。丁寧に、斬る。
こいつに、力任せは通用しないだろうな。
ヴェルグは、走行の合間を縫って、最も高い山に上った。
それを見たツメクサは、ここが勝負の時と知った。
これが、この旅、最後の修練。
おれを、試させてもらうぞ!!
オ!!
ヴェルグは駆けた!!山を真っ直ぐに、また次の山頂へ!
ツメクサには、その進路の意味は、まだ掴めない。
結界に更に強固を重ねがけ。防御を固めつつ、軽い負荷で済む走行を発し続ける。
相手の動きは確かに重要だが、それで自分の身動きが取れなくなっては、敗北必至。
あまり防御に重点を置かないようにしなくては。
ヴェルグは、助走を付けながらも、ツメクサの様子をうかがうのを止めてはいなかった。
ガチガチに防御を固めてくれれば、むしろ読みやすいのだが。そう簡単にも行かないか。
じゃあ、勝負だ!
ゴ!!!
山を4つ蹴った所で、ヴェルグはツメクサへ向けて飛んだ!
進路は真っ直ぐ!
ツメクサは、迷った。真っ直ぐ廃滅を撃てば良いのか。だが、それを躱されると、廃滅は連射出来ない。どうしても、溜めが要るのだ。
走行なら連発出来るが、それはヴェルグに迎撃されるのは、もう知っている。
ええい、ままよ!
オ オ
廃滅。最大に溜め終わった状態で、半径10メートルの円球が飛ぶ。速度は、そんなでもないが、ヴェルグが真っ直ぐ突っ込んで来ている以上、必ず当たる。
まず、これを躱さないと話にならない。
オ
ヴェルグは、空で方向転換し、進路を変えた。
やはり、当たり前のように躱すか。
ツメクサは、半ば当然のように現実を受け止めた。
魔法を使えないヴェルグの進路変更を為したものは、無論、ただの、天風だ。
「異風同道」
戦士たるヴェルグは、あらゆる武具を使いこなす事を要求される。その最中で発達した天風だ。
あらゆる道具を使う段階で、あらゆる自然を使いこなす事にまで進化した天風。
今、ヴェルグは空を蹴って、道を変えたのだ。
空中を足場として用いた。これが、異風同道の使い方。あらゆる物質、自然存在、道具を有効活用、そしてそれ以上に引き上げる。
「百戦錬磨」の道具バージョンと言うべきか。一時的にだが、ヴェルグの用いた物をヴェルグ並みの能力に到達させる。
ゆえに、「空気」は拡散せず、しっかりとヴェルグの足を受け止める事が出来たのだ。
しかし、今まで使わなかった事から分かるように、この天風も、消耗は激しい。
距離を取っていた状態ならともかく、この至近では、丸薬を食っている暇など無い。
とっとと終わらせる。
いかなる技なのか知らないが、ヴェルグは空中を自在に駆けられるようだ。
それを知ったツメクサは、廃滅を選択肢から捨てた。
自分の反射神経では、戦士ヴェルグに自由に動かれては、当てられるまい。
最大接近された所で、走行を雨あられのように撃ち込み、大地に叩き落とす。そこで、廃滅だ。
やはり、五分の戦いになるか。
ゴオ!
ヴェルグは次の魔法が飛んで来ないのを感じつつ、ツメクサの結界ギリギリまで接近!
ビキイ!
結界を斬った!!
その硬さたるや、龍鱗を一千枚重ねたのと大差ない。
ヴェルグと言えど、斬った腕が、そこで一瞬止まった。全力を出しきったからだ。
オオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!
ここでツメクサは、魔法力を最大に発揮!!!
1秒間に80発の走行を発射!空気の弾丸が、身動き出来ぬヴェルグを襲う!!
この時、正確な狙いなどは付けない。
戦士を動体視力で上回ろうなどと、ツメクサはバカではない。
少しでも、ヴェルグを遠ざけられれば良い。だから、殺傷威力を抑え目にして、手数を多く、更に衝撃範囲を広く。
これら魔法の設定をツメクサは無意識に行っている。
実戦経験は少なくとも、魔法使いとしては間違いなく世界で五指に入る。
「オ・・・オオ!!!!!」
だが、言うならヴェルグは、世界最高の戦士だ。
「果敢」と「異風同道」を同時発動。足場を確保しつつ、向かって来る眼前半径100メートルを埋め尽くす走行を斬る!
果敢の設定時間は1秒、効果は100倍で留める。走行なら、それで斬れる。
そして!
「オ、オ・・・・オ!!!!!!」
2つの天風を並行発動しつつ、全力で移動!ヴェルグの人間を超えた肉体ですらが悲鳴を上げている。
それでも、この機を逃せば、死ぬのは自分だ。
今、ここで、殺す!!
80発の走行を一撃で粉砕した化け物が、己を攻撃範囲に捉えたのを、ツメクサは感じた。それは、ツメクサの戦闘での初めての危機感だった。
魔王に対する畏怖とは違う、敵への恐怖を背筋まで感じたツメクサは、己の限界を超えた。
「・・・・うわあああああああ!!!!」
廃滅の速射!
本来、ツメクサレベルの魔法使いでも、溜めの必要な廃滅を、一瞬で構築、発射!!!
正面に居るヴェルグに、間違いなく当たる!!
だが、それこそが、仕合の始まった時からヴェルグが欲していたタイミング。
待ちかねたぞ。
イ
その斬撃に、音は無かった。
「果敢」の効果を千倍に引き上げ、時間を1秒に設定。
だが、効かせるのは、腕力ではない。
決して限界までの速さを見せなかった、足だ。
一瞬で廃滅の効果範囲を抜け、ツメクサに再度近寄り、脳天から股間まで真っ二つ。
完全に殺した。
勝利の鍵としては、果敢を使っていない状態での全速力を見せていたのが大きい。あれが、ツメクサの頭には、ヴェルグの本気のスピードとして刻まれたはずだ。
果敢を使いさえすれば、ヴェルグは人類の誰よりも速い。
だからこそ、今までは仲間にしか見せて来なかった。奥義として使えるから。
ヴェルグの奥の手を知らないツメクサは、そこでハマる。
現実に「もし」は無い。無いが、もしもツメクサの実戦経験がもっとあれば。同格の四天王や、格上の魔王との訓練経験があれば、結果は違ったものだったかも知れない。
あるいは、ヴェルグにスガモとの修練が無ければ。
・・・もし、は無い。無いから、ツメクサはそこで死体になっている。
丸薬を飲み薬で飲み干し、テンションを下げつつも全快したヴェルグは、周囲を見回してみた。
飛竜は、逃げ帰っている。
意外な事だが、魔王軍直属の魔獣は、そこまで好戦的ではない。魔王を始めとした高位魔族の命令に従うからだ。
野良魔獣は各々の判断で狩りに出るので、普段はこちらの方が危険かも知れない。
いざ動いた時の魔軍は、天災以上の脅威なのだが。
ヴェルグは、2つに分かたれたツメクサを拾ってキャンプに帰る事にした。これ以上の被害は出なさそうだ。
少年にはまだ外に出ないよう言い含めて、テントの中から布袋を用意した。そしてこれに、ツメクサを入れる。
ドラゴンドリンクなど、貴重な素材を使う薬のために、原料を腐らせず持ち帰るための防腐袋だ。
ツメクサを入れた防腐袋をキャンプ内に安置すると、ヴェルグはまたキャンプを出て、生き残りの保護に向かう。
恐らく、もう残っていないだろうが。
やはり。少年の家も、燃えていた。黒焦げになった石の塊が残っていただけ。屋内に逃げていた人は、黒い燃えカスになっていた。少年の母や年老いた家族だろう。若い男達は、外に出て確認や迎撃に向かったのだろうか。石器の武器だけ、落ちていた。死骸はない。食われたから。
ローネを果敢を使いながら走り回る。ツメクサを倒し、魔王が現れない以上、ここにヴェルグを苦しめる敵はもう居ない。薬を使い放題ゆえ、ヴェルグは全力で生存者を探したが。
生き残りは、1人も居なかった。
果敢を使って、5度の回復を行って、およそ1時間。
既に夕暮れの時であった。
世界の果てに通じる川は確かに輝いていたが。何の慰めにもならない。
「お前の家族は死んでいた。ローネの民も、皆、生きてはいない」
「・・・・・」
少年の頭が、その事実を受け入れるのには、もう少し時間が必要そうだ。
ヴェルグはいつも通り、晩メシを用意。今日は飛竜の肉が手に入ったので、ちょっと豪勢だ。
温かな竜肉の汁物と焼き肉、そして保存食として持って来ていた魚の干物も取り出す。今日が、最後のキャンプだ。出し惜しみはしなくて良い。
「誰が、やった」
「魔法将ツメクサ。さっき殺して来た」
「そうか」
食後の一服をしながらの会話だが。話は弾まない。昨日までなら、もうちょっと家族の話題など出ていたのだが。
この少年の心は今、どうなっているのだろう。
ヴェルグには、想像も出来ない。
「・・・剣は、どうした?」
今日、少年から初めて話しかけられた。
剣か。
「そのツメクサを斬った時に失った。強い奴だった」
背にあった最強の黒鋼の剣。
しかしそれは、ツメクサの肉体を斬り裂いた際、真っ二つにしたと同時、崩壊した。
あの時ツメクサは、廃滅に内在した魔法力のほとんどを回していた。
それでも、ツメクサを斬っただけで、スガモに強化してもらったはずの剣が失われた。
これは、剣がツメクサの胸にあった魔法回路を直接斬り裂いたため。それゆえ、魔力と魔力剣の双方がぶつかり合い、両者が失われたのだ。それまでの走行を斬っていたのも響いたのだろうが。
魔力強化されていない剣なら、ツメクサの魔法回路は斬れない。それでも、頭部に致命的な損傷を与えた時点で勝ちだ。
良く斬れる剣だからこそ、失ってしまった。
メシを食って歯を磨いたら、寝る。いつものように。
ヴェルグが眠りに付いた時、少年はすやすやと眠っていた。
「おれは王都に帰る。お前はどうする」
キャンプを片付け、帰還の準備を終えたヴェルグは少年に問うた。
このまま生きられるのなら、それでも構わないが。
「分からない」
少年は、朝起きてから気付いた。
これからは、家に帰っても、一緒に食べる相手が居ない。話をする人も居ない。褒めてくれる人も撫でてくれる人も、誰も居ない。
「王都では、難民も受け入れている。来れば、メシは食える。働く必要はあるがな」
「・・・・・・なら、行く」
少年は特に考えあって言ったわけではない。
ただ、この現実から逃げたかっただけだ。
ツメクサを入れた防腐袋を抱えているので、とっとと帰りたいヴェルグは、少年を肩に乗せて、果敢を使用。テントなどを背負っているので、肩しか隙間がないのだ。
通常なら1ヶ月かかる道のりを1時間で走破したヴェルグは、そのまま王城に向かった。死体袋を持ったままで。
「あまりキョロキョロして迷子になるなよ」
「ああ」
少年の足取りは、重くはなかった。だからヴェルグも過度の心配はしていない。
ヴェルグは常時と同じく、城付きの兵に頼んで、ヤヨイを呼び出してもらった。
「よう、王子様」
「やあ、戦士さん」
王都リメオラで最も有名な優男。王子、ヤヨイ。
ヴェルグはヤヨイを誘って、ツメクサの死骸と共に律堂に向った。
王子であるヤヨイは、この国随一の律師でもある。
ツメクサの亡骸を無事にこの世に還すために、ヤヨイやスガモの力が必要だ。
「時にヴェルグ。あの子は?」
少年は、兵に預けて来た。これからする事は、あの子に見せたくない。
「ローネの民だ。こいつらに皆殺しにされた生き残りだ」
袋を開けて、ツメクサの開きを取り出す。
「やってくれ」
「これが、魔法将ツメクサかあ」
ツメクサの死体は、黒くなって来ていた。
魔力が滲み出ているのだ。
放って置くと、新たな魔獣となる。ツメクサの魔力量なら、かなり上位の魔獣だろう。国1つ簡単に落とせるレベルの。
これを防ぐには、スガモに魔力を分解してもらうか、ヤヨイに静めてもらうしかない。スガモはどこに居るか分からないので、ヤヨイに頼らざるを得ない。
ヤヨイは呼吸を1つしてから、ツメクサの亡骸に薬液を振りかけて行った。本来、魔力を回復させるための物なので、ヤヨイ以外の者が使うと、魔獣を更に強化するだけになる。
魔法回路をブチ壊されたツメクサの肉体に、仮初めの魔力が宿った。これは魔獣として蘇るための魔力ではなく、ヤヨイがツメクサの肉体をコントロール出来るようにするためのものだ。
ツメクサ本来の回路は既に斬られ失われているので、外部からの操作が効く。この状態で、ヤヨイは更に動く。
薬液で描いた陣形に、順に魔力を込める。
最初に頭部、次に両腕。それから胴体、両足で最後。
オ
ツメクサの肉体が、輝く。
聖葬。
今日では大仰な儀式でしか使われない、人類の正式な葬儀方法。
かつての勇者が、魔軍四天王級の相手を、礼節を以って送った事に由来する伝統ある儀式だが、最近ではあまり流行らない。
敵に対して高級な薬を使う意義、魔法使いの能力でも「同じ事」が可能である、などの理由によって、近年では王族の式典でしか見る事は稀だ。
だが、実は意味のある行為だ。
なぜ、勇者はこのような手間暇をかけたのか。
礼儀作法の問題なら、一般の人間に対するものと同じで良いはずなのだ。
そして王族は、なぜこの儀式を伝え続けているのか。
敵対した魔族へのものだと言うのに。
答えは、王族が人類を守るための手段を温存しておきたかったから。
魔法使いスガモは、魔族を含めてすら現代最強の魔法使い。
しかし、その強さは数万年をかけた歳月の結晶。
魔法将ツメクサは、まだ生後10年だった。10年で、スガモの足元に届いていたのだ。
同じ年月をかけたなら、当然、魔より生まれし魔族に軍配が上がる。
戦場に出た優秀な魔法使いが死んだなら、敵高級魔族を葬る方法が無くなる。それでは、せっかく倒した意味も無い。
魔法使いでなくても、誰かが魔族を無力化しなければならない。
その要求から生まれたのが、この儀式だ。
勇者自らが実行する事によって、この方法の有用性は証明された。
見事、敵四天王クラスの墓から、新たな魔獣は生まれなかった。
オ オ
光を放ちつつ、ツメクサの体が霧散して行く。
魔獣化するのでなく、この世界の空気に、大地に、海に溶ける、自然な魔力に変化しているのだ。
ヴェルグが、あのローネの子に見せたくなかった理由は、このまともな聖葬を、あの子の家族にはしてやれないからだ。
本来。この死骸を、あの子は踏み付け、なじったって良い。仇だ。
だが、ヴェルグは、そうさせなかった。
死体を見せず、葬り方も教えず、ただ己が仇を討ったとだけ伝えた。
ヴェルグは、確かに人類有数の実力者。
それでも出来ない事は、山ほどある。
子供1人に、正直に向き合う事さえ、出来んのだ。
最強と言えど。そんなものだ。
「礼には、ならんだろうが」
ツメクサの懐から頂いておいたドラゴンドリンク3本を、ヤヨイに差し出す。
「おっ!魔族の持ってるのは、味が濃い目で美味しいんだよねえ。十分だよ。ありがたく頂戴した」
ヤヨイはその端正な顔一杯に笑みを浮かべて喜んだ。
「もう1本あったが、それは割れていた。その魔力も、こいつの体に吸収されていただろうか」
「多分ね」
ヤヨイは、ドラゴンドリンクをポケットにしまいつつ答えた。
「数ある秘薬の中でも、ドラゴンドリンクは上から数えた方が早い高級品。かなりレベルの高い魔獣が育っただろうね」
話しつつ、2人は律堂を後にした。
ヤヨイは父王や将軍などと情報を共有しなければならない。魔法将ツメクサを倒した意味を考えなければならない。
ヴェルグは行きがかり上、あの子の生き方を見届けなければならない。そのぐらいの義理はあるだろうな。
預かってもらっていた兵に礼を言って、少年と共に避難所に向かう。
ヤヨイから聞いた話では、最近魔族の侵攻にあって、人がドンドン流れて来ているそうだ。急ごしらえではあるが、その者達の生活場所が用意されているので、そこを勧められたのだ。
「上手くやっていけるかは、お前次第だ。頑張れ」
身元保証人としてヴェルグの名を出したので、悪い扱いにはなるまいが。
ヴェルグ自身は王都に腰を落ち着けるわけに行かないので、面倒を見れない。
「よう」
「おお」
少年と別れようとしていたヴェルグはそこで、思いがけず、心友と再会した。
勇者、メイストームだ。
メイストーム自身も、なぜか子供を連れている。
「その子は?」
ヴェルグは、また愛人を怒らせたか何かして、その家の子供と一緒に避難しているのかと思った。
ちなみにメイストームには、100人超の愛人が居る。
「素質がありそうなんで、育てようかと思ってな。そっちのガキは?」
「ローネの民の子だ。壊滅させられたんで、ここに連れて来た」
少年は、初めて目にする勇者や、同年代の少年にも気後れする事はなかったが、感動もしていなさそうだ。まあ、勇者の存在自体知らないだろう。
「へえ・・」
メイストームはしゃがみ込み、少年と目を合わせて言った。
「これが、親兄弟がぶっ殺されても復讐もせずに逃げて来たクソガキか」
ゴ
メイストームは吹っ飛ばされた。
少年の右手が、メイストームの頬を張っていたのだ。
「良い腕だ」
ヴェルグは手放しで少年を褒めた。
「言い過ぎっすよ、師匠」
メイストームの連れている子供もメイストームを諌めている。
悶絶しているメイストームを他所に、子供同士、自己紹介し合う。
「おれはオウザ。ずっと向こうの村から逃げて来たっす。お仲間っすね」
オウザと名乗った少年は、自身も親や故郷を失ったというのに、あっけらかんと言ってのけた。
オウザの事情など知らぬ少年も、その快活さに表情を緩めた。
「おれは山と谷の間の子。家が無くなったので、こちらに来た」
・・・・おれは、何をしに来たのだろう。
少年は、今まで考えずにすんでいた事に、向き合ってしまった。
「山と谷?」
「山と谷の間の子だ」
「なんだか、難しいっすね」
「そんな事はない。お前の名前こそ、よく分からない」
「んな事ないっすよ」
弾んでいるのか、適当な会話をしている2人を見つつ、ヴェルグは考えた。
こいつ、メイストームにダメージを与えた。
まさか、天風か魔法を使えるのか?
ヴェルグは見切りを少年に向けて使ってみた。
まあ、当然、実力は弱い。ヴェルグの危機感が一切働かない。
しかし、光るモノはある。現時点でも、最下位魔獣より強いか。
「ヴェルグ。要らないんなら、こいつも」
「いや。おれが鍛えよう」
立ち直ったメイストームの言わんとした事をヴェルグが引き受ける。
「まあ。魔法は使えねえみたいだし。お前に合ってるんじゃねえか」
ヴェルグも頷く。
2人の間では、話が付いたようだ。
メイストームの前にも勇者が居たように。
人類の中で、戦況をひっくり返せるレベルの強者になり得る者は、国を挙げての育成に入る。
この場合、メイストームの所持する道具、知識、経験の全てを用いて、オウザを育て上げる事を指す。
それと同じ事を、ヴェルグも少年に施す。
この後。
5年をかけて魔王討伐に成功し、王都リメオラに帰還したメイストーム、ヴェルグの前には、成長した少年達の姿があった。
そして彼らは、本格的に、次代の育成に入る。
「と、言う話なんすよ」
「その、山と谷の間の子、とかが今のネイキッドなのね?」
「そっす。戦士養成所に入るのに、いくら何でもその名前では長すぎるからって。ヴェルグさんが」
オウザも、名の由来は知らない。
ただ、ネイキッドがその名を名乗っている。
だから、それで良いのだろう。
ゴ!
なんとなく、掴めて来た。
ネイキッドは、土人形を張り飛ばして、思った。
軽い。その事にも意味があったのだな。
オ!
ふっ飛ばした土人形を追いかけ、更に腕を取り、投げる!
ビシリ
なるほど。
ネイキッドは、ようやく理解した。
土人形の腕を取ったまま大地に叩き付けたら、当たり前のように壊れた。
なぜ、こうも簡単に壊せたのか?
答えは、あまりにも明白。
スガモの魔法で作った土人形を、同じくスガモの魔法で作った大地にぶつけたから。
同じ人間の魔力である以上、相殺され、そしてより強度を高められているであろう大地より先に、土人形の方が壊れる。
ネイキッドは、こんな簡単な事に気付けなかった自分にあきれ果てていた。
だが。
「まだ、昼メシの前だ。今日は、合格をもらおう」
期限は、日暮れ前だった。
ネイキッドは、内出血でパンパンになった顔で笑った。
ようよう歩いて元の場所に戻って来たネイキッドを待っていたのは、寝っ転がって休んでいるオウザだった。
「お疲れっす」
「本当に疲れたぞ」
思う所がないわけではないネイキッドだったが。
オウザもまた、ピクリとも動かず、回復を待っている。
やはり、自分と同じレベルで修行をしていたのだ。
もし、勝てぬと諦めていたら。
死にはしないだろうが、オウザに先を越されていたかも知れない。
自分より早く強くなって、師匠達と肩を並べるオウザを、ただ羨ましがって眺めているだけの男になっていたか。
良かった。土人形と取っ組み合って。
修行をしたという自負が、この体を動かしてくれる。
「ご飯よ」
「はい!」
「はい!」
実力はともかく。
2人共、返事だけはとても良かった。