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今のオウザ。剣国にて。

トン


 ヴェルグの踏み込みに合わせた、軽い一撃。完全にヴェルグから先手を取った華麗かつ豪胆な一振り。


 しかしヴェルグは体を右に流し回避。木刀が頭部の左真横を通り、過ぎない!


ギッ!


 横!必殺必定の横薙ぎ!


ィィィイイイイ!


 しかし、ヴェルグはその斬撃に合わせて、右手で握った木刀の切っ先を左へ突き出し左腕で支持。刃の上を走らせ、攻撃を逸らす。


イン!


 弾いた木刀を離れさせ、お互いに距離を取る。


「もうちょっと接戦でも良かったか?」


 その声にヴェルグは素直に答える。


「そうだな。完全なインファイトは、おれも久しぶりだ。もう少しやっても良いな」


 ヴェルグや、その目の前の者のレベルなら、接近しきる前にケリが付いている。一振りで敵の命が終わるからだ。


 そして相手は無造作にヴェルグに接近し、木刀を改めて構える。


「これぐらいでどうだ」


「良いな」


 木刀を正面に構えた段階で、相手の肩口に触れている。


 その距離感で、ヴェルグは大真面目に頷いた。


 この距離ではフェイントの一切が無効。先に振り下ろした方の勝ち。


 とは言え、それでは相討ち。


 相手に打ち勝ち、自分は生き残る。でなければ、戦士ではない。


 戦士は国の剣であり盾。死ぬだけなら、民間人のままでも出来る。高い金をはたいて育成された戦士は、死中に飛び込みつつ生き延びねばならない。


ザン!!


 お互いに全力で半身を引き、肩口に添えられた木刀の一刀両断の太刀筋を躱した。両者共、片手で握った木刀はやはり全力で振り下ろしつつ。


 両の手で握って構えていたはずが、次の瞬間にはお互いに片手一本になっている。攻撃と回避を全く同時に行い、手加減無しにも関わらず双方無傷。だが、それで驚く人間は、この場には居なかった。


「うん。良いな」


 ヴェルグはこのやり取りにいたく満足した。


 相手も笑顔でそれに応え、この修練は、一日中続いた。



 剣王の修練場での出来事だ。



「久しぶりに楽しい試合だった。礼を言うぞ」


 まがりなりにも一国の王に向かっての発言ではないが。ヴェルグは剣王ユーベルとの夕食の席で、大真面目に礼を述べた。


「それはこちらのセリフよ。久方ぶりの稽古が出来た。お互い、相手に苦労するな」


「全くだ」


 最高級の剣牛ステーキに舌鼓を打ち、ディオソアの一般人が決して口にする事はないだろう高級ワインを飲み干して行く。


 この酒宴に、剣王の家族は出席していない。ただただ給仕きゅうじが居るのみ。


 王城内の比較的狭い一室に、剣王とヴェルグは対面で着席している。空調の魔法冷房機がほんの少しのBGMとなっている。ちなみに律国から贈られたものだ。


 しばらくの談話と食事を楽しんだ後、デザートの時間となった。これまた手の込んだ、この王城でしか食べられないアイスクリームだ。


 そして飲み物といくらかの皿を残して、給仕が部屋を退出する。


 酒で温まった体をアイスで冷やした後、飲み頃のコーヒーで落ち着ける。


「この食事をしたいから、とおれに成り代わらんとする者が居たとして。それは自然であると思うがな」


 乾燥させた果実をつまみながら、ユーベルが言う。


「魔国か」


 当然、この2人はその話を耳に入れている。


 ヴェルグには律国からいち早く早馬が走ったし、剣王の元には魔国からもメッセンジャー役の魔法使いが来た。


「常人が魔法使いを追い落とす。その意気や良し」


「お前は、そう思うだろうな」


 淡々と語る剣王に、ヴェルグは苦笑を返す。


 仮に、この王城に暗殺者が訪れて剣王にあらゆる凶器を向けたとして。


 剣王はそれを犯罪とすら思わないだろう。


 剣を交えに来たのかと、嬉々とする事はあっても。


 問題があるとすれば、ユーベルが剣を抜くまでもなく、怪しげな人間を斬る自由が剣王の子や王城の剣士には与えられている事か。


 ただし、剣王は剣でない者を重用しない代わりに、決して斬らない。


 常人に無体な真似をした剣士が、剣王の試し切りの相手と指定されるぐらいには。


「お前は動くのか?」


 今度は剣王がヴェルグに問いかけた。


 ヴェルグは考えるまでもなく答えた。


「その必要はないな。オウザが既に対応している」


 律国からの伝によれば、ドロウとオウザが出会い、オウザがそれに応えたらしい。


 ならば、オウザがなんとかするだろう。


 ヤヨイがオウザを重用してくれている以上、さしたる問題もあるまい。


「それに、おれが動いた所で、どうにもならんさ」


 少し。


 ユーベルは、数年前からヴェルグの言動や観念に、自責が含まれるようになったのを感じていた。


 これまた、どうにもならない事だが。



 復活した魔王。勇者があっさりと撃退したらしいが、それでもヴェルグから愛弟子を奪う程度にはやれるらしい。


 早く来い、と剣王はずっと待ち望んでいた。


 魔王に飲ませてやる酒まで用意して。



 そして。


 いかに剣友であろうと、己の弱さだけは、己でなんとかするしかない。


 剣の相手をしてやるぐらいか。おれに出来るのは。


 完全におれの利益になる事だが、そこに友のためという大義名分を付けられるのもまた、強さ。


 やはり。


 おれは強い。


 剣王は、自信を深めた。



 数日後。


「その弟子とやらが来たそうだぞ」


「ん?」


 修練場にて。ヴェルグと子供達の試合を見ていた剣王の下へ、知らせが来た。


 剣国議会へと、オウザ一行が訪れる。常時の定例剣友会と同じくして。剣国側もあらかじめ承知していた事である。


 イルマを含む護衛総出、フルメンバーだ。


「お手並み拝見と行くか」


「そう、だな」


 剣王とヴェルグ。剣を取らせれば地上最強クラスの双方。


 我が子、我が弟子の活躍を見届ける。




 剣議会。王城1階の食堂すぐ横。会議が終わり次第、メシを食って稽古に出られるよう設計された大会議スペースである。


 座席は対面式。横長のテーブルが10メートル以上に渡って連結され、律国、剣国の参加者が向き合って座している。


 律国側は、オウザ。イルマ。サモン。ハセガワ。いつものメンバーだ。律国王都の議員は連れて来ていない。この護衛は、オウザを守るための人員であって、議員複数名を伴うのであれば、もっと大所帯になる。


 剣国側は、剣王の子息子女を含む20数名。半数は議員だ。



 議題は、魔国へ送るべき人員の選定。剣国も、既に魔国からの要請によってリストを完成させているはず。これを律国のものとすり合わせるのだ。


 進行はオウザと、剣国第2王子、ショーティアによる。



「・・・それでは、会議を終了致します。皆様、ご協力ありがとうございました」


 オウザが締めくくる。


 律国、剣国共に、まるで問題なく無事に終了した。


 オウザとしては、ちょっと面倒な展開になるかな、と疑念を抱いていたが、拍子抜けするほど楽だった。


 が。


 その見通しは、少しだけ甘かった。


「では、オウザ殿。会談の無事の終了を祝した宴席を用意してあります。今しばらくのご逗留をお楽しみ下さい」


 ショーティアの声に習い、剣国側は退出して行く。幾人かの者は、オウザに笑みと共に帯剣を見せ付けながら。



 ここからか。オウザは理解した。


 剣国にとって、実は魔国などどうでもよかった。敵対するなら斬る。しないなら斬らない。


 それ以外の感性を持った人間は、剣国にはそう居ない。


 そして純血の剣国人である剣王の子らは、律国との会議を円満に終えた報酬をもらおうとしていた。


 即ち、当代一の勇者と戦士から教えを受けた剣士、オウザとの手合わせを。


 宴会も、気持ちの良い運動をした後の栄養補給に過ぎない。



 苦笑を禁じ得ないオウザは、しかし、自国の馬車に戻ると、運動着に着替えて修練場に立ち入った。居並ぶ数十人の剣の子らと向き合い、言った。



「次代の律国と剣国の友情のため。今日は楽しく遊びましょうっす」


オオオオオオオオオオ!!!


 オウザのために、咆哮が喝采が上がる。



 一番手は先の司会でもお馴染みの、第2王子、ショーティア。


 愛刀は剣王ゆずりの剛剣。刀身1メートルを超えた大刀だ。


「今日は皆、本気で行かせてもらう事になる。良いかな?」


「全然大丈夫っすよ」


 剣士ばかりの剣国の中でも更なる粒ぞろい。上位剣士数十名を相手取って、まるで問題ないと言い切ったオウザからは、気負いがまるで感じられない。自然に、当然のように、剣を交える気で居る。


 ショーティアは旧知のオウザに、改めて親愛を深めた。



 ショーティア。ユリストの次に年長。即ち、より多く剣に触れて来たベテラン。まだ30には早い、オウザより一回り年上とは言え、若手。にも関わらずその風格は、律国の熟練剣士と比較しても、なお大きい。


 純粋な剣技のみなら、オウザより強い。そう言えば、そのレベルが分かって頂けるだろうか。



ニイイ


 先ほどまでの優しさ、落ち着きの全てを置き去りにした、猛獣の笑み。


 ショーティアのそれを目撃したオウザは、いつもの剣を握ったショーティアだと認識し、安心した。



ゴ!!!!!


 ショーティアに、探りやフェイント、切り返しと言った幅広い戦略は無い。


 あるのはただ、最速で最高の一撃を入れる、最強の剣撃。


 全力で一発入れる事だけを考えているので、回避された時、防御された時の備えなど、無い。


 文字通りの一撃必殺を体現した男。


 長兄のユリストが魔剣士という特徴を備えているので、逆にパワー重視となった形か。



・・・ギ、イ


 ショーティアは、戦闘に挑む笑みを、喜び溢れる笑顔に変えた。


 オウザは、我が剛剣を受け止め、しのいでいる。


 これがオウザ。


 我が友。



 ついうっかり天風を使ってしまった。


 流石はショーティア。


 剣技だけでは、勝てねえっす。



 大上段の大振り。それでもその速さは3音速を超え、ヴェルグか剣王でもなければ受け止められる者は、この世に居まい。


 ゆえに、オウザは貫風で、その威力を打ち抜いた。


 大剣の振り下ろし。とは言え、そのエネルギーは刃の一点に集中されている。その点を綺麗に的に当てられるかどうかが、剣士の技量というものだ。極端な例えだが、振りの最中に刃の元を止められると、それで斬撃の威力は死ぬ。


 オウザは、その根本を狙ったのだ。細剣で。


 もちろん、ネイキッドと一緒に得た、あの剣だ。


 大剣に無造作に触れただけでバラバラになりそうな細さではあるが、それゆえにその先端部位には、尋常ならざる鋭さが宿る。


 オウザの貫風で強化されれば、なおの事。


 この剣はしならない。弾力がなく、剛性もない。


 ただ、真っ直ぐにある。それだけの、不器用な剣。


 なぜか、ネイキッドを思い出す。あのしたたかな少年を。


 頭が回り創意工夫もあるネイキッドと、この細剣はまるで異なるのに。


 これを、思い出というのだろうな。



 オウザは、細剣の握りをショーティアの首筋に触れさせながら、遠い甘い幻を見ていた。



 お互いの剣が必殺の間合いを外れた事に気付いたショーティアは、次撃のために距離を取ろうと後退した。


 しかし、オウザは全く離れずその動きに付き従い、ショーティアが剣を振り上げんとした時、同じく腕を振り上げるだけで剣の握りを首に当てた。


 致命の間合い。


 ショーティアの、負けだ。



「参った。剣で負けると、自信を無くすよ。オウザ」


 負けた。それでも、ショーティアの態度に硬さはない。


 オウザとの試合はその時の条件やその日の運によって、勝ったり負けたり。正直に言えば、オウザが市井しせいの誰かであれば、ショックもあろうが。勇者の弟子に負けて恥じるほど、ショーティアも思い上がってはいない。いかに、己が剣王の子であろうと。



「では、おれの番だ!よろしく頼む!!」


 今度は剣王の三男坊。名をベリル。


 その豪放磊落ごうほうらいらくな気性とは裏腹に、繊細な剣舞を得手とする技巧者だ。これまた、剣の腕だけならオウザをも超えている上級者。


スラリ


 輝く名剣を抜き放つ。その抜刀の動きにすら、隙はない。いついかなる状況にも対応する。ゆえの、豪気。


「では。参る!!!」


オ!!


 速い!


 身体動作のみで消えて見えるほど速い。にも関わらず、剣を持つ腕は、決して必殺の威力を緩ませない。走行ルナ無しでこの速度。オウザも、ベリルから学ぶものは少なくなかった。


 数メートルの距離を一瞬で詰め、オウザの視野の外、オウザの真横に入り込んだベリルは、即オウザの首筋に切っ先を触れさせんとする。


 このレベルになっても、オウザは油断出来ない。早く勝機をものにしなければ。



 オウザは目の前から消えたベリルの行方について思考していた。0,02秒内に決定しなければ、斬られる。


 上か?下か?右か?左か?後ろか?


 分からない。


 分からないので、オウザは自分に強固ツモリイシをかけた。効果は反射速度の加速と身体能力の向上。これで対応可能。師匠らに比べれば、まだ遅いが。



 ベリル相手なら、通じる。


 空気がひび割れ、首の左側から押し迫る熱を感じる。来る。



 横の斬撃を躱しながら、オウザは一回転、返す刀を相手の首筋に突き付けていた。


 勝利。


「参った!くそう!」


「いえ。魔法を使いましたっす。また引き分けっすよ」


 が、これはオウザ側の理屈。


 ベリル達の感覚では、魔族に魔法を使うなと要求出来ない以上、相手の能力を切り伏せられない方が悪い。敵が手加減してくれる。そんな想定で戦場に立つ練習をしているわけではないのだ。


 剣王が魔法を嫌うのは、あくまで剣が鈍るから。剣以外の修練時間を増やして、剣技の曇りを招く事を恐れているからだ。


 相手が使う分には、どうでもいい。



 そして。


 残り何十人かの剣王の子と、剣王に選ばれた見込みのある剣士ら数十名。合わせて80名ほどとの剣劇を終えたオウザは、疲労困憊ひろうこんぱいながらも、充実していた。ついでにサモンも手合わせ願い、得難い修練時間を堪能していた。流石にサモンの勝率はあまり良くはなかったが。剣国で勝ちの目があるだけで、誇って良かろう。


 今回、イルマは律国側の護衛という事で、剣を構えてはいない。これだけの剣士が周囲に居て、心配のし過ぎではあるだろうが。



「悪くは、ないんじゃないか?」


 オウザの全勝を見届けてからの、ヴェルグのこの答え。


 だがこれはヴェルグの贔屓目、ではない。


 オウザは純粋に強い。そのオウザが天風も魔法も使って相手をしなければならない。それだけで、剣国の底力がひしひしと伝わって来る。


「ふん」


 それでも、ユーベルは不満であった。


 いかにあのメイストームの弟子であろうと。我が子を含む剣士が、他国の剣士に遅れを取って良いとは、全く思っていなかった。


 やはり。


 ユリスト。イルマ。この2人に絞られるか。


 次の剣王は。

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