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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第6巻
88/94

九州の鬼

「鬼八。高千穂と阿蘇で異なる伝承がある鬼だ。里にいる人間を襲い最後には神に殺された。神の使いとされていたが神に抗い最終的に封じられた。まあどっちがどうのという議論はこの際どうでも良い。今も神話が残り人々によって祀られているという事実があれば、それで十分だ」


 ──鬼が、顕現するにはな。

 そう、鬼狩りは語る。


「妖も鬼も、伝承を基に魔力を核として生まれる生物もどきであることには変わりねえんだがな。妖が瘴気に染まり鬼に成り下がるのではなく、伝承を元にした生粋の鬼は瘴気を生み出す側であり、より強い力を持つことが多い。そいつはその力を存分に振るうべく、百鬼夜行に参加した」


 冷徹な眼差しで、ジャックを捕らえた鉄の檻を見下す。


「こいつも相応に暴れて、守護の家の術者どもに被害を出した。しかも討伐されずに生き残り、他の鬼どもと同様、鬼気を奪われて著しく弱体化した。上位の鬼どもは生き延び撤退したが、そいつは中の上程度。本来ならそのまま消滅するはずだった。が、他と違ったのは、そこで肉体の維持コストを切り捨て猫に化けたこと。結果生き延び、鬼と気付かれずお前のところに担ぎ込まれた」


 すっと視線が上がり、棒立ちになっている僕を突き刺した。


「そしてお前の力を受け取って回復し、契約により生き延びた。こいつは、百鬼夜行の報いとして死ぬところを、お前に救われたわけだ」


 酷薄な笑みを唇に浮かべ、鬼狩りは告げる。


「つまりはお前も、人に仇なす鬼の仲間だな。──魔術師は己が振るう力に責任がある。知りませんでしたで突っぱねるなら、今すぐ魔術師の肩書を捨てて魔女とも縁を切れ」

「……それ、は」

「出来ないっつうなら、せめて自分の過ちくらい自分で片をつけろ」


 向けられる言葉の一つ一つが、刃のようだ。鋭くて、痛い。

 ぐっと歯を食いしばって、僕はくぐもった声で答えた。


「どうやって?」

「そいつを消滅させろ。弱体化してるんだ、初級魔術で十分だろう」

「っ……今のまま、猫として飼うわけにはいかないの?」

「拾った責任くらいは取れよ。お前の力を吸い続ければ、いつかは有力な術者でも簡単に殺せない脅威が復活して、また人間を殺す」

「……そんな」

「情が移ったのかなんなのか知ったこっちゃねえが、現実だ」


 僕の弱々しい反論を遮って、鬼狩りは冷たく言い放った。



「──今ここで聞いた以上、知りませんでしたなんて言わせねえ。それでも耳を塞ぐなら、お前も同類だ」



(……ああ、そうか)


 いちいち言葉が痛い理由が、分かった。

 全部、事実だからだ。

 この鬼狩りの言葉も表情も態度も心底ムカつくんだけど、言っていることは正しい。そして、その正しさは、どこまでも残酷だ。

 だから、この鬼狩りの言葉はこんなにも痛くて、腹がたつ。


「……つまり、ジャックを殺すか、ジャックごと君に殺されるか、どっちかと言いたいわけ」

「選べないなんつー泣き言を言うなら、魔女に責任取らせた上で、てめえの魔術師見習い契約を切らせるぞ」


 ああ本当に、腹が立つ。


「……流石に、そこまでバカじゃないつもりだけどね」

「どーだか。魔女と縁を切る口実が出来て好都合かもしれねえしな」


 こいつが嫌いだ。

 たったこれだけのやり取りで心底そう思ったのなんて、生まれて初めてだ。


 思わず怒鳴りかけたのをギリギリで自制して、深呼吸を数回。ゆっくりと手を上げて、ジャックを閉じ込める檻を指差す。


「それ、外して。僕の魔術で壊せるものじゃないから」

「外した瞬間逃げるんじゃねえの」

「……なわけないでしょ。僕は契約主なんだから」


 契約主が命じたら、抗えない。たとえ命に関わることでもだ。それは、人間が妖と関わる上での、大事な線引きだ。妖が人を害するなら、いつでも殺せるように。


「その程度は理解しているようで何よりだ」


 小馬鹿にしたように鼻で笑い、鬼狩りは指を鳴らす。鉄の檻がパッと塵になって消えた後には、ジャックが伏せている様子が見えた。


「……ジャック」


 ごめん、なんて卑怯な言葉は、なんとか飲み込んで。僕は終わらせるために魔力を操ろうとして、



『やっっっっと出られた!! なぁんかきさん、本人差し置いて話を進めてからに! くらすぞ!!』



 …………けたたましい声に、固まった。



 ……えっと。

 なんか、今、可愛い黒猫から聞こえちゃいけない声、しなかった??


 ピシリと音を立てて固まった僕をよそに、全身の毛を逆立ていつの間にか立ち上がったジャックは、ピンと尻尾を真上に向けて元気よく捲し立てる。


『きさんの話し方はほんませからしか! 少しはこっちの言い分に耳を傾ける器みたいなもんはなかとか!? そもそもこっちが有害な鬼かどうかなんぞ、見りゃあわかるくせにこすか言い回しでご主人を追い詰めてからに! チリを巻き上げるだけの箒かきさんは!!』


「……あの。ジャックさん?」

『なんねご主人!』


 とっても元気のいいお返事が返ってきた。耳がこっち向いてるから、うん、文字通り聞く耳はある模様。それはいいとして。


「……その話し方、なあに?」

『? 普通に標準語を話しとろうもん』

「コテコテに方言だなぁ……」


 九州の方言で元気一杯捲し立て始めた黒猫に、どうしたものかと僕は頭を抱えた。


※作者の転居歴に基づき、方言は多少のグローバリゼーションを含む可能性があります。悪しからず。

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