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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第6巻
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鬼狩りと鬼使い

 いや、うん。流石に今のは、僕が空気読めてなかった。自覚はあるので、とりあえずムカついた気持ちをごっくんと飲み干し、改めて体ごと向き直る。


(……うん、ほんと、顔が良すぎる)

 テレビでもここまでの美形はなかなかお目にかかれない。夕方に差し掛かっても輝いて見える茶色の髪に、切れ長の瞳の色は琥珀。ちょっと外国の血が混ざった日本人って感じかな。彫りの深い顔立ちは、ともすれば作り物みたいだ。しかも僕より背が高い上に、脚がアホみたいに長い。何等身だろ。


 そして、出鼻を力一杯挫いてしまった僕に対して、イケメンくんが向けてくる眼差しと表情が凄まじい。冷たいとかそんなもんじゃない、題して「お馬鹿さんを心の底から見下しています」だ。誇張ではなく、文字通り「見下す」のお手本である。

 と、一周回って感心してしまった僕がまじまじと向ける眼差しがお気に召さなかったのか、イケメン君はふっ、と口元を綺麗に弧の形に吊り上げた。今度は小馬鹿にする笑みというやつである。


「手本のような阿呆面だな」

「酷くない?」

「出会い頭に容姿を口にする無礼な阿呆だという自己紹介か?」


 うん、マジで口悪いな?? 割とその辺寛大なはずの僕でもムカっとくるぞ、これ。

 梗平君が事実を端的に示して相手を切り裂く口撃だとすれば、このイケメン君は相手を煽る言葉を厳選してぶん殴る攻撃である。表情といい、相手にむかつかせることに特化しすぎだと思うんだ。


 流石に顔が引き攣った僕を鼻で笑い──鼻で笑うってこんな上手にやる人いるんだ──、イケメンくんは無造作に右腕を肩の高さまで持ち上げた。軽く握った手が僕に向けてくるのは、黒い銃口。……銃口?


「えっ」

「少しは状況を弁えられたか?」

「……あ、はい」


 なるほど。「まさか」のど真ん中を引き当てたようだ。


 静かに静かに、両手を挙げる。ジャックの入ったキャリーも一緒に持ち上がり、それを見たイケメン君は目を細めた。


「ちゃっちい魔術だな」

「いちいちひどくない?」

「客観的な自己評価くらいは覚えた方がいいぜ」


 思わずあげた抗議の声を一言で切って捨てると同時、キャリーケースが魔術ごと砕けた。


(……はい?)


 駄目だ、次から次へと起こる事態についていけない。硬直した僕の視線の先、地面にしなやかに着地したジャックを鉄の檻が閉じ込める。


「さて。抵抗したきゃしてみせてもいいんだぜ」

「え、この状況でなんて無茶を」


 何言ってるんだこのイケメンと思ったことが全部口から出てしまった。何言ってんだこいつという視線が突き刺さる。


「……あの、とりあえず状況を整理したいので、ちょっと待ってもらっても?」

「……どーぞ」


 よし、許可をとったので、ちょっと頭を整理していこう。


 手に持ったままのキャリーケース、の残骸に目を向ける。見事に木っ端微塵で、持ち手だけ残っているというシュールな状況である。そして当然のように、僕がかけた隠蔽の魔術も破壊されている。

 ……魔術の破壊って、本来ならそれ以上の魔力を込めた魔術で正面突破するの一択だ。そしてその場合、魔術同士が衝突する余波みたいなものがある。僕は何度も眞琴さんや梗平君に破られてるので、その余波については文字通り身に覚えがあるんだけど、今回そういう余波はなかった。なんか、ちょっとだけ胸を押されるような違和感はあった、気がする。びっくりしすぎてよく覚えていない。


 つまりこのイケメン、何かよくわからない技術で人の魔術ごとキャリーケースを破壊し、ジャックを拘束しているのだ。当然のように無詠唱で。


(うん。やっぱ無理)


 これはなんかもう、抵抗するとか逃げるとか、そういう次元にない。何かしようとした瞬間に死んじゃうやつだ。魔力の気配が相変わらずしないけど、ノワールと敵対するのと同じだと思う。

 と、正確に彼我の差を理解した僕は、即座に僕にできる最良を選択した。


「……」


 静かにその場に膝をつき、両手を地面に添え、頭を下げる。



「すみません、一応弁解をさせてもらっていいでしょうか」



 すなわち、土下座しながらの命乞いである。



「……プライドって知ってるか?」

「今の状況で何それ美味しいの? ってやつです」


 必要があればプライドをポイ捨て出来るからこそ、僕は魔女様の弟子を出来ているのだ。


「……とりあえず頭上げろ。土下座してるやつ見ると、つい踏みたくなる」

「それはちょっとどうかと思うよ……?」


 なんかちょいちょいツッコミを入れたくなる言動をしてくるのは素なのだろうか。脊髄反射でツッコミを入れてしまう僕も僕だけども。

 顔をあげ、互いになんかちょっと微妙な空気を吸って吐くことしばし。


「……えっと、言い訳させてもらうよ?」

「どーぞ」


 半眼で腕を組みながら見下ろしてくるイケメンに、僕はこれまでの経緯を切々と訴えた。猫又になりかけてた衰弱した猫の保護と安全確保のための契約です、とそれはもう全力で己の無実を訴えた。


「お前の目が節穴だったせいで起きた事件ってわけだ」


 で、イケメンの沙汰はこれである。嗚呼無情。


「……いや、その、雑鬼達も同意見で」

「まとめて節穴ってことだな」


 なんかさあ! もうちょっとこう、もう少しこう、言葉への配慮みたいなものはないかなあ!?


「つーか、弟子名乗るなら師匠に相談しろよ」

「……魔女様めちゃくちゃ忙しくて、今日の今日ようやっと相談できて、今まさに見せて相談しようと連れて行く道中が今です」

「お前、運が悪いとかタイミングが悪すぎるとか言われるだろ」

「僕はさっきからずっと、その言葉をじっくり噛み締めているところです」


 しみじみ言うと、イケメンは呆れ笑いの混ざったようなため息を吐き出した。ヤケクソで疑問をついでにぶつける。


「というか、今日の今日見つかったのは偶然……?」

「……さっきすれ違った」

「……なるほど……?」

 すれ違ったことすら気づかなかった僕も僕である。


 というか、これはもしや、互いにタイミングが最悪だったというやつか。思わず相手の顔を見ると、とても嫌そうな顔をされた。


「……はあ。そういう事情なら、見なかったことにして魔女に丸投げしたいところなんだが、鬼狩りとして見ちまった以上は対処するしかねえんだよな」

「そんな警察みたいな」

「公僕っつー意味ならある意味そうなんだが、話をずらすな進まねえ」

「あ、はい」


 ついツッコミを入れてしまう、気をつけねば。大人しく口を閉じた僕にもう一度ため息をつき、鬼狩りと確定したイケメンは組んでた腕を解いた。


「どうもそのすっとぼけた様子からどこまで理解できてんのか分からん。事実確認からするぞ。まず、そいつは鬼で、お前がやったのは鬼使いとしての契約だ」

「……土下座に戻ります?」

「踏んでいいなら好きにしろ。お前が鬼を妖と見紛ったのは、先日の百鬼夜行で弱体化したせいで鬼気を見極められなかったからっつうことになる」

「踏まれるの嫌なんでやめときます。えーと、それなら事故ということで、無罪放免になったり……?」

「魔術師見習い名乗っておいて、てめえの不始末も責任取らずに逃げる気か?」


 声から、温度が消える。同時に、体感温度が急激に下がった。


 ……やばい。知らず相手の逆鱗に触れたっぽい。これは誠心誠意謝るしか無いやつだ。

 背筋を痛めるほど伸ばした僕に、鬼狩りは冷徹な声で。



「ましてや伝承に名を残す鬼ともなれば尚更だ。──なぁ、そうだろう。鬼八」



 ジャックを、僕の知らない名で呼んだ。


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