恐怖の客
夜が更け始める頃、扉をノックする音にヴェントは驚きの顔を上げた。
「何をしている。早く出ろ」
ウェルギリウスの言葉に押されヴェントは立ち上がった。ある程度の経緯は聞いたが、あのベアトリーチェが旦那の眠っている隙に街に降りてくるとはやはり信じがたい。
恐る恐る玄関の戸を開くと…冗談半分に聞いていた客人の訪れに目を丸める。
「あら…助手ってあなただったの?」
「………本当に来ちまった………」
間違いなくあの魔女の姿だった。
「これを彼と持ってくれる?」
トコトコと部屋の中に入る女の後ろを眺めながらヴェントは首を傾げた。
「彼? ……彼って……」
扉の外を見たヴェントが悲鳴を上げた。扉の外にあったのは彼女が持ってきたと思われる大量の魔道書と………巨大な獣の姿だった。
「おいっ!!! おいいいぃ!! こいつ…このデカイ猫何だよ!!! はっ…羽生えてるしっ!!!」
「猫だと?」
ウェルギリウスが始めて魔道書から顔を上げた。
「…っなっ…ベアトリーチェ!! こいつはっ……」
大量の魔道書を背に担ぎながら入ってきた漆黒の獣に思わずペンを落とす。
「スウィンカよ。可愛いでしょ? あなたが言っていた使い魔を彼からもらったわ」
「使い魔って!! ジィさん!! 魔女に何吹き込んだんだよ!!!」
漆黒の身体に蝙蝠の翼、赤い瞳…体高もかなり高く、大きさに至っては馬と大差ない。
「いや…依頼箱から私の解読書を城に運ぶために、ベアトリーチェが使える魔を要求しただけだが……」
冷静な老人も椅子を立ち上がり、その漆黒の獣から少し距離を取ると
「……にしても……レベルが高すぎる……」と独り言のように呟いた。
目の前のこれは確かに使い魔だが…ガドリールクラスが扱う魔神の部類だった。
「ベアトリーチェ…こいつは本当にお前の言う事を聞くのか?」
聞かなければガドリールの他にもう一体の魔神が増えてしまった事となる。
「まだ彼との面識は二・三時間だけど…」
「二・三時間だとっ?!!!」
「二・三時間~?!!!」
その言葉にヴェントとウェルギリウスが揃って声を上げる。
「でも大丈夫だと思うけど……」
近付くベアトリーチェに向かって二人はギョッとした。
「おっおいおい!! 魔女さんよ!! 危ねぇよ!! 近付くなよ!!!」
「そ…そうだぞ? お前がそいつに食われたら封印も何もあったもんじゃない」
「大丈夫よ。一緒に来たのよ? はいお座り」
「!!!!!」
彼女の言葉にしばらくの間を置くと漆黒の獣は素直にその言葉に従っていた。
「いい子ねぇ~……はいっお手」
ベアトリーチェの手の上に遥かに巨大な猫の手がパフッと置かれた。
「………ねっ?」
「ねって……ジィさん……どう思うよ…」
「つ…使えているようだが…」
魔神を犬のように扱う女を見ながらウェルギリウスは息を付き、「魔神の部類だぞ……」とあきれ果てた言葉を向けた。
「それじゃあ教授をお願いウェルギリウス様」
スウィンカと呼ばれる使い魔を足元に寝かせるとベアトリーチェはウェルギリウスの前に座り込んだ。