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魔神へのお願い

 身体を綺麗に洗い流し、洗い立てのローブを羽織ったベアトリーチェはガドリールが人間であった時の書斎に足を踏み入れた。

 忌まわしき儀式が行われたままの部屋は一ヵ月半が経過してもその血と肉の悪臭を拭い去れない。

 窓から吹き込む冬独特の風が部屋中に飛び散った生贄たちの血液と肉片を赤黒く乾燥させていた。

 部屋の中心に描かれた魔法円…ガドリールが自らの肉体を傷つけ描いた物だ。

 その近くには呪文が彫られた漆黒の大剣が転がっている。彼が自らの首を搔き切り、人と決別した時の魔法具だ。

 扉が壊され開け放たれた昔のガドリールの寝室…生き返り、目を覚ました時あの部屋は腐臭が充満していた。まだベッドに残されている腐乱した体液の跡はベアトリーチェの遺体が一週間も眠らされていた証だ。

「この部屋は…好きではないわ…」

 自分の後ろに寄り添う今のガドリールに背を向けながら彼女はそう呟いていた。

「ガドリール……いいかしら?」

 部屋に倒れる巨大な本棚の脇に立ち、ベアトリーチェは彼を見つめた。

 儀式で滅茶苦茶になる前は天井まで届くほどの巨大な棚にびっちりと彼の手記が並べられていた。城の図書室にある手記などとは比べ物にならないくらい、彼はそれを大切にしていたのを覚えている。

 恐らく並べられていたのは長年の集大成を凝縮した研究結果だったのだろう……だとしたらウェルギリウスが欲しがっている魔道書はこの棚にあった物だ。

 妻の言葉を受け、ガドリールはうつ伏せに倒れている巨大な本棚を片腕でいとも簡単に持ち上げる。

 彼よりも遥かに高い五メートル程の棚が一ヵ月半ぶりに元の位置に収まると同時に、

 棚に置かれてあった魔道書が音を立てて床に崩れ落ちた。

「やっぱり…この下にあった本は無傷ね」

 山積みになった一冊を持ち上げパラパラと捲る。

 ここでどんな忌まわしい儀式が行われたかは知らないが、倒れた棚に守られなかった書物は全てが散り散りになり、ミンチになった城の従者達の臓物と血に塗れ、再生は不可能な状態になっている。

「ガドリール…このあなたの手記を全て私の部屋に持って行きたいのだけど……」

 お安い御用と言うかのように彼は妻に目を向けた。

ガドリールを中心に床に大きな影が広がる。………そして次の瞬間には大量の本と共に二人は階下の部屋に居た。

「私の魔道神様はすごいわね。大した力を使わなくてもこんな事が出来るのだもの」

 そう言いながらベアトリーチェは首枷に触れた。枷が反応しない程の微々たる力でこれだけの質量を空間移動させてしまうのだから…見事だ。

《ベアトリーチェ……》

「? 何?」

 キョトンとする妻を抱き上げるとガドリールはその身体をベッドに投げ飛ばした。

 短い悲鳴をあげ、一度大きくバウンドし、彼女の体が柔らかな布団に埋まった。

「そうね。そうだったわ。続きは血を洗い流してからって言った気がしたわ。でもね、ガドリール…あと一つお願いしたいことがあるの。それを叶えてくれたら貴方の好きな歌を歌って眠らせてあげるから」

 ベッドの上で両手を広げるとガドリールは子供のようにその顔を彼女の胸に埋めた。

 漆黒のベールと共に流れる長い髪を両手で梳きながらベアトリーチェは夫の耳元で囁いた。

「私が使役できる使い魔が欲しいの。でも、あんまり可愛くないのは嫌。ほら、私は使い魔を作り出す芸当なんて出来ないから…えっと…出来れば子猫みたいな子が欲しいわね」

《………ううう・う・う・う・………》

 首がガチガチと歯軋りをしている。

「ごめんなさい、本当、本当にこれだけよ。…そう、もう()らさないから」

 内心よく耐えていると思っていた。

 本来ならばガドリールは聴く耳を持たず、空腹を紛らわす為の癒しを求めて来るのだが……人間ではないとはいえ食事をしたからだろうか………

(よかったわ。まだ限界ではないみたい)

 深い傷のようにパックリと割れた首元の口から意味が読み取れない音が出る。解釈不可能なその言葉とも声とも取れないそれは呪文と言うやつだ。

「っ痛……」

 首枷が小さく唸り、一瞬首に刺されるような痛みが走る。枷の下から細く血液が尾を引いた。

「使い魔召喚は…ちょっと力を使うのね」

 次の瞬間、気味の悪い粘着質な音が耳を掠める。ベッド横の床を振り向いてみると、いつの間に出現したのか不気味な黒い影の(かたまり)が波打つ液体のように(うごめ)いていた。


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