代わりの食事
魔城を取り囲む山の中腹の森の中でベアトリーチェは座り込んでいた。ただじっと瞳を閉じ、あくまで普通のか弱い女を装いながら待っていた。
一時間、二時間と待たないうちに周囲から低い息づかいが聞こえてくる。生い茂った茨の影から二つの瞳が覗いていた。
(いいわよ。さぁ来て…私の身体は美味しそうだと思わない?)
そう思いながら薄目を開ける。視線の先には大きな獣が息を潜めていた。
人間であった頃のガドリールが行ってきた数々の黒き魔力……それが引き起こしてきた突然変異体の獣だ。何よりも巨大で何よりも攻撃的な肉食獣…城の広い庭園にまで足を踏み入れてくる事はないが、そこから一歩出た所は彼らの縄張りの真っ只中だ。
自分達より明らかに力が上の集団には近付かないが、女のようなか弱い生き物がたった一人でそこに居るのは食べてくれと言っているような物。
五年前もそうだった。何度も命の危険に遭遇し、喰われそうになっていた。城門の前の僅かなスペースもガドリールのテリトリーだったようで、そこで三日三晩待っていた時は襲っては来なかったが、常に十五歳のいたいけな少女であったベアトリーチェが彼のテリトリーから抜け出す機会を伺っていた。
(ほら、柔らかい女の肉よ)
そう念じながら彼女は待ち続ける。
そして…やがて意を決したかのように獣が茨の影から一歩を踏み出した。
醜悪な姿をした獣は数歩ベアトリーチェに近付くと彼女に牙を向いた。
鎌のような十本の爪を剥き出し、強靭な四肢で大地を蹴り、目の前の美味そうな餌に飛び掛る。
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ベアトリーチェにその爪が触れるか触れないかで獣のおぞましい悲鳴が耳を劈いた。
飛び掛った獣の逞しい首がメキリと音を立てる。……その首には白い手が首輪の代わりに巻きついていた。漆黒の鋭い爪が鋼のような皮膚に食い込み、醜い獣が呻いていた。
次の瞬間、間を置く事無くベアトリーチェの後ろから出現した三メートルの男の首がその獣の頭に喰らいついていた。
ゴギ…バキ…分厚い頭蓋骨を噛み砕く嫌な音と共に、飛び出した生暖かい鮮血が囮であったベアトリーチェの頭上に雨のように降り注ぐ。
頭を噛み砕き、脳を啜り、内臓を貪る。