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魔城の膝元へ

「うおぉ廃墟って…こんな所にこんなのあったなんて全然気付かなかったぜ」

 北の樹海を入ってしばらく言った所の深い茂みの中、そこに建つ荒れ果てたレンガ造りの家を見てヴェントは声を上げた。立派な創りではあるが依頼箱へと続く道からかなり()れた場所にあったので今まで見逃していた。

 馬車からウェルギリウスの大量の荷物を降ろしながら二階建ての廃墟を見上げる。

「ドミネイト時代にこの森の管理者が住んでいた家らしいが…理不尽な理由で処刑されてな……それ以降廃墟になっていたらしい」

「理不尽な理由?」

「一人娘ベアトリーチェ・レーニュ誘拐疑惑をかけられ、その場で………」

 ウェルギリウスが親指で自分の喉を搔き切るような仕草をしてみせた。

「うえぇマジ? 何か出たりしねぇだろうな」

「ふむ、それはなかろう……第一それよりもたちの悪い物があそこに住んでいるのだからな…今更(いまさら)(おび)える必要もあるまい」

 老人の視線は山の中腹にある魔城に向けられていた。

「さて、中はどうなっているか…」

 ウェルギリウスが袖から鍵を取り出した。

「………なっ何だこれぇ?」

 扉を開いた瞬間声を上げたのはヴェントだった。外から見たらかなり荒れ果てた外観をしていたが、中はそれとはうってかわっての別世界だった。確かに壁紙は()がれ、(ほこり)(かび)の匂いを色濃く残してはいるが……

「ほぅ…これはすごいな。一夜にしてこうか……」

 ウェルギリウスも感歎の声を上げていた。

 荒れ果てた内部…しかし内装がずば抜けて良い……良い、というよりは豪華なのだ。荒れた床の上に敷かれた巨大な絨毯の上には金の大きな燭台に金の椅子と机…ソファにベッドまで備えられていた。

「俺、こういう部屋何かの絵で見た事あるぞ…」

「宮廷画だろう?」

 ウェルギリウスに言われヴェントは大きく頷いた。

「これ、何だよ。ずっと廃墟だったんだろ? 何で……うおおおおぉぉ!! スゲェェ!!」

 ベッドに腰掛けたヴェントが声を張り上げた。雲のように柔らかなベッドが尻を包むように深く沈み込む。こんな所で眠ったら永遠に起きたくなくなってしまう事だろう。

「ベアトリーチェ・レーニュが揃えた調度品だ。しかし、やはりと言っていいべきか…感覚は王侯貴族だな………」

 こんな部屋は四十年ぶりだ。デザスポワールの司祭を務めていた時の自分の部屋もこんな感じだった。

「ベアトリーチェって? ジィさんベアトリーチェってあの魔女のベアトリーチェか?」

「そうだ。ここであの娘に魔法を教授する。そのためにわざわざ足を運んだのだ。ほら、その本をここの棚に入れろ」

「魔法って…魔女だろう? 旦那があんなスゲェ黒魔道神なのに何でジィさんが……」

 左腕一本しかないウェルギリウスに指示されるがままヴェントは重い大量の魔道書を棚に並べた。

「なんだよコレ…とんでもねぇ重さの本だよな」

「以前にお前が仕えていたガドリールの手記だ。そこには究極の封印術が複雑に書かれている」

「究極の封印術?」

「そうだ。あの城を丸ごと封印してしまう方法がな…それが成功すればガドリールは二度と出られぬ……しかも今は封印を強引に解く程の力も発揮出来んからな。まさに至高の術だ」

「それで何でここに……」

 その言葉にウェルギリウスは言葉を止めた。

「ジィさん?」

「……ガドリールが…飢えを感じ始めている…愛する妻に牙を立てるほどにな……」

「あ…ああ……それってかなりヤバイ状況だな……なるほど…付いて来る前に聞くんだったぜ……」

「ベアトリーチェが自由になる時間は四時間が精一杯だからな…城への伝達法も欲しい」

「それで俺は橋渡しってわけ……はいはい……我慢しきれなくなったら一番近くに居る俺らが真っ先に餌って……最高……」

 ヴェントが引きつった笑みを浮かべた。そしてさっそく魔道書を開き始めながらウェルギリウスは呟いた。

「とりあえず。そろそろ昼食の時間だな………」

 その意味深な言葉にヴェントが頭を抱える。

「あ……そう…その仕事って………」

 老人が向けた鋭い視線に彼は続いて肩を落とした。

「やっぱ俺の仕事って事になるんだよな」


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