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意外な再就職

 乱れた髪を鏡に映しながらヴェントは眠気(ねむけ)(まなこ)を擦り、歯を磨いていた。

 毎日毎日本当にやる事がないので暇を持て余していた。彼の唯一の仕事といえばオランジュの子守だ。

 デグバッドはさらに心配性が進み、今ではヴェントはそのどうしようもない親子の愚痴をつらつらと聞かされ続けていた。

 リンリン……家の呼び鈴に彼はハァ~と深い溜息を吐いた。そう言えば自分が前住んでいた国では溜息を吐くごとに幸せが逃げていくというジンクスがあったが、それが本当ならばすでに不幸のどん底だろう。

 しつこく鳴り続ける呼び鈴に荒い返事を返すと(かめ)に浸した冷水で顔を洗い、彼は急ぐ事もなく玄関の鍵を開けた。

「いい加減にしてくれよ。まだ朝食前だぞ? 耳にたこが………」

 扉の外に立っていた人物にヴェントの言葉が止まった。

「すまんな」

 漆黒のローブを身に纏った髪の長い老人…

「えっと…何だ? まだ俺寝てんのか? …だよな…これは夢だよな…」

「夢ではない。ウェルギリウス・クレイメントだ」

 単調な声で名を名乗りながら彼はその手の平を彼の前に差し出した。何も無い手の中からボッと炎が沸き起こり彼の髪が微かに焦げる。

「!! えっ…ええっ?!! 本物のジィさんかよ!! 何だよ!! こんな所で何やってんだよ!!!!」

 ウェルギリウスは周囲を見回すと部屋の中に入りその扉を閉めた。

「私はやはり目立ってしまうな…この国でのこの姿は街中ではどうにも隠しきれぬ」

「そりゃ…あんたみたいなデカイジィさんが黒魔道師まんまの恰好してちゃ………っじゃなくてよ!!何だよ。何しに来たんだよ」

 部屋の中を眺める老人にヴェントが叫ぶ。

「少々散らかってはいるが、なかなかいい家だ。ガドリール御殿…と言った所か」

「ガドリール御殿ってそれじゃアイツの家になっちまうじゃねぇかよ!」

「ふむ…言われてみればそうだな……だがあながち嘘でもあるまい?奴からの報酬は相場の数百数千倍だからな。あのウェディングドレスなど破格もいい所だったのではないか?」

 その言葉にヴェントが「うぐっ」と声を詰まらせた。

 確かにそうだ。以前まではガドリールはこのエテルニテで顧客としては最も最高ランクの人物だっただろう。

「それよりも。わざわざジィさんが何しに来たんだよ」

 昨晩飲んだコーヒーカップを乱雑にすすぎ、ヴェントは昨日の夜から残っているポットの中の冷えたコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

「ジィさんも飲むか?」

「挽きたての豆で淹れた暖かいものならば馳走になろう」

 その言葉にヴェントは顔を(しか)めた。

「そっか。いらねぇって事な」

「……それよりヴェント・エグリーズ。お前は今何をしている」

 ポットの中の全てのコーヒーを飲み干すと彼は「別に」と答えた。

「無職………っつーか…ボランティアのカウンセラーってとこかな……オランジュとその親父の…」

 再び溜息が飛び出す。

「なるほど…それでは張り合いがあるまい。どうだ?私の仕事を()けてみないか?」

「はっ? …あんたの仕事って…そりゃ無理だろ。俺はアンタの仕事受けられる程の頭なんか持ってねぇし……ジィさんの息子にでもやらせれば?風の便りではアカトリエルさん双剣徒辞めたって話じゃん。………まぁ薄々そんな気はしてたけど………」

 ウェルギリウスはその場にあった椅子を引くと腰を下し、息を付いた。

「ダンテは別の仕事をしているしな…妻の事もあやつに任せて来たから無理だ」

「妻って……任せたって何だよ」

「まぁ…説明は長くなるからな…どうだ。私の助手をやってみないか?」

 その言葉に思わずヴェントが素っ頓狂な声を上げた。

「ジィさんの助手って…俺が? 冗談だろ?」

「私は大真面目だ」

 年老いた老人の鋭い瞳がきらりと光った。

「無理に決まってんじゃねぇか!!何すんのか知らねぇけどぜってぇムリムリ!!」

「大した仕事ではない。影商人として働いてくれればいいだけだ」

「影商人って…もうあの依頼箱は機能してねぇよ!!アイツも魔女も人間じゃねぇんだから」

「これからまたしばらく必要になってくる。お前は私の研究成果を運びベアトリーチェからの届け物を私の元に届けてくれればいい」

「研究成果? ベアトリーチェって………」

「北の樹海の入り口付近にあった廃墟をベアトリーチェが買った。そこで影商人としての仕事をこなしてくれればそれでいい。プロ意識はあるのだろう?」

「そりゃ…そうだけど……えっ? ベアトリーチェって……」

 二人の会話に割って入るように再び呼び鈴が鳴った。続いて甲高い少女の声がヴェントを呼んでいる。

「ヴェント!! 開けてよ!! もう起きてるんでしょぉ~?」

 呼ばれている本人が肩を(すく)めた。それをしばらく眺めながらウェルギリウスは一言囁(ささや)く。

「住み込みで頼みたい」

 その言葉に思わずヴェントは「任せろ!!」と(こぶし)を握り締めていた。

 住み込みならばオランジュの子守も親方のカウンセリングからも解放される。はっきり言ってもう飽きた。今は二人よりウェルギリウスの方が断然マシに見える。


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