短き夢
あの日からアカトリエルは彼女との面会を極力避けていた。ベアトリーチェと出会ってしまうと再び自分が壊れてしまいそうで怖い。
手の届く存在と知り、求め続けていた者は再び遥か彼方に消えた。実体はある…触れようと思えば触れられる、しかし心は永遠に届かない事を思い知らされた。
小屋の裏で新たな剣を振るっていると、不意に一陣の風が横切った。思わず顔を上げるとそこには一ヶ月間会うことを拒んでいた美しい女の姿がある。
「ベアトリーチェ………」
「…………」
「何をしに来た。父はここには居ないぞ……」
「……ずっと言いたい事があって……それなのにあなたはずっと私から逃げていたから…」
自分の姿を眺める視線を身に受けながら彼は小さく笑った。
「やはり私を見ていないな………この姿ならば尚更だろう」
「………!!………」
その言葉にベアトリーチェがピクリと身体を震わせる。
「…私はそこまであの男に似ているか?」
剣を鞘に収め、アカトリエルは彼女に近付いた。煌々と光る深紅の瞳に吸い込まれそうな程に食い入ると、彼はそっとその手を彼女の頬に伸ばした。
「ごめんなさい」
泣きそうに顔を曇らせる彼女の姿に、頬に触れる寸前で手が止まる。
「そうか。お前の中での私の姿は、人であった時の魔道神そのものという事か……」
ガドリールも何の動きも示さない…それは嫉妬するにも値しない人間だという確信から来る絶対的な自信だろう…
「皮肉なものだな…奪うために起こした行動が全て裏目に出た」
「ご免なさい………私はあなたにとてもひどい事をしたわ。あなたの人生も狂わせた」
「私に哀れみは必要ない」
アカトリエルは首を小さく振り、彼女から離れると背を向けたまま柵に腰を掛けた。
「……もう十分だ。信仰しかなかった私に一時の夢を与えてくれただけでいい」
「本当に…ごめんなさい…」
その言葉と共に再び風が吹く。彼の背後には既に彼女の姿は認められなかった。
「以前までの私では決して手に入れられる事のなかった夢だった………」
彼は背徳者の証である漆黒のローブを見つめながら、自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。