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絶対的な敗北

 一ヶ月前の深夜、森の泉に呼び出されたウェルギリウスはアカトリエルから驚きの言葉を聞いた。ベアトリーチェ・レーニュとの許されざる一件だ。

初めて聞いた時は真剣に実の息子を手に掛けようとまで思った。………終焉の魔道神に無残に殺される前に手を下そう………と………

 しかし、次に聞いた言葉で彼はその手を止めた。

「……私は卑怯な男です……愛する者を迷走させ、弱みに漬け込み不埒(ふらち)な欲望を遂げようとした」

 行き場の無い思いの(あつか)いが分からずに暴走し、精神が崩壊しかかっていた息子が自分を取り戻していたのだ。

アカトリエルはウェルギリウスを振り向く事無く話し続けていた。

「……終焉の魔道神にはどう足掻いても勝ち目が無い……それは身に染みていました。だが、あなたの弟子であった黒魔道師ガドリールにならば勝てるのではないかと思っていた。ベアトリーチェはあの城で初めて私と会った時から……常に私の下に黒魔道師の姿を重ねていたように思われます………」

 無言の父を一度見やると彼は月明かりに照らされた泉に自分の顔を映し出し、ずっと見つめていた。

「あの肖像画の男と……何処が似ているのか…………」

 冷たい風が運んだ木の葉が泉に落ち、波紋が彼の顔を掻き消すとアカトリエルははっと気付いたかのように始めて父を見た。

「彼女が見出(みいだ)す男の姿を利用して私は究極の選択を迫りました」

 長剣と共に腰の帯に差した短剣は金の鎖が断ち切られていた。それを一度撫でるとアカトリエルは自分の心の中の何かを否定するように首を横に振った。

「私を殺してくれ…と………」

「っ何だと?!」

 息子のその言葉はウェルギリウスの思考を一瞬停止させた。

「……ベアトリーチェの手に掛かって死ぬ事が本当に私の救いだったのです」

 月明かりに照らされた息子の顔に浮かんだ悲しげな微笑は今も忘れる事が出来ない。彼は思考を停止する父の前で話し続けていた。

「………私の中に…あの黒魔道師を見続けている彼女に…殺せると思いますか?……人であった頃の黒魔道師を手に掛ける事が………私を殺せば()の者との永遠の決別になる」

 その言葉で初めてウェルギリウスはアカトリエルの言葉を理解した。

「……彼女が私の胸を貫いてくれれば……本当に私の勝利だった…」

 大地に落とした短剣を踏みつけながら彼は落胆の溜息を吐いた。

「ベアトリーチェは……私の前に居ながら…一度も私を見なかった……そして……この胸の中で……彼女が泣きながら何度も何度も謝罪し、そして最後に叫んだ名は…私の名ではなく…『ガドリール』と言う男の名でした」

 するとアカトリエルはウェルギリウスに深く頭を下げた。

「絶対的な敗北です………私も………勝てませんでした……」


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