30年目、束の間の安らぎ
「ウェル!! ダンテ!! 見て。今日は野苺のケーキを焼いてみたのよ?」
息を弾ませながらジョルジュが贅沢に生クリームでコーティングされた菓子を持って食卓に置いた。
「ジョルジュ…また菓子か…いい加減に自重してくれ」
今朝早く、彼女が大量に摘んできた野苺を見て、もしも……と思っていたが。案の定凄いのが出て来てしまった。
「大丈夫よ。あなたが食べるものね」
ウェルギリウスの隣に腰を下す息子に彼女は笑いかけた。
双剣徒の教えに背叛し、今まで築き上げてきた全てを捨てたアカトリエルは年老いた両親達と共にこの場で暮らしていた。
ウェルギリウスとはまだ少し折り合いが合わない所があるが、それはジョルジュが中に入る事でうまい具合に釣り合えている。
そして何よりも喜んだのが母である彼女自身だった。幼い頃に手放した息子が二十数年ぶりに戻ってきたのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、アカトリエルと一緒に率先して森に出て食材を調達して来る事も今では珍しくは無い。
「…ええ…いただきます」
アカトリエルはそう頷くと自分に出された食事を口に運んだ。
彼は、双剣徒長であった腕と指導力を買われて今はエテルニテ東自警団団長として職務をこなしていた。
「うふふふふ………」
食事を取る愛息子の姿を幸せそうに見つめながらジョルジュは静かに笑った。
「そんな服着てるとウェルにそっくりね」
その言葉にウェルギリウスが大きな咳払いをする。
アカトリエルは双剣徒として身に纏っていた白いローブとは対照的な黒いローブを背徳者の戒めとして日々身に着けている。こう見てみるとデザスポワールの黒魔道師が二人並んでいるように見える。
「ウェル。もっと優しくしてあげて」
「………優しさなどいらぬだろう………」
ウェルギリウスの言葉を遮るようにアカトリエルは立ち上がると空の食器をシンクに片付けた。
「それでは私は……」
「ええ、後であなたの好きな紅茶を淹れて持って行ってあげるわね」
ウェルギリウスとジョルジュの住む家の離れに彼の小屋があった。この時間になるとアカトリエルは決まって二人の元から離れ、数時間は戻って来ない…………即ち、ベアトリーチェがウェルギリウスに教授を受けに訪れる時間だ。
「あの子が気の毒でならないわ」
息子が消えてしばらくしてジョルジュが呟いた。
「言うな。もう終わった事だ」
「それでも、少しでもあの娘さんが………」
「ジョルジュ。ベアトリーチェ・レーニュは魔道神の妻だ。………ダンテが生きているだけで……よいではないか」