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救いの剣

「……私………」

「女神は何も応えぬ!! お前は逃げる!! 私はどうすればよいのだ!!!!」

 必死で助けを()い、(すが)ってくる彼の姿に心が締め付けられる。またあの胸騒ぎがする。

「……………」

 黙り続けているベアトリーチェをしばらく見つめると彼は「そうか」と(つぶや)き首を振るとマントを脱ぎ捨て、その胸に備えてある短剣に手を掛けた。

 金の鎖がバチバチン…と音を立て引き千切(ちぎ)れる。

「私は………」

 (いまし)めの鎖が断ち切られ、アカトリエルはその短剣をベアトリーチェに手渡した。

「な…に?」

「苦しくてどうにもならぬのだ…」

 その言葉に彼女の胸が大きく高鳴る。

「断ち切ってくれ…私を救えるのはベアトリーチェ・レーニュ…お前しか居ないのだ」

 アカトリエルが()わんとしている事は分かる。彼はベアトリーチェにこう言っているのだ……


「殺してくれ」…と


 アカトリエルは今までに一度も見せた事の無いような笑顔を向けるとそっと瞳を閉じた。

「あ……」

 彼の温もりが残る手の中の短剣を見つめながら彼女は震えていた。

 ドクンドクンと心臓が激しく脈打っている。目の前には一人の男が瞳を閉じ、苦しみからの救済をひたすらに待っていた。

「………ガドリール………」

 彼もアカトリエルのように救いを求めていたのだろうか。骸になった私を見つめながら……

「……っ…」

 左手薬指の金の指輪が月明かりに照らされ、か弱く光っている。それをしばらく見つめるとベアトリーチェは唇を噛みしめ短剣を引き抜いた。

「ご免なさい…………」

 両手で高く掲げた刃を目の前の男の胸に振り下ろさんとして腕に力を込める。



 森の中がざわめき、ベアトリーチェは脱力したかのように大地に膝を付き、身体を震わせながら短剣を握り締めた。

「………………」

 時折吹く冷たい風が金の髪を揺らす。

「………い………出来ない………」

 手に持つ短剣を投げ捨て彼女は叫んだ。

「出来ない!!!」

 胸を貫く寸前で彼女の腕は止まってしまった。

 身体の力が一気に抜け、大地に崩れたままベアトリーチェは目の前の男を見上げた。

「貴方が求めているのが、私がその胸にこの短剣を突き立てる事だっていうのは分かっている………でも……」

「………………」

「何で? …人であった頃のガドリールは…もっと冷たくて…優しくもなかったのに…あなたを見ていると…彼を見ているみたいで………」

 自分が死んだ後を書き記したガドリールの日記……彼も苦しんでいた。それなのに私は何も出来なかった………

「殺せるわけがない!」

 深紅に光る瞳から零れる涙が頬を濡らしていた。まるで幼い子供のように泣き叫ぶその姿にアカトリエルは息を飲んだ。

「ベアトリーチェ………」


 ────私は、何をしている。


 自分の思いに足掻き、呻いていた心に漠然とした疑問が浮かんだ。


 己の欲望を押し付けるだけでこの娘の気持ちを考えぬままに………何故………私は愛する者を苦しめているのだ?

 実の父に弄ばれ、二十年という短い生涯に一度幕を引き、人ならざる者として生まれ変わったベアトリーチェこそ救いが必要なはずだ。

 五年前に己なら救えたはずの少女を見捨て、目を背けていただけでは飽き足らずに何て残酷な選択を強いているのだ?


「また、悔いる事の出来ない罪を背負うつもりか? 今度こそ『守る』と誓ったものを………」

 自分に言い聞かせる様に呟くとアカトリエルは彼女の頬を優しく撫で、震える身体をその胸に力強く抱き締めた。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

「もう、いい。もう、泣かなくていい」

 そう囁くと彼は『守るべき者』の温もりをその身に刻むように、いつまでもベアトリーチェの身体を抱き締め続けた。


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