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魔の手

「ウェル…今日は来るかしら」

 そう呟きながらジョルジュはガドリールの魔道書にペンを走らせ続ける夫に声を掛けた。

 ベアトリーチェはあの日から五日間、ずっと姿を現してはいない。それはアカトリエルも同じだった。

 しかし彼女は健気にも五日間彼らのために食事を作り続けていた。初めはウェルギリウスも(たしな)めていたが今はそれもしない。妻は二人を思いながら食事を作っている時はとても幸せそうに見えたからだ。

 一人息子を可愛い盛りに手放して三十年…夫が食べないので大好きだった菓子作りもずっと控えても来た。

「………そうだな」

 二人の足が途絶えてしまった原因を作り出してしまったウェルギリウスはそう答えるしかなかった。




 五日目の太陽もそろそろ沈みかけているという時間帯に東の森に小さな風が巻き起こる。つむじ風の中心には赤いマントを羽織った美しい女が金の髪を靡かせながら立っていた。

 彼女は薄暗くなってきた周囲を見渡すと沈んだ面持ちで息を付いた。

 今日はガドリールの魔道書も持ってきて居ない…あと一度の瞬間転移でウェルギリウスが暮らす小屋に辿り着くだろう。

 しかし、心は重かった。また知りたくない話を聞かされるのではないかという恐怖感が何処かにある。

「駄目よね…しっかりしないと……ウェルギリウス様じゃないとガドリールがせっかく残してくれた封じ法を解読出来ないのだもの……」

 杖を一度掲げたが、やはり踏ん切りがつかずにしばらく歩いて進む事にした。

 アカトリエルに会わないように五日前よりも時間はずらした……後は年老いた黒魔道師への接し方だ…

「ジョルジュさんにも謝らないと………」

 呟きながらしばらく枯葉を踏みしめ歩く彼女はふと足を止めた。

 既に暗くなっている森の中に無数の気配がある。それはいつの間にか自分を取り囲んでいた。

 五感を研ぎ澄ませ………数を数える………。

 魔物ではない、人の気配だ。彼らの息づかいが周囲を取り囲む木の影から聞こえてくる。

(十人………みんな男性ね…)

 彼女は杖を握り締めると周囲を振り向いた。

「隠れてないで出て来たら?」

 その言葉を合図にガラの悪い男達がぞろぞろと出てくる。まるで五年前に父であるドミネイトが安い金で雇っていた傭兵達のようだ。


「話に聞いた通り…とびきりのいい女じゃねぇか」

「たまらねぇな」

 舐めるように彼女の全身を見つめながら男達が舌なめずりをしている。

(どこから着いて来ていたのかしら…私が魔法で現れた所は見ていないようね。人間だと思ってる)

 臆する事無く周囲を見回しながらベアトリーチェは息を付いた。

「あなたたち誰よ。私に何の用?」

 リーダー格らしい男が一歩歩み出た。

「あんた…アカトリエルって双剣徒知ってるか?」

 その名に彼女は肩をピクリと震わせた。

「どうやら知っているようだな」

「彼が何?」

「噂ではえらく強ぇ男らしいけど……あんた、奴の女だろ?」

「何を言い出すのかと思えば…馬鹿げてる」

 躊躇う事無くきっぱりと言い放つ彼女の姿に男は仲間を見渡した。

「おいテメェ、本当にこの女なのか?」

「こいつだよ! 間違いねぇ!! だってよ森の中でやたらデケェ双剣徒と抱き合ってたぜ」

 その言葉にベアトリーチェが鋭い瞳を向ける。

(私とした事が、あの時に気付かなかった…)

「嘘……か。あまりにあっさり否定するもんだからよ。ははは、あんたスゲェ肝の据わった女だな」

「話にならないわね。それで私に何の用?」

「用ってほどの物でもないんだけどよ…元お偉いさんに頼まれてんだよな。そのアカトリエルって奴の女をメチャクチャにしてくれって………」

「止めた方がいいわ。あなたたちでは私には勝てない」

 誰とも無く男達の笑い声が響く。

「こいつはいいや。男十人女一人、その杖で戦おうっていうのかよ」

 スラリと居直る女を見ながら男は小さく「やれ」と呟いた。

 それを合図に十人の男達が一斉に飛び掛る。


「すっげぇ!! こんな上玉初めて………」

 そう叫びながら飛び掛ってきた一人の体格のいい男の身体が何の前触れも無く遠くに弾き飛ばされた。

「なっ!!!??」

 激しく木に背を打ちつけた男がずるりと大地に崩れ落ち、他の男達が一瞬止まる。

「何だよ…一体何が……」

「警告したでしょう? 私には勝てないって………やめてくれないかしら。力を使うと首が痛いのよ」

 首に付けられた枷が小さく唸り、ベアトリーチェは滲み出た血液を手で拭った。

「こいつ! 何しやがった!!!!」

「あなた達の頭では理解出来ないでしょうね。消えなさい」

 キッと睨みつけ叫ぶとベアトリーチェは杖をくるくるっと回した。

 あの長い杖で吹き飛ばされた訳でもない。

 例え杖の攻撃が当たっていたとしても体重百キロをゆうに越える男をその半分も無いような細い女が何メートルも吹き飛ばすには無理がある。

 得体の知れない力を見せ付けられて止まった残りの男達にリーダー格の男が怒鳴る。

「びびってんじゃねぇ!! たかが女の一匹も抑えられねぇのかテメェら!!!」

 その姿にベアトリーチェは眉を(しか)めた。

「あなたたちみたいな男は本当に嫌いよ。自己意識過剰で女を(さげす)んでいる」

 こんな(やから)を見ているとドミネイトを思い出す。何でも自分の思い通りになると思っている。やたらと権威を撒き散らして自分の娘でさえ欲望の対象とする最低な生き物だ。

「うるせぇ!!」

 リーダー格の男が腰に備えてあった剣を片手に取った。

「女相手に武器を使うなんて最低ね」

 杖を掲げた時、ベアトリーチェは不意に遠くから響く蹄の音に身体を強張らせた。

 戦闘態勢の時は体中の全ての五感が最大限にまで研ぎ澄まされている。その研ぎ澄まされた聴覚が聞き取ったのは今一番会ってはならない人物の接近だった。


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