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心の壁

「あんっ!! 駄目よガドリール! 動かないで。もう少しなんだから」

 キャンバスに向かい合いながらベアトリーチェは目の前の夫に向かって筆を掲げた。

 暗い部屋で燃え盛る暖炉の炎を後ろに、彼女は肖像画を描いていた。

 広いキャンバスの中に描かれていたのは漆黒のローブを被る黒髪の男。

 今のガドリールが身体の一部として、常に身に着ける御馴染み……黒の花婿装束。しかし、中に描かれていた姿は無数の深紅の目と、首に巨大な口を持つ魔道神ではなかった。

「ほら見て? 分かる?」

 彼女が大きなキャンバスを抱え、彼の隣のベッドに腰を下しながらその絵を公開する。

 ベアトリーチェが人間であった頃に送った黒いローブとベール…それを被った絵の中の男は彼が人であった時の姿だ。

 しばらくそれを見つめながらガドリールは麻のキャンバス地にそっと手を滑らせた。

「覚えてる? あなたの前の姿よ? 今もステキだけど…人間の時もステキでしょう? 階段の所に飾ってあるこれより大きな絵はあなたを見ないで描いたんだけど…私って凄いわよね。あなたを見て描いた絵とほとんど同じじゃない?」

 人であった時の姿を無数の瞳が見つめる中、彼女は徐にそれをベッド横に立てかけ、彼の足の上に(またが)るように腰を下した。

「どうして同じか分かる?」

 ドレスから覗く白く柔らかな細い足に手を滑らせながらガドリールは暖炉の炎に照らされる美しい妻の姿を見つめ続けた。

「あなたを思う私の気持ちが変わって無いからよ。………そしてこの先も変わらないわ。変わらないから…信じてね」

 冷たい胸に身体を寄せながら彼女は瞳を閉じた。

 魔道神の口から難解な言語が紡がれる。とうてい言葉とはとれない音だが、今のベアトリーチェには不思議とその意味が理解できた。

「ええ。今日は下界には行かないわ。今日は…行きたくない……」

 ジョルジュには会いたい。

 彼女は母親のように優しくて暖かい。しかし、ウェルギリウスにはまだ会う勇気がなかった。

 彼はガドリールのように聡明で深い知識を持っている。それが(ゆえ)にベアトリーチェが得たい知識も…得たくない知識も与えて来る。

 その知識に対抗出来る勇気を彼女は持っていなかった。

 そして、昨日のあの話は…絶対に得たくない知識だった。

「……今日はあなたとずっと居ないと駄目なのよ」

 恐らくウェルギリウスを訪れれば…彼も居るだろう。

 …彼は…アカトリエルは危険だ。

 彼自信に恐怖を抱いているのではないが、自分の心に自信が持てない。

 今、自分の身体を優しく包み込んでくれる夫への思いは変わることは無い。それだけには強い自信がある。

 しかし………再度あんなに激しく求められて冷酷に突き放せるだろうか。

 アカトリエルは人間であった頃のガドリールとよく似ている。

 彼も絶対的な強さの裏にとても(もろ)い一面を彼も持っていた。

 壁となっている強さが崩れると…彼らは簡単に壊れてしまう。

 その強固な壁が崩れ、ガドリールが(こわ)れた瞬間は……生き返り、始めて目を覚ました時、彼の部屋にあった日記で()の当たりにしている。

 七日間をかけて壊れていく心の姿が1ページ1ページに刻まれていた。

 そして全てが崩れ去り、最後にガドリールが救いを求めたのは、残酷で無慈悲な力そのものだったのだ。


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