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不穏な空気

「はああぁ……ううぅ…腰が…腕が…」

「お前本当にやって行けるのかよ」

 情けない呻きを上げる親友の身体を揉み解しながらヴェントは呟いた。オランジュも率先して彼の腕をゴリゴリと揉んでいる。

「他の見習いさんたちは全然平気なのになんでコンデルだけこうなの? 仮にも警団の一員だったんでしょ?」

「ははは…あいたっ……」

 コンデュイールも同じ見習い達に自分の身体の貧弱(ひんじゃく)さを話した事があるが、彼らの話によると誰でも最初はこうだと言う。

 早い者で一週間…遅い者で一ヶ月は筋肉痛に苦しむから覚悟しておいた方がいい…などとも言われていた。

「一ヶ月はちょっと……厳しいよね…」

 ボソリと呟きながら再び身体の痛みに悲鳴を上げる。

「あとお前、ちょっと小食じゃね?」

「ヴェントたちが化け物なんだよ。オランジュまで……」

 親友の言葉に間を置く事無くコンデュイールが答えた。

 先ほど双剣徒見習いたちと一緒に夕食を取ったが…ここの食事には今朝から驚かされた。

 エテルニテの街にある教会食は病院食のような質素さだったが、ここで出された食事はとてつもなく精の付くような物ばかりで、以前アカトリエルが言っていたように水曜日でも無いのに獣のローストビーフみたいな物が丸ごとテーブルに置かれていた。

 更に一人ひとり盛られた食事の量は三、四人分はあろうかと思われるほどに大量だった。

 話によると日々の厳しい訓練に耐えるために、盛られた食事は全て平らげるのが規則らしいが…コンデュイールは冷や汗を流しながら死にそうにそれを食べていた。

「そうか? 案外食えたよな」

「うん食べられた」

 ヴェントもすごいがオランジュもあんなに小さな体をしていながら、それを普通に食べてしまった事がまだ信じられない。

「そういえばヴェントたちは見習い騎士たちの憧れだってみんな言ってたけど」

「憧れ?」

 その言葉にオランジュが目を輝かせた。

「たった一日で憧れになっちゃった? 何かアイドルの予感~」

「俺ら何もしてねぇぞ? こいつだって迷惑かけてただけだし…」

「はは……今朝アカトリエル様のお部屋に招かれたろ? それだよ。ここの人たちの最終目標は皆が口を揃えてあの方の名前を出すから………」

 その言葉に「へぇ~」と呟いた。

「アカトリエルさんの部屋から見る日の出はとってもキレイだったわよ」

 ヴェントもお喋りオランジュでさえも今朝方のアカトリエルの姿の事は口にはしなかった。首のもげた女神像の頭を無表情で胴体に乗せるあの姿は異常だ………

「ヴェント? どうしたんだい?」

「あ? いや別に…」

 ギューっと腰を押されコンデュイールは悲鳴を上げた。


「用意は出来たか?」

 不意にクロノスに話しかけられコンデュイールは「ひえっ」と言いながらマッサージをしている二人からさっと離れた。

「ああ。出来てるけど…もうそんな時間か?」

 日が暮れ、柱時計に目をやると針はもう夜七時を指していた。

「タナトスが送るのはこの山の麓の樹海入り口までだ。そこに馬車を付けてあるから家まで送ってもらうといい」

「色々気ぃ使わせちまって何かワリィな…」

「気にするな。お前たちは一応戦友だ」

 クロノスの言葉に照れながら二人はコンデュイールを振り向いた。

「んじゃ俺らもう行くわ。頑張って修行終えて早く街に戻って来いよ」

「うん。真っ先にヴェントの所に報告に行くから」

 じゃあな…と手を振るとヴェントとオランジュはクロノスに連れられコンデュイールの前から姿を消した。



「クロノスさん、あのさ」

 廊下を歩きながらヴェントは前の背の高い男に神妙に切り出した。

「アカトリエルさん…いつもと変わんねぇか?」

 その言葉にクロノスの足が一度ピタリと止まる。

「我が師に何かがあるとでも言いたいのか?」

「いやっ…………別に…何でもねぇや」

「…………」

 再び足を進めると不意にクロノスが話し始めた。

「アカトリエル様は……魔神との一戦を(さかい)に何かを悩まれていらっしゃるようだ…時折精神を()がれる事がある……」

「考え事って?…………」

 オランジュがヴェントの後ろから聞き返した。

「………それは私にも分からん………考え事をなさっている時の師は、(はかな)げで…聞く事も出来ん」

「…………そっかぁ…………」

 ヴェントもそれ以上は聞くのを止めた。

 その時、クロノスの足が止まり、俯きながら歩いていたヴェントとオランジュは彼の背に塞がれるようにぶつかり足を止めた。

「何だよクロノスさん、いきなり止まったら……」

 背の高い彼を覗き込むと前からアカトリエルが足早に進んで来るのが見えた。唇を噛み締め、言いがたいような辛さがこちらからでも見て取れる。

「アカトリエル様…ずい分早いお帰りで…どうなされました?」

「クロノス…話がある。後で私の部屋に来てくれ」

 通り抜け様にそう言うと彼はヴェントとオランジュには目も向けずに最上階へと続く階段を駆け上がって行った。

「クロノスさんよ…ただ事じゃないって感じるのは俺だけか?」

 ヴェントの言葉にクロノスは「いや…」と首を振った。

「私もお前と同じ心境だ………」


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