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父子の角質

「おいジョルジュ」

 食卓に並べられた豪勢な食事を見てウェルギリウスは溜息を付いた。心なしか昨日よりも品数が増えている気がする。

「あら、ねぇ見てウェル。今日はフルーツケーキを作ってみたのよ?」

 たくさんのフルーツが入った出来たてケーキを運んで来た妻の姿に夫はガックリとうな垂れた。

「昨日もベアトリーチェはこんなに食わんかっただろう…もう少し制限してくれ」

 昨夜の手の凝った夕食もほとんど平らげたのはアカトリエルだ。

 昨日はいつも食事を済ませてくる彼がベアトリーチェ目的に早く来たからよかったものの、それでも余らせ、今朝方も全く同じおかずが並んでいたのを思い出す。

「だって、お客様が来ると何か楽しくて」

 ウキウキと弾むジョルジュを見ながらウェルギリウスは椅子に腰掛けた。

「今日は…来るかどうかは分からんぞ………」

「え? …だってしばらく来てくれるのでしょう?」

「…だがしかし…昨夜私はあの娘を傷つけた………」

 その言葉にジョルジュが夫に近付く。

「何を言ったの? ウェル………」

「あの娘と魔道神の絆とやらを否定した言葉だったのかもしれぬ。……まさかあれ程まで怒りを(あらわ)にするとは思わなかった」

 二人の仲を否定する気は無かったが、今考えてみれば行き過ぎた追及心がデリカシーの無い会話を生み出してしまった。

「それでもダンテが……」

「あの後ダンテは戻ってきたか?」

 ウェルギリウスの問いの答えは『NO』だった。

 ベアトリーチェを追って行ったきり戻って来る事がなく、いつの間にか彼の馬だけが家の前から姿を消していたのだ。

 (なだ)めるのに成功していればベアトリーチェはアカトリエルに連れられて戻って来るはずだろう。…だが二人は戻っては来なかった。

「せめてダンテに引き止められる事無くベアトリーチェが戻っていればよいが」

 その言葉に隣のジョルジュが不安そうな面持ちで首を傾げる。

 ウェルギリウスが見る所によるとはっきり言ってアカトリエルは限界だった。

 辛うじて自分を抑えてはいたがベアトリーチェの弱みを見せられては何もせずにいる事の方が奇跡だろう……

 そんな重い空気を破ったのが家の呼び鈴の音だった。

「ほらあなた。大丈夫よ。来たじゃない」

 安堵の色を浮かべながらジョルジュが席を立ち上がった。

「待ってたわよ。ベアト…………」

 しかし玄関の前に立っていたのは白いマントを着込んだ息子の姿だけだった。

「ダンテ……あなた…だけ?」

「………ベアトリーチェは……来ていらっしゃらないのか?」

 ジョルジュが顔を曇らせ俯いた。

 その母の姿にアカトリエルは拳を握り締めると家の中へずかずかと足を進めた。

「ダンテ? 待ってどうしたの? ダンテ………」

 暖かな食事が用意された食卓に足を踏み入れるなり、彼は父の襟首を絞めあげ、怒りを露わに叫んだ。

「ベアトリーチェに何を言ったんです!!! ウェルギリウス殿!!!」

 その反動でテーブルが大きく揺れ、並べられていた数々の料理が音を立てて床に散らばる。

 力任せに年老いた父親を壁に押し付けるとアカトリエルは歯止めが利かなくなったかのように怒号を撒き散らした。

「彼女は泣いていた! やっと得られた接点を……私のベアトリーチェをっ!!!!」

 その言葉にウェルギリウスの鋭い瞳も睨み返す。

「私の? 私のだと? ……お前……ベアトリーチェに何かしたのか?」

「?!!」

 その言葉にアカトリエルの力が緩んだのを悟るとウェルギリウスは左手で息子の身体に触れた。

 その瞬間、彼の手から放たれた衝撃波が二メートル以上の巨躯を吹き飛ばす。

 叩きつけられたアカトリエルの身体が食器棚の硝子を破壊し、中の皿が音を立てて砕け散り、ジョルジュは短い悲鳴を上げた。

「制御出来なくなったな? ………相手は魔道神の妻だぞ……双剣徒の(おさ)ともあろう男が…」

 ウェルギリウスの髪が体内から発せられた微々たる静電気にふわりと揺れる。

「あの娘に何をした!!!」

「私は騎士と信仰を捨てる!!!」

  同時に叫びながら二人は動きを止めた。

 ウェルギリウスの手に宿った稲妻が放出される前に止まり、アカトリエルが寸でで抜いた長剣の切っ先も老人の喉もとで止まっていた。

 息を付く二人を見ながらジョルジュが彼らの間に割って入る。

「止めてください…ウェル…あなたの息子よ? …ダンテ…あなたの実の父親なのよ?」

 涙を流しながら哀願する母の姿にアカトリエルは息を詰まらせた。

「………………」

 唇を噛み締め唸ると、彼は父に向けていた長剣を鞘に収め、母に頭を下げた後、逃げるように外に歩み出た。

 玄関の向こうから馬の(ひづめ)が走り去っていく音がする。

「………また作り直さないと………」

 涙ぐむ声でそう呟きながらジョルジュは床に散らばった食器の欠片や無残な姿になったおかずを一つ一つ拾い上げていた。

「…………すまぬ…ジョルジュ………」

 彼女を手伝いながらウェルギリウスは静かにそう呟いた。

「……あの子……信仰と騎士を捨てるって……いままで苦労して築き上げてきた地位ものなのに…………」

 肩を震わせる妻の小さな体を左手で抱き締め、「そうだな」と囁くとウェルギリウスは彼女の頭を無言で撫で続けた。


 ジョルジュも夫を取るために修道女を捨てた。

 ……だが、信仰まで捨てるとは言わなかった。


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