憎悪
「アカトリエル騎士団長…大層な事だな」
教会の外で馬に跨ろうとしたアカトリエルの後ろから聞き覚えのある声が響き渡った。
「聞いたぞ。わしを追放しておきながら貴様は別の女と逢引とはよくやったものだ」
教会の影から薄汚れた老人が姿を現す。
禿げ上がった頭に突き出た腹……教会追放の制裁をアカトリエルに下されたヨエルがそこには居た。
「ヨエル…欲深い老人よ。ずい分と薄汚れたな」
「うるさい黙れ!! 貴様のせいでわしがどんな仕打ちを受けたと思う…あれ程ひれ伏していた民には蔑まれ、へこへこと謙っておった修道士たちはワシを笑う。貴様のせいで貴様のせいで………」
ヨエルは不意に震える片手で鈍く光る短剣を構えた。その姿をアカトリエルが一瞥し、呟く。
「やはりお前は愚か者だ…双剣徒長である私に戦いを挑むというのだからな」
「黙れ!!!」
突進した老人の行動とほぼ同時に小さなナイフが地面に転がる。
ヨエルが持つ短剣とは比べ物にならないほどの長い長剣が鼻先に当てられ、彼は小さな悲鳴を上げた。
「………貴様………先ほど逢引と言っていたが…どういう事だ…」
震えながらヨエルは「ふはははは」と笑った。
「女神の姿をした金の髪のいい女ではないか。いいか! ワシの全財産をかけてもお前を潰してやるぞ。この先、どこにワシの配下たちの目があるか気をつけるながら暮らして行くがいい」
「いい度胸だ。双剣徒の私を脅迫するとは………折角の慈悲をかけてやったものを、今死にたいらしい」
次の瞬間ヒュッという風切り音と共に鼻が縦に裂かれヨエルは悲鳴を上げながら地面を転がった。
「どんな傭兵を雇ったかは知らぬが、私には勝てぬ。……それにお前が言う私の逢引相手とやらには手を出さぬ方がいい。あの娘には私の比では無い恐ろしい後ろ盾が付いている」
剣を鞘に収めるとアカトリエルは地べたに這いつくばる老人に冷ややかな目を向けた。
「消えろ。今後私の目の前に現れたら鼻だけではすまぬぞ」
そう言い捨てるとアカトリエルは何事も無かったかのように馬に飛び乗り、夜の帳が降りはじめた街を走り去る。
「おのれ……おのれえぇぇぇ!!!」
遠ざかっていくその白いシルエットを血走った目で眺めながら老人は血の滴り落ちる鼻を押さえ、行き場の無い怒りを言葉に乗せて叫んだ。