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首をもがれた女神像

 部屋に案内されるなりオランジュはアカトリエルの部屋に入るなり悲鳴のような喜びの声を上げた。クロノスの部屋よりも遥かに広く、窓もかなりのものだ。

 最上階にあるためか見晴らしも抜群で、すでに遠くの空が白み始めている。

「清掃業を終えたら私が案内する。それまでここでじっとしていてもらいたい」

「はぁ~い!!」

 片手を上げながら元気よく返事をすると少女は瞳を見開き東の空を爛々(らんらん)と見つめた。

「これでしばらくは大人しくなるな」

 そう呟くとヴェントは息を付いた。

「そう言えばアカトリエルさん、ジィさんは何の変わりも無いかよ」

 その言葉にアカトリエルの表情が曇る。

「何だ? 何かあったのか?」

「いや、………変わりは無い………後で顔を出してやってくれ。何せもう年だ。お前たちが行けば母も喜ぶだろう」

 どこか裏がありそうな返事に首を傾げながらヴェントは「あっ」と声を上げた。

「そうだ。クラージュさんからあんたに言伝(ことづて)があったんだ」

 ピクリと肩を揺らすとアカトリエルは緊迫した面持ちで少年を見下ろした。

「え? 何? 何だよいきなりそんな怖ぇ顔で…」

「何の言伝だ」

「……えっと…何で教皇の葬儀であんな大役を任命したのかっ………て…え? 俺何か聞いちゃいけない事でも聞いたか?」

 向けられた鋭い視線にたじろぎながらヴェントは頭の中で自分の失礼な言動を探していた。確かに言葉遣いは良くないが、今までと同じ調子だ。今更気を悪くするわけは無い。

「……そうか…その事か…」

「その事って…他に何が……」

 射すような瞳に射抜かれヴェントは急いで首を横に振った。

(うはぁ~、あの目、怖えぇぇぇ~)

「…あれは…ザグンザキエル教皇の意思だ」

 そう呟くとアカトリエルは胸に備え付けてある短剣のエンブレムを開くと、中から小さく折りたたまれた手紙らしきものを取り出した。物は小さいが、その紙には教皇の紋章が刻まれている。

 ヨエルを教会から追い出した時に彼が領主エガリテに差し出したあの書状だ。

「代々双剣徒長に受け継がれる教皇の遺言だ。私が師である前騎士団長からこれを譲り受けた時にはこの紙には次期教皇に……と、ヨエルの名が書いてあった…」

「あんたの師匠?」

「短命だったが、血を持って信仰を守る厳格な双剣徒だ。背徳者には死神とまで呼ばれていた」

「死神って…穏やかじゃねぇな。……でも、今その紙にはヨエルのおっさんの名前が書いてあるわけじゃねぇんだろ?」

「数年前にザグンザキエル教皇から新たな指示書を手渡されてな。…その名と、ある言葉が書かれていた」

 手渡された遺言書の中に書かれあった名前は『クラージュ・クロワイヤス』………そしてその後に……『時が訪れるまで待って欲しい』と………

「教皇って…クラージュ司祭…だってまだ二十代…」

「そうだ。だが教皇亡き今、その言葉は絶対だ。クラージュ司祭には試練を乗り越え、成長してもらわねばならない…………」

 あの司祭は私とは違う……アカトリエルは心の中でそう続けた。


「ヴェント!! 見て見て!! 出て来たよ。凄くキレイよ」

 緊迫した空気も何のその、オランジュの突然の歓喜の叫びに少年は顔を上げた。

「おお本当だ。キレイじゃねぇか。絶景絶景!!」

 魔城に行く時も山の上で見た絶景だが、あの時は決戦前だったので心から自然の美しさを楽しめないで居た。しかし今は十分に楽しめる。

 ゆっくりと昇っていく太陽にきゃあきゃあ叫びながらオランジュはアカトリエルを振り向いた。

「アカトリエルさんいいなぁ。いつもこの景色を見てるのよね」

 そう言うとオランジュは部屋に備えてある女神像に向かって手を合わせた。

「女神様。ステキな景色をありがとうございます」

 そう軽く祈り顔を上げると少女は首を傾げた。

「あれ?」

 女神像の首に細い亀裂のような物が入っている。

 不自然な光景に少女が像に手を伸ばした瞬間………ゴトリという重い音と共に頭部が床に転がった。

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 顔面から一気に血の気が引き、オランジュとヴェントは大きな悲鳴を上げた。

「おおおぉぉぉお前!! 何した何した何した何した何したんだよおぉ!!!」

「やだやだやだやだ私は何も…きゃあぁぁぁぁぁどうしようどうしよう!!」

 床に転がった女神の首を持ち上げるとオランジュは急いでもぎ取れた胴体の上部にそれを乗せようとしたが……付くわけはない。

「ア…ア…アカ…アカ…アカトリエルさんの奥さんに何してんだよ!! うおおぉぉぉぉ!!! すいませんすいませんすいません!!! ヤベェヤベェ!! えっと何だ? そうだ!! 医者医者医者医者!!!」

「アカトリエルさん!! 奥さん死んじゃう!! 救急馬車よ! 救急馬車!!!」

 超愛妻家(女神)のアカトリエルと女神像の首を交互に見回しながら二人は混乱し、訳の分からない事を叫ぶ。

 間違いなく殺される!!!

「………………」

 無言のまま近寄って来たアカトリエルに二人は土下座するとその首を震える手で掲げた。

「アカトリエルさんオランジュを許してやってくれ。きっとこいつは出来心で……」

「わ…私は殺して無いもん!! 本当よアカトリエルさん本当にね…」

 パニックに陥る二人とは対照的にアカトリエルは女神の首を両手で取ると暗い表情でそれを見つめた。

「気にする事は無い…もともと壊れていた物だ…たかが石像に………」

 その言葉にヴェントは耳を疑った。

「え?」

 アカトリエルは何事も無かったかのように胴の上に女神の頭を乗せると近くにあった手ごろな布でそれを固定しただけでマントを羽織り、二人に「修行場へ案内する」と言って部屋を出た。

「よかったぁ。アカトリエルさん許してくれたね」

「馬鹿っ! よかったじゃねぇよ!! …アカトリエルさん…おかしいだろ…」

 以前ヴェントが目にした双剣徒長(おさ)の姿は少しでも女神を愚弄すると平気で剣を抜いた人物だ。

 実在しないと分かっていながらも女神への愛を語った彼が妻である女神像の破壊に何の関心も示さない……それは極めて不自然な行動の一つだ。

「大丈夫かよ……あの人……」

 呟くヴェントの横でオランジュが首を傾げていた。


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