双剣徒の朝
まだ薄暗い夜明けの頃、大きく響く鐘の音でヴェントは飛び起きた。
「おはようヴェント」
「は?」
隣では既にコンデュイールが一通りの身支度を済ませていた。ぼさぼさの髪をかき上げながら外を見るとまだ日が昇る前だ。
「今何時?」
「四時だよ。起床時間だ」
「四時ぃぃ?! 四時が起床時間なのか?」
「ははは…ヴェントは関係ないからまだ寝てても大丈夫だと思うよ。朝食は六時だからね」
「お前は何すんだよ」
「えっと…これから掃除して…朝食まで基礎訓練だよ」
大きく伸びをしながらコンデュイールは「いたたた…」と腰を抑えた。
「慣れるまでがキツイよね。それじゃ僕は行くから」
再びイタタタ…と腰を抑えながら部屋の外に出て行く親友の姿を見てヴェントは肩を竦めた。
「ぜってぇ無理だ俺………」
小さな窓から吹き込む氷のような風に身体を震わせながら毛布に包まる。
「…………どうすっか…………」
しばらく考え込むと意を決してヴェントは布団から這い出た。
掃除に基礎訓練…めったにお目にかかれない双剣徒の修行とやらを見てみるのも悪くは無い。
それにあの筋肉痛のコンデュイールがどれ程彼らに喰らい付いて行けるのかにも興味が湧く。
服の上から厚手のマントを羽織り、彼はゆっくりと廊下を覗き込んだ。
なるほど。確かに自分と同じぐらいの年の見習い双剣徒たちが忙しく清掃に勤しんでいる。
「勤勉だな。現在無職の俺とは大違いだぜ」
仕えていた黒魔道師がああなってしまってから影商人としての仕事は全く無くなった。
それでも最後のウェディングドレスで得た報酬は仲間の影商人たちと分けても十分に生活していける程の物だったのだが……一日中空を見上げて過ごしていると無駄に時間が過ぎているようで複雑だ。
しかし、取り合えず清掃が終わるまで待つ事にした。
見知らぬ人間に勝手にうろつかれると見習い騎士達も混乱するだろうし…
そう決めたのも束の間、廊下からいきなり甲高い少女の声が木霊し、ヴェントは急いで扉を開けた。
やはりオランジュだ……
「ねぇねぇ! 私も掃除しようか? 私はねこう見えても家事が得意なのよ?」
「いえ、いいですよ……ってちょっと! 私の仕事取らないで下さいよ!! クロノス様に叱られます!!!」
勤勉に清掃に励む見習い騎士の箒を強引に奪う彼女の姿に溜まりかねてヴェントが走り出た。
「大丈夫ぅ~大丈夫ぅ~私が~とってもキレイにしてあげるぅ~」
わけの分からない歌を口ずさみながらルンルンと箒を走らせる少女の後ろに近寄りヴェントはその身体を羽交い絞めにした。
「きゃあっ」
「きゃあじゃねぇよ。お前何やってんだよ」
仕事を奪われおろおろとする見習い騎士に軽く笑いかけるとオランジュから奪い取った箒を彼に返し、急いで部屋に引っ込む。
「ったくお前は! もう少し場の空気を……」
「何すんのよぅ!! 皆が掃除してるのよ? 女の子の私が手伝ってあげないと!!」
「妙な気ぃ使わなくていいんだよ!! むちゃくちゃ困ってたじゃねぇか!」
むすっと剥れながらオランジュが「だってぇ」と呟いた。
「鐘が鳴って朝起きたらコンデルもヴェントも居ないんだもん!!」
「お前な……お前が眠っちまった後大変だったんだぞ? わざわざクロノスさんに掛け合って部屋変えてもらって………俺はともかくコンデルなんて『何故女を部屋に入れた』なんて無表情で怒られてて、可哀相で見られたもんじゃなかったぜ」
昨晩は本気でオランジュを連れて来た事を後悔していた程だ。
ヴェントも影商人見習いだった時に一度だけ親方に怒鳴りつけられた事があるが、クロノスの叱り方はその比ではなかった。
静かに冷たくじわりじわりと精神に響いてくるような怒りはとてつもない重圧だ。あれならば頭ごなしに怒鳴られるほうが断然いい。
「それじゃ散歩してくる!!」
「なっさっ…散歩って…オイッ!!」
聴く耳持たずに再び部屋を飛び出した少女を、ヴェントは頭を抱えながら追ったが、部屋から出た所で以外にもあっけなく少女は捕まった。
……というよりは部屋のすぐ先に彼女は留まっていたのだ。
視線の先を見ると二メートル以上の大男が彼女の前に立ち塞がっている。
朝の清掃に励む見習い騎士達も先ほどより素早い動きを見せていた。
「アカトリエルさんじゃねぇか!」
「…やはりじっとはしていられぬな」
その言葉に堂々とオランジュが頷いた。
「悪ぃ、俺が抑えとくから…はは、アカトリエルさんの部下達の邪魔をする気はなかったんだけど………」
「今朝方クロノスから聞いた。昨日は出迎えられずにすまなかったな」
「いやっ別にいいんだよ。ホラ俺らが無理言ったんだし………」
しばらくすると背の高い男は一つ息を付いた。
「しかし、あまり好き勝手動かれても困る……とりあえず私の部屋に来い。お前が昨日言っていたという日の出がそろそろ見られるぞ」
その言葉にオランジュの大きな目が輝いた。
「すげぇ…アカトリエルさん、もうオランジュを手なづけてるぜ」
彼のローブを握り締めながら子犬のように付いていく少女の姿にヴェントは唖然としていた。