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騎士と警団の教え

 しばらく進むとコンデュイールは一つの扉の前で足を止めた。

「ちょっとクロノス様に挨拶をしていくよ」

「おっ……おう!!」

 先ほどの話を聞いてしまった為かヴェントは思わず言葉を詰まらせた。  散々、無礼(ぶれい)千万(せんばん)を働いていたが、いざ事実を知ってしまうと妙に緊張してしまう。実際、双剣徒という影の組織がこんなに巨大な物だとは思ってはいなかった。

「早く! 早くクロノスさんに挨拶しようよ!!」

 ヴェントとは対照的にウキウキと浮き足立つオランジュを見て改めて無知の偉大さが身に染みる。その姿にはコンデュイールも目が点だ。

 「君は凄いなぁ」と引きつった笑みを浮かべながらノックをするとすぐに扉の向こうから低い男の声が返ってきた。

「コンデュイール・レヴェゼです」

「入れ」

 人形のように無機質な返事が聞こえる。

「失礼します。クロノス様、ヴェントとオランジュが来ました」

 女神の彫像に聖書、ベッド。殺風景な部屋の中心にあのイケメン双剣徒が座っていた。

「アカトリエル様からお話は伺っている。向こう見ずな友人を訪ねて来る…とな」

「クロノスさん怪我はもう大丈夫なの?」

 部屋を眺めながらオランジュが真っ先に声を掛けた。

「おっ…おいっオランジュ」

「何よぅヴェント、いきなり神妙になっちゃって! コンデュイールの話聞いて(かしこ)まっちゃった?」

 クスクス…と意地悪そうな視線を向けられ思わず彼はそれを否定した。

「なっ…んなことねぇよ!! ……あ、あんたアバラほとんどイッちまってるんだってな。寝てなくて大丈夫なのかよ!」

「ヴェント。一応僕の師匠なんだからもう少し……」

「俺の師匠じゃないし、やっぱご丁寧な挨拶なんてガラじゃねぇよ」

 ふぅ…と息を吐くといつものヴェント節が炸裂する。

「大体あんた達はもっと自分を大切にすべきだよ。普通なら絶対安静だろ」

「相変わらずだな。…だが心配には及ばん。しっかりと折れた骨は保護してある」

 そう言うとクロノスは胸をコンコンと叩いて見せた。その音から察するにどうやら鉄製の鎧か何かをローブの下に装着しているらしい。

「いや、そういう意味じゃなくて………」

 保護すればどうにでもなるという物でも無いと思う。アバラが何本も骨折しているのだから痛みもあると思うのだが……

「双剣徒って何処かズレてるよな…」

「わあぁ!! ヴェント見て見てぇ! ここから街が見えるよ」

 いつの間にかクロノスの部屋の中をうろつき始めたオランジュが窓の外を見るなり黄色い歓声を上げた。それに便乗してヴェントも窓際に走り寄る。

「うわっ! ちょっと! ヴェント、オランジュ…そんな好き勝手………ああああ、クロノス様すいません、僕……」

「構う事無い。その二人は修行者ではないしな…まぁ、あれが部下ならばきつくたしめている所だが」

 クロノスの無機質な言葉にコンデュイールは(ひら)(こうべ)を垂れた。

「うおぉ本当だ。ここ明るかったら絶景だぞ」

「ねっ? ねっ? ねっ? すごいね。街からじゃ全然分からないのに、この窓東向きだから朝日もきっと綺麗よ。明日の朝早く来てみようよ」

「ちよっちょっ…オランジュ! ヴェント! ほらもう行くよ。明日の朝って何言ってるの」

 クロノスの顔色を伺いながらコンデュイールは二人の肩を強引に掴むと師匠に愛想笑いを向けながら何度も謝罪の言葉をかけつつ部屋を後にした。


「っもう頼むよ二人とも………」

 挨拶を終えたコンデュイールは心臓を押さえながら二人に懇願(こんがん)した。

「何言ってるの? 大袈裟(おおげさ)よコンデル」

「大袈裟じゃないから、ここの師弟関係って厳しいんだよ。仮にも僕は修行中の身だし…」

「そういうものなの? 私なんて昨日アカトリエルさんに後ろから抱き着いちゃったわよ?」

「そうだね、君は凄いよ。アカトリエル様に()んぶされたまま背中で眠っちゃったり、平気であの人の水飲んじゃったり…普通の人は正体を知ったら絶対出来ない事だよ」

 ふぅ…と息を付くとコンデュイールは下層の廊下にずらりと並ぶ一つの部屋に二人を招き入れた。

 八畳ほどの薄暗い小部屋には小窓が一つあり、その他にベッドと机、一人分の古いクローゼット。壁には小さな女神像が飾られていた。

 コンデュイールは机の上の蝋燭に火を灯すと(あらかじ)め用意されていた布団を床に敷いた。

「オランジュの部屋にはこれから案内するよ。さすがに一緒の部屋はマズイと思うからね。アカトリエル様が空き部屋を用意させていたんだ」

 その言葉にオランジュはキョトンと目を丸めた。

「何で!! 私コンデルとヴェントと一緒がいい!!」

「そうはいかないよ。君は女の子なんだよ? 大体ここに女の子が来るって事自体が異例なのに…」

「私はいいもん!! ここで皆と話すんだもん!!」

「君は良くても僕が困るよ…そんな……」

「分かった!! じゃあアカトリエルさんに私が言ってくるもん!!」

「ちょっとちょっと!! そんな、いきなり……それにまだアカトリエル様は帰って来てないから」

 その言葉にヴェントは「そういえば」と口を挟んだ。

「アカトリエルさん何処に行ったんだ?」

「え? ああ、アカトリエル様は一週間前から毎晩御実家に足を運んでいらっしゃるんだ。クレイメントさんが重症を負ってしまわれたからね。……昨日までは七時ごろに出て行って、いつも明け方近くに戻って来てるんだけど、今日は何か四時間も早くお出かけになられてさ」

 そう言えば昨日街で出会った時もウェルギリウスの怪我具合にはかなり詳しかった。

「すげぇな…ジィさんって東の樹海に住んでるんだろ? ここから正反対じゃねぇか…馬で飛ばしてどれぐらいの時間がかかるんだよ」

 ざっと計算して見ても四時間は下らない。

「そうだよね最近はあまり眠っていらっしゃらないみたいだったし…怪我も完治して無いのに心配だよ」

「そうなんだぁ、偉い人ってやっぱり大変なのね。それじゃあ昨日も疲れてたのかな?」

 オランジュが話しながら普通に大きなバッグから取り出した愛用の枕をコンデルのベッドに置いていた。

「昨日?」

「そうなんだよ。何? ほら、例の黒魔道師に壊された剣を鍛えなおしてもらったとかで、最後の仕上げってやつに俺達立ち会ったんだけどよ…なんか聖声? ってやつ、途中で忘れちまったみたいで……まぁ忘れたっていうか…考え事をしていたような感じなんだけどよ」

「アカトリエル様が? どうしたんだろう……」

 ここに修行者として入って数日が経過するが、そう言えば彼は時折…らしからずにボーっと何かを考える事があったかのように思える。

 クロノスの話だとあんな彼の姿は始めて見るらしい。

「それよりお前、何で双剣徒なんかに弟子入りしちまったんだよ」

 考え込んでいる所をいきなりヴェントに話しかけられコンデュイールは「え?」と聞き返した。

「え? じゃなくてよ俺、警団本部探し回ったんだぜ?」

「ああ、ごめん。大した理由じゃないんだよ。ただ、もっと力をつけないとこれから先何かあった時、今の僕のままじゃ何も出来ないから………」

「何も出来ないって…お前は十分よくやったじゃねぇか」

 その言葉にコンデュイールは頼りない微笑を向けた。

「それは、君が生きているから言える事だよ」

「は?」

「僕一人じゃヴェントを助けられなかっただろ? クロノスさんが居なかったら僕はあの時大切な親友を失っていた……」

 ヴェントがこうして生きているから今もこうして笑っていられる。だが、もしあの時クロノスの助言と機転がなかったら彼は生きる(しかばね)と化した双剣徒によって殺されていたに違いない。

 親と(した)ったジェラールも失い、親友まで失ったら………おそらく今の自分は罪に(さいな)まれ続け、生きていられたかも分からない。

「力もそうだけど。もっと精神も鍛えないとこの先絶対後悔する事が起こると思って……考えたらこの道を選択してた」

「コンデルお前………」

「ジェラールさんが言ってたんだ。僕が正しいと思う道を選べって…だから僕はこの道を選んだ。……アカトリエル様がね……」

 コンデュイールは穏やかな笑顔をヴェントに向けた。

「儀式を受けるって言い張った僕にアカトリエル様は…女神の騎士にはしないって。自分に出来る教えは(ほどこ)すけど警団の教えだけは捨てるなって…それが条件なんだ…」

「警団の教えって…一週間前にお前が言っていたアレか? 守る盾とか…無駄な命はないとか………」

「『他を殺めるための剣となるのではなく他を守るための盾となれ。この世に捨てる命などない』………でも双剣徒の教えはこれとは正反対で、女神を守るために必要ならば殺しも(いと)うなって事なんだって。女神のために流さなければならない血があるのならばそれは必要な血だって。きっと僕はそれを実行する事は出来ないだろうって言われた」

 しばらくコンデュイールの顔を見つめるとヴェントは「そうか…」と呟いた。

「ほんとうにいちいちカッコいい言い回し使ってくるよな、あのは………」

 そう呟くとヴェントはコンデルの背をパシンと叩き、「頑張れよ!!」と拳を堅く握って見せた。

「…………ってか、おいコンデル」

「え?」

 コンデュイールの後方に目を向けたヴェントが呆れた顔で指を差す。

 彼のベッドの上には既に深い眠りについているオランジュの姿があった。

「うわぁ!! ちょっとオランジュ君は君の部屋で……」

「そいつ、もう起きねぇぞコンデル」

「そっそんなっ!! どどどどどうしよう!! こんな事クロノス様とアカトリエル様に知れたら僕破門だよ!!」

「俺らが別の部屋に行くしかないんじゃね? ……クロノスさんに報告が必要なら俺も一緒に行ってやるから」

 深い溜息を付きながらヴェントは(なげ)くコンデルの背中を再びポンポンと叩いた。


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