計算されていた想い
「ベアトリーチェ…主、歳は何歳だ」
魔道書に目を移したまま問われ彼女は首を傾げた。
「二十だけれど…彼の研究と何か関係があるの? ……それとも私の事が書いてあった?」
「二十歳か……死んだのもその年だな」
どうやら自分の事が書いてあったわけではないらしい……不思議な顔で眺めながらも取り合えずその質問に答える。
「そうね。とても長い二十年だったわ」
うむ…と頷くと老人はパタリと本を閉じ顔を上げた。
「? 何? その魔道書、彼の物じゃなかった?」
「お前は転生の法則という物を知っているか?」
「転生の法則?」
「輪廻転生…生まれ変わり…色々な呼び方があるが、同じ魂を引き継ぎながらも身体だけ誕生と死を繰り返すと言うものだ。私の国ではそれが逸話として残っている」
「ガドリールから聞いた事があるけど…私は信じないわ。あんな男と同じ魂を持った人間が再び生まれるなんて考えたくも無い」
彼女の口調が途端に不機嫌なものとなった。
あんな男…とは実の父親であるドミネイトの事だろう。
「確かにそんな立証はないが…特殊な存在がそれを繰り返す時は決まって一つの法則があるのだ。デザスポワールが唱える独自の物だがな…」
「話が脱線しているわ。私は早くあなたたちの言葉を知りたいの。いきなりガドリールが飢餓状態になってしまったらどうする事も出来ないのよ?」
「いいから老人の戯言だと思って聞いてくれ……お前とは全く無関係だというわけではないのだ」
ベアトリーチェが「なに?」と聞き返した。
自分に関係ある事? 魅かれる言葉だ。
「特殊な存在とは…国ごとによって言い回しが異なるが、例えば歴史上に残る偉業を成し遂げた英雄や聖人などだ………そうだな、お前が嫌うドミネイトもその一人だな。暴君としてここの国に名を残す事になるだろう」
「っやめてよ!! そんなの…折角解放されたのに!!!」
ベアトリーチェが思わず声を張り上げた。
「落ち着け、お前にはガドリールが居るだろう。転生したとしても手は出せん……これは例だ。今となってはダンテも私もその対象になり得る。神と戦った人間としてな……そしてそれはお前にも言える事なのだ」
「分からないわ。教授してくれないなら帰るわよ」
「お前の魂は恐らく一万年前のベアトリーチェと同じだ」
「!!!!?」
部屋を出ようとする彼女の背をウェルギリウスの一言が止めた。
「何を言っているの?」
「我が国独自の言い伝えは、大まかに言うなれば…こうだ。強力な魂の持ち主は新たな肉体に生まれ変わってもそれを引き継ぐ。能力…性別…容姿…そして死の時期、寿命もな……」
「?」
「この国の一万の歴史を前に調べた事があるが、ここでは、お前意外に何度か聖女と呼ばれる娘が生まれている。その度に女神の化身と呼ばれ、尊ばれてきたらしい。………お前の前に聖女が存在したのは約五百年前だ………」
「やめて! 私は聖女でも女神でもないわ!! 聖女や女神が自分の父親を惨殺する?」
「父親が良くなかったな。それに惨殺したのはガドリールだ」
「やめてよ!!! 彼にそんな事言わないで!!! もう帰るわ!!!」
「理由はともあれ聖女と呼ばれた娘達は皆二十歳で死をむかえているのだ。女神ベアトリーチェが死した年と同じ頃にな…」
ベアトリーチェがピタリと止まり、息を呑んだ。
「それが一万年の間繰り返された聖女の一生らしい。エテルニテの古文書には聖女が生まれると親は喜ぶ事無く歎いたと書かれていた。この子は二十年しか生きられないのだ…とな」
「そんな…偶然だわ」
彼女の両手が小刻みに震えていた。それを眺めながらウェルギリウスは真剣に続けた。
「そしてここからだ。デザスポワールには隠された伝記があるのだが、私の国が始まった一万年前、私達の始まりの父である黒魔道師はデザスポワールを立ち上げる以前、一人の女に民を率いるための永遠の力と命を授けようと誘惑の声を投げかけたと言う。見返りは美しの花嫁………」
「花嫁?」
「しかし娘はその誘惑を付き撥ねたという。そして、その時、我らが父は娘にある言葉を残した……」
「な…に?」
『なれば我は待つとしようぞ。千年先か万年先か…汝が幾度の死を迎え、今の記憶が消え失せるほどに転生するまで……』
しばらく訪れた沈黙。
ウェルギリウスは左手で魔道書をパラパラ捲りながら一息付いた。
「これは定かではない伝記だが…私は今になってそれを信じ始めるようになった。私が言いたい事は分かるだろう?」
「何よ…分からないわ。そんな物語………」
「それが事実ならば……その娘とはエテルニテ女神、ベアトリーチェの事だ。そしてガドリールは黒魔道師の真の姿となる。………とは言っても、転生した現在、己の記憶まで消されるとは思ってもいなかっただろうな。
憑代として生まれた人間の男に意識が破壊されたのは誤算だろう………だが結果的に奴は花嫁を手に入れ、花嫁は力と永遠の命を授かった。全てが神の計算であったのならば恐ろしい存在だ」
しばらく無言で彼の話を聞いていたベアトリーチェは首を左右に大きく振った。
「嘘よ!! それでは私達の今の想いも計算されていたという事? そんなの認めないわ!!! 絶対!!!」
「? ……違う。待て! 私はそう言っているのでは………」
老人の言葉も聞かずにベアトリーチェは勢いよく部屋を飛び出した。
ただ事ではない彼女の姿に思わずジョルジュが駆け寄った。
「ベアトリーチェどうしたの?」
「ご免なさい。私、もう帰るわ」
「待って………ベアトリーチェ?」
「母上、私が………」
深紅のマントを羽織り、玄関を飛び出す彼女の後をすかさずアカトリエルが追う。
それと同時にウェルギリウスが部屋から姿を現す。
「ベアトリーチェは?!」
「出て行ってしまったわ。ダンテが追って行ったけど………ウェル、何があったの?」
「私とした事が…失言した………」