祭司
午後四時。教会の鐘が埋葬式の終わりを告げた。
やる事もないのでクラージュの部屋を借りて眠っていたヴェントをオランジュの声が起こした。
好奇心が旺盛な彼女はあの後教会から出された味の薄い食事を食べた後自ら進んで埋葬式に参列していた。
葬儀用の衣装らしからぬ恰好だったのでマルガレーテから服を借り、場違いな修道女風になってしまっている。
「何だよエセシスター。終わったのか? 楽しいもんじゃなかっただろう?」
「すごいよ。クラージュ司祭がね祭主だったんだよ? すごくない?」
「マジ? だってクラージュ司祭ってまだ二十六じゃ………」
「そうだよね。もっと年上の人もいっぱい居たのにさ。…教皇様の埋葬式したのエテルニテの歴史上最年少だってシスターマルガレーテが言ってた」
亡くなったザグンザキエル教皇も僅か五十であの地位に着いたと聞いている。
享年が104歳だから五十四年間教皇の葬儀は行われていない。
ヴェントもオランジュも、もちろんクラージュも未経験なのだが………
「本来ならヨエルのおっさんなんだろうけどな。あの人追放されちまったから……にしてもやっぱ教会は分かんねぇな」
大きく背伸びをするとヴェントは部屋の時計に目をやった。
「あと二時間半か。ちょっと教会の中散歩でもしてみるかな…」
「私も行くぅ!! あとね、ご飯は五時だよ!!」
「ご飯って……昼も食ったけど…やっぱ美味くねぇじゃん」
「それでもさ、健康にはいいと思うよ。私もちょっと勉強してみようかな」
「お前は人生何しても楽しいのな」
その言葉にオランジュが大きく頷いた。
暇を持て余すために広い教会の中を検索して歩くと意外に楽しめる事が分かった。
かなり古い建物だけあって年代物の彫刻や絵画が飾られる内部はちょっとした美術館だ。
もちろん修道士や修道女などにしか解放される事の無い場所なので保存状態も悪くは無い。
「女神って本当にこんな姿だったのかな」
廊下や天井に残されている宗教画を見ながらヴェントはそう呟いた。
絵画の中の女神は今の彼らから見ると一週間前に訪れた、魔城に住むベアトリーチェにしか見えない。
「だとしたらすごくそっくりだよね……」
しげしげと眺めていると廊下の奥からクラージュが歩んできた。
いつもの司祭服よりも一層高等な位を思わせる姿に、右手に持つ際杖。背の高い帽子…
「ク…クラージュ司祭…とんでもねぇな…それ着てるとまるで教皇だぜ」
駆け寄り、声を張り上げるヴェントと異なり、クラージュの顔は沈んでいた。
「? …どうした?」
「何故私が指名されたのか………」
「指名って…誰に?」
「今の教会の最高権力者です」
透かさずオランジュが滑り込んできた。
「アカトリエルさんだ!!」
「私はまだこんな神聖な衣を纏えるほどの修練を積んではいません…」
「……それでも立派にやり遂げたわよ?」
顔を覗き込む少女をしばらく見つめると深い溜息を吐き首を横に振る。
その罪悪感でさえ浮かぶ表情は哀愁に満ちていた。
「ヴェントさん…アカトリエル様にお会いしたら何故私にこんな大役をお任せになったのか理由をお尋ねして下さいませんか?」
「…別に…構わねぇけど……」
「お願いします」と頭を垂れると彼は再び溜息を付きながら奥の部屋に姿を消した。
「…偉い人にはなりたくないのかもね」
「………………みたいだな」