逸る気持ち
「シスタージョルジュ。どうしました? こんな寒空の中……」
アカトリエルは馬を下りると玄関前に出ている母に問いかけた。
「えっ? あら…そうかしら……えっと……そうよ。あなたの事を待っていたのよ。さぁ中に入って…寒かったでしょう?」
「………ウェルギリウス殿の調子はいかがですか?」
「大分良くなったわよ。さっきもね……」
そこまで言ってジョルジュははっとした。秘密を作る事は慣れていない。
しかし、アカトリエルを手放してからあれ程楽しい夕食時間を過ごしたことは無い。それだけに一歩間違えるとすぐに口を滑らせてしまいそうだ
「シスタージョルジュ?」
「そうよ。さっきも全部夕食を平らげて…今日は一日中起きていたのよ」
「そうですか…安心しました」
何処か納得行かない説明だが、とりあえずそう返事をするとアカトリエルはジョルジュに連れられるがまま家の中に足を運んだ。
部屋の中はすっかり綺麗に片付いており、台所には洗い立ての食器が立てかけてある。
「今あなたの好きなお茶を淹れるわね」
いつものように手製のハーブ茶葉と沸騰した湯をポットに入れる母を眺めていると、不意にアカトリエルはどこか感じていた違和感に気付いた。
食器の数がいつもより多いのだ。
洗い立てのティーカップが三つ…その他にも……
「? ………シスタージョルジュ客人でも?」
「嫌だわ。何を言っているの?」
「いいえ。あなた方二人にしては食器の数が一人分………」
明らかに動揺の色を隠せないでいるジョルジュをウェルギリウスは遠目から見つめ、溜息を付いた。
(やはり無理か……ジェルジュはウソを付けぬからな。ダンテの洞察力も鋭い)
「客が来ていた。あまりジョルジュを困らせるな」
「あなた………」
「もういい。あまりにもお前は不自然すぎる…」
ジョルジュは皺の刻まれた顔を申し訳なさそうに曇らせると「すいません」と頼りなく答えた。
「ウェルギリウス殿?」
「今までずっと街から離れていた私達の元に、こんな夜更けに訪れに来る人者など居ないからな。仕方ない、下手をすればこの先お前とかち合う可能性もある……」
「何を言っていらっしゃるのですか。私の知人ですか?」
しばらく息子の姿を探るように見つめると意を決したかのようにウェルギリウスは呟いた。
「ベアトリーチェ・レーニュだ」
「っ………ベアトリーチェ……?」
その名を聞いた瞬間アカトリエルの足がすぐに家の外に向けられたのを見てウェルギリウスの怒号に似た声が響く。
「ダンテ!! 何処へ行く!!!」
ピタリと彼の足が止まりジョルジュは思わず肩を震わせた。
「ウェル? ……あなた、一体どうなさって……」
「ジョルジュ、しばらく席を外してくれ二人だけで話がしたい」
初めて目の当たりにする夫の姿にジョルジュはなす術も無く一度頭を下げると奥の部屋に姿を消した。