決められた運命
「お願い、必要ならば残っている彼の手記をこれからも持って来るわ。あなたの言う確実に封じる方法を彼自身が編み出していたのなら、それを完成させるのは私の仕事なのよ」
「その前に教えてもらいたい事が二つある」
「いいわ。答えられることなら何でも話す」
「一つは……ガドリールはお前の行動に気付いているのか? 眠らせたとは言え時間は限られていよう……欺くことも出来るとは思えん」
「…彼に隠し事は出来ないわ。だから眠らせる前に伝えてる」
「伝えた? 大丈夫なのか?」
その言葉にベアトリーチェはきっぱりと「大丈夫」と言い切った。
「今の彼は……起きている間に私がずっと側に居るだけで満足してくれるみたいだから…封印される事は恐れてない」
「なるほど、確かにアレを見た限りではおまえ自身を失う事意外に恐怖はないらしいが…」
本来の魔道神は何一つ恐怖と言うものを持たない。
恐怖=弱点になるのだから当然だ。
そもそも人間として生きて来たガドリーが終焉の神に転生した後もベアトリーチェという女への情欲を何一つ忘れずに存在している事の方が奇跡なのだ。
「ガドリールの力ではなく、人としての力の限界だったんだろうな。それを考えると五年前にお前を閉鎖的な奴が自ら招き入れたのも何かの知らせだったのかもしれん」
「そんな事……無いわ……裏を返せば私は彼を変えてしまった張本人なのよ?」
「しかし、アレはたった一人で神である己と戦い続けていたのだ。既に極限までの知恵と力を手に入れていた状態だったのならば、人の身であるガドリールはいつか負けた。ひょっとしたら神にのっとられていたかもしれんしな…そうなればその名の通り世界の終焉の幕開けだ」
手渡された数冊の魔道書をパラパラと開きながらウェルギリウスは小さく頷いた。
「結果的には勝利だな…お前は魔女というよりも女神そのものだ。ガドリールに勝利を与え、私を生かして帰した。後は私が解読した結界をお前の力で張ればいい」
「解読出来る?」
「少々時間はかかるだろうが意地でもするよ。それが私の最後の仕事だ」
緊迫したベアトリーチェの顔が急に安堵に歪み、彼女は再びお茶に口を付けた。
「…それと…後一つお前に聞きたい事がある」
「何かしら…」
「歌唱術を何時習った」
その言葉にベアトリーチェは首を傾げた。
ガドリールからもその言葉を聞いた事があるが、習った覚えはない。
「歌唱術なんて習って無いわ。私は普通の人間だったのよ? あくまでも彼の助手であり、世話係りだったに過ぎない」
ウェルギリウスはフッと笑うと「まったく…」と一人ごちた。
「ガドリールを眠らせる子守唄という物は我が国史上最強の巫女が使用した歌唱術だぞ? 歌詞は長い呪文であり、一つ一つの文字に厳格なる音階が強いられる大魔法。デザスポワールでも限られた女のみにしか使えぬ術だよ」
「!!」
ベアトリーチェの深紅の瞳が驚きに見開いた。
「そうだったの………ただの歌ではなかったのね……」
すると彼女の唇が儚げに微笑んだ。
「デザスポワールの言葉がある程度身に付いた時に、彼は私に聞いてきたのよ。『歌を謳えるか?』って………普段私にめったに話しかけてこない人だったから驚いて……謳えるって言ったら彼に城の一角にある聖堂に案内されたの…」