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エテルニテ -終焉の魔道神と癒しの魔女-  作者: 黒埜騎士
第9章 新たな道と使命
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聖声

 教会の開け放たれた扉には数多くの人々が出入りしている。皆手に花束や食べ物を持っている。おそらく教皇の祭壇に捧げる貢物だろう……今乗ってきた馬車に乗っていた客も皆ここで下車していた。

「すげぇな…いつもこの教会はスゲェけど。今は特にスゲェな」

 教会の中からは聖歌隊の鎮魂歌(ちんこんか)が聞こえて来る。

 教皇の死が国民に伝えられたのもガドリールを仮封じしてからだった。

 既に彼の無残な死体は教会関係者達によって密かに埋葬されているが、国を上げての葬儀は四日前に行われた。当日は教会の外にまで蝋燭を持った黒山の人だかりが出来、身動きさえ難しい状態になっていたのを思い出す。


 教会前の階段を登り、中に入ると巨大な女神像の前には花で埋め尽くされた献花台がある。中心には金糸で女神の紋章の刺繍が(ほどこ)された布を被る柩が置かれていた。

 教会の最前列には各所の司祭たちが揃い、祈りを捧げている。

「空の柩ってむなしいな」

 ヴェントが小さく囁いた。

 満員の教会の中をしばらく見回していると見覚えのある司祭が静かに歩み寄って来た。

「ヴェント。クラージュ司祭よ」

「アカトリエル様…こちらに…」

 葬儀用の司祭服に身を包んだクラージュは背の高い男に一礼すると彼を招くように大聖堂の二回廊へ先導する。

 教皇を(しの)ぶために集まった多くの人々を下に望みながら回廊の奥の扉を開くと関係者たち専用の教会内部へと続く廊下が広がっている。床には赤い絨毯が敷かれ、壁には女神がエテルニテを作るまでを記した宗教画が並んでいた。

「わぁ…スゴイ…ここって一般の人は入れない所よ?」

 アカトリエルにくっつくようにして付いてきたヴェントとオランジュも普段見ることが出来ない教会内部を興味津々に眺めていた。

「ヴェントさんとオランジュさんもご一緒でしたのですね」

「来る途中に呼び止められてな……」

「クラージュ司祭元気になった?」

「……私は負傷しませんでしたから……」

「違くって…心の傷よ! 美人な魔女にフラレ………」

「うおおっ!!! オランジュ!! それ以上は言うな!!!」

 顔を引きつらせながらヴェントが思わず彼女の口を塞いだ。

「…………………」

 前を歩いている為に顔は見えないが、クラージュの後姿は心の中を代弁するかのように哀愁を漂わせている。

「……いいんですよヴェントさん……私は自分の仕事をまっとうするだけです…女神に仕え、人々のために尽力する。ベアトリーチェと同じ世界はもう歩めない」

「…………………」

 クラージュとアカトリエルの顔を冷や汗を滲ませたまましばらく見つめると、ヴェントはオランジュに代わり謝罪した。

 複雑な空気の中をしばらく歩いているとクラージュは女神の紋章が施された最奥の扉を開き、「どうぞ」と三人を室内へ誘った。

「? 何だここ……」

 大聖堂に置かれている剣を掲げる女神像とは異なる石造が部屋の中心にあった。

「何か凄く新鮮な女神様ね」

 優しい笑みを浮かべた女神像が両膝を突き、目の前に静かに湧き出す清水に祈りを捧げている。

 クラージュは部屋に用意した祭壇から銀の聖杯を手に取り、女神像に祈りを捧げると清らかな音を立てる水を聖杯に浸した。

「アカトリエル様どうぞ…」

 その言葉でアカトリエルはマントを脱ぐと、鍛え直した長剣を引き抜き、女神に向かって跪きながら右手で剣を差し出した。

「我らが生命の聖母よ。かの者に汝の祝福を与えたまえ」

 祈りの言葉を唱えるとクラージュは聖杯の中の澄んだ水を剣全体にゆっくりと注いだ。それに次いでアカトリエルは慣れた様子で誓いを述べる。

【我が剣と命は汝が為に、今一度契りの誓いを捧げん、我が全ては……………………】

 不意にアカトリエルの言葉が止まりクラージュは閉じていた瞳を開いた。

「アカトリエル様? どうしましたか?」

「……………いや……………」

 そう呟くと再び彼は剣を女神に捧げるように掲げた。

【女神………ベアトリーチェの為に……】

「あなたの生涯の伴侶アカトリエルに加護を与えたまえ」

 クラージュの指先が宙で女神の紋章を描き剣に触れる。

「何? 何をしてるの?」

「しっ……何か分かんねーけど…儀式みたいだ。静かにしてろよ」

 相変わらず空気の読めないオランジュをヴェントが諌める。


 しばらくしてアカトリエルは立ち上がると長い剣を片手で華麗に操り、剣に付いた聖水を振り落とした。刃が空を裂く音が響き、そしてそのまま流れるように刃は鞘に収まる。

 カキン…という音と共にヴェントとオランジュの肩の力が一気に抜けた。

「………終わりましたよ」

 身体を強張らせる二人に向かってクラージュが微笑む。

「はあぁぁぁ~何か慣れない空気で疲れちゃった」

「俺なんか何か始まった時からお前が話しかけて来るまで無呼吸だったぜ」

「ねぇさっきのが仕上げってやつなの?」

「ええ、聖水で鍛えた剣を再び聖水で清め聖声を立てるんです。私は仲介人ですね」

「でもさっきアカトリエルさん止まったわよ? 忘れちゃったとか?」

 的を射たオランジュの言葉にアカトリエルの瞳が微かに揺らぐ。

「……………………」

「アカトリエル様?」

「…………すまん…………」

 低く謝ると彼は剣を腰の帯に差し、マントを羽織った。


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