心に落とす影
「あんたらの本陣って……ええっ? コンデルあんたらの仲間になっちまったのか?」
「仲間ではないが………」
そう呟くとアカトリエルは大通りから走ってきた馬車の一つに手を上げた。
彼に習い二人も同じ馬車に乗り込むと彼の隣に腰を下す。
「………やっぱ目立ってんな………」
馬車の中に乗っている客の視線を受けながらヴェントは軽く笑った。
「クロノスに弟子入りしたいと言い出してな…教会本部でずっと眠らず張っていたらしい。本来ならそんな申請は受け付けぬのだが、それならば婚姻の儀をするとまで言っていた」
「おいおい……コンデル何考えてんだよ…女神を嫁にしちまったらある意味人生終わりだぜ」
溜息混じりに頭を抱えるヴェントをしばらく見つめながらアカトリエルは「心配するな」と答えた。
「騎士にはしない。ある程度の戦術を教授したら俗世に戻すつもりだ」
その言葉にヴェントはほっと胸を撫で下ろした。双剣徒になってしまったらせっかく出来た親友をなくす事になってしまう。
外の流れる街並みの向こうに教会本部の高い鐘楼が見え始めた頃、ふとオランジュは何かに気付いたかのようにアカトリエルを覗き込んだ。
「そうだ。身体は大丈夫? すごく血だらけだったけど…」
「…………ああ、左肩はまだ上がらぬが致命傷ではない」
「クレイメントさんは?」
「無事だ。やっと起き上がれる状態にまで回復し、利き手が無いと不便だと愚痴を零している」
「しかしジィさんも年なのによく持ちこたえたよな。鍛え方が違うんだろうけど………」
「………………」
ヴェントの言葉にアカトリエルは顔を曇らせた。
持ちこたえたわけではない…右腕をあのままにしておいたのならば、恐らくウェルギリウスはこの世には居ないだろう。
あの時の彼は出血も激しく抵抗力も極限まで落ちていた。
一時は最悪の事態を覚悟し………そして唯一人残された母の姿を思い描いていたが……
ベアトリーチェが居なければ、今それは現実の事になっていたはずだ。
「アカトリエルさん?」
ふと顔を覗き込む愛らしい少女に彼は顔を上げた。
「? ……何だ?」
「そろそろ教会前よ? どうしたの? ぼぅっとしちゃって…乗り過ごしちゃうから」
「いや…何でもない」
軽く首を振るとアカトリエルは間を置く事無く停車した馬車から降りた。




