束の間の安息
ベアトリーチェがその身を呈してもたらした安息。その戦いで命を失う事なく戻った者たちは心に大きな影と使命を背負い、帰路についた。
ここからは「エテルニテ~侵略の章~」になります。
「おお~いい空」
何処までも澄んだ青空を見上げながらヴェントは清清しい空気をめ一杯吸い込んだ。
魔城に乗り込んだ日から今日で丁度一週間になる。まだまだ人々の恐怖は拭い去れないがこの七日間は何事も無く穏やかに過ぎ去っていた。
あれから領主エガリテは街の有力者達と何度も話し合いをし、結果亡命せず、エテルニテの復興をとる形で収まったらしい。
ガドリールの脅威は未だに健在だが、彼が今までのように力を振るう事が出来ない状態になり希望を見出したと言うのだが……事実は少々異なる。
国を捨てる事の出来なかった大きな理由の一つは魔道神の脅威ではなく、一万も前の時代から外界と関わったことの無い街人が他の地で今までのような生活を営む事に臆したのだ。
「ヴェント!! どこ行くの~?」
遠くから息を切らせながらオランジュが大きく手を振り、走り寄ってきた。
「何だよお前、親方は大丈夫なのか?」
「大丈夫よ大丈夫! もぅ子供じゃないのに」
腰に両手を当て、少女は頬をぷうっとむくらせた。
「子供じゃねぇって言ってもな…親方をあんだけ過保護にしちまったのはお前だろうが」
一週間前、オランジュはデグバッドに何も言わずに樹海へ突っ走ってしまったために街では大変だったと聞く。
娘が行方不明だと喚き歎き、部下達を総動員して一晩中探しまくったらしい……そんな最中魔城が聳える山中からただ事ならぬ閃光や轟き、しまいには城を一瞬で覆った漆黒のドームの出現などとんでもない事が立て続けに起こったためにパニックは頂点を極めた。
オランジュが泥だらけで家に帰省した時のデグバッドの涙と鼻水に塗れた顔なんか見られたものではなかった。
あれから極端に心配性が悪化し、今や彼女が何処かに行こうものならいちいち事細かに行き先を伝えなくては家から出してはもらえなくなってしまっていた。
「何だっけ? 門限は四時だっけか?」
「四時よ? あと七時間しかないわ!!」
「ご愁傷様」
ははは…とヴェントは軽く苦笑いを浮かべた。
「ねぇ、それより今日は何処に行くの?」
「今日は南の警団本部に行ってみようと思うんだよな……」
「コンデル、まだ見つからないの?」
「そうなんだよなぁ…北警団が潰れちまったからって、取りあえず他の警団に配属されるらしいんだけど……何処に行っちまったんだか…」
コンデュイールの足取りは数日前から掴めないでいた。数日前に会った日には特に変わった様子もなかったのだが……東と西に創設されている警団本部も回ったがコンデュイール・レヴェゼという若い団員の名はどちらにも無かった。
「南警団本部って! ここから正反対じゃない!! 歩いていったら明日になっちゃう!!」
「歩いて行くわきゃねぇじゃん。取りあえず、ここら辺で馬車見つけて……」
そう言うとヴェントは向こうから走ってきた二頭引きの相乗り馬車に向かって手を上げた。