決意
「マジかよ…これ…」
エントランス全体が灼熱地獄と化していた。その中心でたった一人の男が天井から降り注ぐ火炎を防いでいる。
不意に共鳴するように唸りを上げる両手首の枷。ガドリールはその違和感の元を探るように視線を階段の上の人物に注いだ。
彼の目に飛び込んで来たのはコンデュイールの手に持たれている首枷。赤い光を発し、激しい唸りを上げるそれが自分の両手首に嵌められている物の最後の一つの部品だと感じ取る。
天井の魔方陣が一気に消滅し、炎の滝が消える。
「なっ……」
肩と額の血管から吹き出す血液で顔と左上半身を真っ赤に濡らしたアカトリエルが階段の上で呆然とする五人を振り返った。
ガドリールの標的が変わった……マズイ!!
「投げて!!!」
アカトリエルが動くより早くベアトリーチェが叫んでいた。
「持っていては駄目!!! 早くこっちに投げて!!!!」
切羽詰った悲鳴のような叫びにヴェントはコンデュイールから枷をもぎ取ると階下の女目掛けてその禍禍しい首枷を放り投げた。
《!!!!》
ガドリールがそれを振り向く。
《ベアトリイィィィィィィィィチエエェェェェェェェェ!!!!》
漆黒の影が瞬時に彼女の元に移動する。ベアトリーチェは首枷を素手で受け取ると声にならない叫びを上げた。今まで感じたことも無いような傷みが両手を通し、全身に流れ込む。
焼け爛れる両手でしっかりと掴みながらも、激痛に倒れこむ彼女の前に魔道神が飛び込みその首枷を奪おうと手を伸ばす。
(奪われる!!)
そう思った時、横からアカトリエルがガドリールの巨躯に体当たりをして床に転がった。
《ガアアアァァァァァ!!!》
「私はまだ生きているぞ!!!」
素早く体勢を立て直すアカトリエルの剣が魔神の喉を狙う。
魔神はその刃を口で受け止めると鋭い切っ先を粉々に噛み砕いた。間を置く事無く白い腕がアカトリエルの首を掴み、高く掲げた。首の骨が軋みを上げた時…………
「ガドリール!!!!」
締め上げる手が止まった。
「彼を放しなさい」
《ベアトリーチェェェェ………》
彼女の手には首枷が持たれていた。ぐずぐずに焼けた手の平から痛々しいほどに血が滴り落ちている。
「きっとこれをあなたに付けても無意味でしょうね……あなたは簡単に自分の血を凌駕してしまうから」
《………………》
ガドリールの手からアカトリエルが離れた。
「あなたが力を振るえば振るうほどに、これは強力な抵抗力を示すらしいわ……」
美しい顔が苦痛に歪んでいた。
魔道神の両腕に付けられた枷と同じように、その血を体内に宿すベアトリーチェ自身の力も抑制しようと首枷は唸り続けている。
しばらくそれを見つめているとベアトリーチェは何かを決意したかのようにガドリールを見上げ、穏やかに微笑んだ。
「あなたの愛を試してみていいかしら?」
枷を見ながら彼女がゴクリと喉を鳴らす。
緊迫した表情………
《………?………》
その様子を階段上から眺めていたウェルギリウスの顔色が変わった。
「いかん……駄目だ……」
「ジィさん?」
「駄目だ!! お前では持たぬ!!!」
エントランスいっぱいに老人の声が響いたと同時にベアトリーチェはその枷を自分の細い首に宛がう。
カチャリという冷たい音が響き…そしてそれと同時に彼女の首から大量の血液が吹き出した。