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寄生少女はなに想う(後編)

「プリセット005<"スリングショットフレア">ロード。制御方法をマニュアルに切り替え」


 私がそう言うと、ボディースーツに仕込まれた記憶媒体から術式が読みだされる。

 読みだされた術式情報は電気信号として私の脳へと伝わり、私は直感でその術式を解るのだ。

 制御をマニュアルにしたので、ここからは手動で術式を発動しなければ使えない。

 それは面倒だけど、オートマチックより遥かに柔軟に制御が効くし、私の処理能力ならばこちらの方が発動速度が速い。

 目の前に立ちふさがる大量の蟲どもを屠るには、オートマチックでは速度も威力も足りないわ。


 ――そう、今私は再びジャングルのあの忌まわしき洞穴へと戻ってきていた。


 おびただしい蟲の量に困惑している他の魔法騎士を尻目に、私は手から炎を高速で射出して蟲を攻撃していく。

 私の高純度の魔力で生成される炎に包まれた蟲は、一瞬の内に灰と化す。

 他の魔法騎士は私が手際よく蟲を始末するのを、ぼーと眺めているだけだった。

 全ての蟲を片付け終わると、1人の魔法騎士が鼻をつまみながら私に話しかけてきた。


「舞夜さん。ここの臭い酷いですね。口で息をしても臭いが分かってしまう程ですよ」


 それを聞いていた他の魔法騎士も鼻を摘まみながらうんうんと同意する。

 ああ、そうか。彼らにとってこの臭いは初めてなんだね。

 私はというと、鼻で普通に息をしていた。すぅーと大きく息を吸い、肺が甘ったるい腐敗臭で満たされるのを楽しむ。

 ああなんて、どうしようもないんだろう私は。こんなの、異常だわ。


「そうだね」


 私は素っ気なくそう返した。貴方達には残念だけど共感できないから。


「早く行方不明者を探しましょう」


 洞穴の奥へと進むと、より臭いはきつくなっていった。

 あまりにも強烈な臭いに途中何人かの魔法騎士は意識を失い、そして無事だった魔法騎士でも全員が嘔吐した。私を除いて。

 そして、最深部へと私は足を踏み入れる。地面は何かの液体でぬるぬるしていて、足を動かすたびに、にちにちと糸を引きながらまとわりつく。

 不快なはずなのに、私は何故か気持ちの高ぶりを感じていた。ほんと、どうしようもない。

 最深部の行き止まりまで着いた。暗くてよく見えない。壁から何かのうめき声? が聞こえる。


「誰か、光の魔法を使える人。ココ、照らしてください」


 詠唱の声が聞こえ、壁が光で照らされた。

 1、2,3……12人。

 事前に聞かされていた行方不明者とちょうど同じ人数の人達が、全裸の状態で白いねばねばで壁に手足を拘束されている。

 ちょうどあの時の私みたいに。

 私のボディースーツに緑の液をかけた芋虫も居た。そいつらは、捕らえた人達の上を這いずり廻っている。


「大丈夫ですか?何があったか言えますか」


 私は、まだ意識のある行方不明者の一人にそっと優しく話しかけた。


「うぁ……最悪だ。もう何日もご飯を食べてない、餓死しそうだ。奴ら、好き勝手に穴を犯しやがるんだ。男も女も関係ねえ」

「それだけですか?」

「……? ああ、それだけだ、助かったよありがとう」


 男は、くたびれた様子でそう答えた。


 ――なぜ?! なぜ彼らは私のような目には合っていないの? 犯された? それだけ? 下らない。


 私は、全身を食い尽くされ、寄生されたというのに。

 ああだめだ、イライラする。こんな事なら助けなければ良かった。


「まだ動ける魔法騎士の人はこの人たちを外に運び出してください」

「「了解しました」」


 指でこめかみを抑えながら、部下に役割を押しやった。

 私の事を信頼している彼らは何も文句を言わず素直に命令に従った。

 私は彼らを見送った後、少し離れた場所に移動し考えを巡らせる。


 違いは何? 何故彼らはあの程度で済んでいるというの。運が悪かった? でも行方不明者全員が同じ程度のあり様だった。


 となると、身体を作り替えられ、寄生されたのは私だけとなる。彼らと私の決定的な違いは……。


 ――魔力保有量、いやおそらく魔法資質ね。奴ら、探していたんだ。私のような素体を。


 私が壁の一点を見つめて奴らの目的を考察していると、背中に何か温かいものが触れ、振り返ると緑の液を吐きかけてくるあの蟲達が居た。

 背中が温かいということは、液をかけられたのだろう。

 ああ、まだ生き残りが居たのね。そのまま大人しく隠れていればいいものを。

 私はそのまま全身に液を吐きかけられて汚れていくのも気にすることもなく、ずんずんと近づくと1体をわしずかみにした。


「捕まえた」


 私はもぞもぞと暴れるソレを両手で持ち直し、内側に向けて腕に力を込めていった。


「どこまで耐えれるのかな」


 ググっと力を一気に入れ、指と指の間に蟲の肉が沈み込んだかと思ったら、すぐさま形状を崩壊させ、ぐちゅりと黄色い体液をまき散らし動かなくなってしまった。

 そんなに、力を入れていないつもりだったけど。やっぱり、腕力も前とは比べ物にならないぐらい強化されているのね。

 そんなことを考えながら、視界を遮るようにべっとりと顔に付いてしまった黄色の液体を拭っていると、溶けてほとんど全裸になってしまった私の足元を残りの蟲達が這い上ってきた。

 普通なら、絶体絶命のピンチ。ボディースーツが溶けては魔法も使えない。

 でも私は――自分を中心に爆風を起こす魔法術式を思い浮かべ。全身にみなぎる魔力を叩き起こす。


「起動」


 その一声がトリガーとなり、私に引っ付く蟲達は爆風で綺麗にはじけ飛んだ。

 そう、私はボディースーツが機能しなくても簡単な魔法行使であれば、自力で全て制御できるようになっていた。

 いにしえの魔法使いは当然のように全て自分の力のみで高度な魔法を発動できるらしいわね。

 蟲は跡形も無く消え去った。後に残るのは少しばかりの興奮で、私は息を荒げながら、その殺戮の余韻を楽しんだ。全裸で、液体でベタベタになりながらだ。


「ふふふ……」



 ――変態、異常だわ。左手には包丁を握っていた。


 人々を助けたいと思う心はどこに行ってしまったの?

 大切な任務中なのに、あんなことを……。


「ほんと、私って最悪」


 あの後、一人で行為を終えた私に残った感情は罪悪感だった。

 私は罰せられなければならない。私にはもう人を救う資格なんてない。

 だから、死を持って罪を償う――未練や躊躇はない。こんなサイテーな自分とおさらばできるなら何でも良いわ。

 私は慣れた手つきで換気扇の紐を引き、きちんと換気がされ始めるのを確かめると、丁度包丁が右手首に来るように左手を動かし、皮膚にふれる寸前で止めた。

 ここは私が住んでいるマンションの台所だ。誰も自殺を邪魔するものは居ない。

 玄関のドアは開けてあるので、私の死体に気づくことも簡単だろう。

 右手の平を見つめる。この手は何匹もの蟲や魔獣を殺した、殺戮者の汚れた手だ。

 人々を守るための手じゃない。殺戮を楽しむ異常者の手。

 血でドロドロになったこの手で何度も股間をまさぐる自分の姿を思い出す。こんな手、無かった方が良い。

 私は躊躇わずに思いっきり力を込めて、右手首を切りつけた――。そして、大量の鮮血が溢れだし部屋の床を真っ赤に染め……。


 ――というようなことは無かった。


 私の視界に飛び込んできたのは、深く切断された傷口からほんの少し流れ出す、黄色の液体――そしてその中をうぞうぞと動き回る白い蛆のような蟲だった。


「ひっ」


 私は、自分の身体が蝕まれている恐ろしい事実を、この目で改めて確認することになった。


「いやあああああああ!!」


 殺してやる! 殺してやる! 

 

 私はそう叫びながら何度も何度も自分の手首をその蛆ごと切りつけるが、広がっていく傷口からはどんどん蛆が湧き出、驚くことに皮膚のようなものを生成し始める。

 思わず手を止めてその様子をながめていると、傷はたちまち凄まじい速度で再生していった。


 ああ、死ぬことも許されないのね。


「いやだ! 誰か……私を殺して!」


 ドンドンと頭を壁に強く打ち付ける。こんなことしているのに痛みも大して感じない。


「どうしたら死ねるの、もう嫌なのっ! こんな私は!!」


 この身体は私という魂を閉じ込める監獄なんだ。


「出してっ! もう嫌だ! ここから出して!」


 全部むちゃくちゃにしてやる。こんな部屋も……全て破壊してやる。


「大丈夫ですか!! 無事ですか!」


 涙でぼやけて良く見えなかったけど、私の声で誰かが心配して部屋に入ってきたらしい、声の感じからして男の人……。


「お願いです……どうか、私を殺してください」


 私は両手を前で組み、その男に懇願した。誰でもいい、私のこのつらい感情を殺して。


 その男は、そんな私の願いを聞くことは無かった。そのかわり男は私に近づくとそっと抱きしめた――。


「え……」


 その男の温もりはとても暖かくて。私はしばらくの間その人に身体を委ねてしまっていた。

 知らない男の人だったけど、不思議と嫌な感じはしなかった。心臓の鼓動が聞こえてくるたびに、さっきまでの感情が少しづつ落ち着いてく。


 驚いた……男の人と抱擁するのがこんなにも落ち着くなんて。


 私が顔を上げると、そこにはぼさぼさの髪の眼鏡をかけた青年が穏やかな表情でこちらを見つめていた。


「落ち着きましたか……? ええと、静条舞夜さんですね」


 男はゆっくりとした口調で喋った。


「あ、あぁ。もう大丈夫です。えと、貴方は隣の」

「はい、閉城です。隣の。ご無事で良かった。あ、あのすいません、急に抱き着いたりして」

「いえ……気にしないでください。死ぬ予定でしたので」

「そんな、どうしてです? 僕で良ければ、頼っていただけませんか」


 こうして、私は彼――閉城(下の名前は真と言うらしい)と出会ったの。

 それが私の第二の人生の始まりだったのかもしれない。


 

 あの後、私は暫くの休暇をもらうことにした。とても仕事が出来るような精神ではなかった。

 一日に何回か、閉城さんが様子を見に来てくれるの。

 彼に私の身体の正体を打ち明けることは無かった。でも、彼はいつも優しくしてくれた。

 私が絶望で心が張り裂けそうになると、優しい笑顔で微笑んで包み込んでくれる。

 そしていつもこう言うの、「君は死んじゃいけない。僕が必ず君を幸せにしてあげるから」って。

 そうして、十分に時間が経って私の精神が安定し、再び魔法騎士として働き始めるようになってからも彼とは頻繁に会うようになった。

 最初はただの隣人同士でぎこちない関係だった私たちだけど、少しずつお互いを知り、より親密な関係になっていったわ。


 私が早めに仕事を終え帰宅したある日。


 がちゃり、と玄関の扉の施錠が外される音。

 もし私が猫だったら、その音が聞こえただけで尻尾を振っていたことだろう。


「おかえりなさい。真さん」


 私はトコトコと小走りに玄関へ迎えに行くと。


「ただいま、舞夜」


 私より少し身長が高い真さんが、仕事で少しだけ疲れた顔だけど、柔らかい笑顔を見せてくれる。

 私は背伸びして彼にキスをし、そのまま体重を預ける。

 彼はどこまでも優しくて甘くて、私もそんな彼が好きで、隙を見つけては甘ったるいキスをせがんだ。

 

 ふふっ、まるで甘い蜜を啜る蟲のようね……。スキ。大好き。


「今日は帰ってくるのが早かったんだね。先に帰ってきていてなんだか新鮮だったよ」

「たまにはこんな日も悪くないでしょう。私が頑張ってたら、任務を早く終えることができたの」

「偉いね毎日頑張って……」

「私、頑張ってるかな」

「うん。今日も君のおかげで助けられた人が居たんだろう? それは君にしかできない、とても大切で尊いこと。もっと自分の事を誇っていいんだよ」


 そう彼は言い、ギュッと抱きしめられる。身体の力を全部抜き、彼に全てを委ねる……。

 ああ、生きていて良いんだ私は。いつしか、彼が私の生きる理由になっていた。

 彼が私の存在を肯定してくれる。褒めていくれる。それが生きがいだった。


 ……でも、絶対に私の身体の秘密を知られるわけにはいかない。それだけは絶対に。



 不幸なことに――神様は大人しく見守っていてくれることは無かった――。



 油断していた! そうとした言いようがなかった。迂闊だった。まさかあれを見られるなんて。


 時刻は、朝に遡る。

 いつものように仕事へ行くために身支度をしていた私だったが、ふと時計を見、頭を掻く。

 彼と出会ってから寝つきが良くなり、早く目が覚めるようになってしまっていたせいかしら……時間はまだまだ余裕があるわね。

 私は床に散らかった物を見ると、よしっ! と気合を入れる。

 せっかくの機会だし、今のうちに整理整頓でもしよう。

 私はガサゴソと、物を移動し始める。

 それで、物をひとしきり綺麗に整理し終わった後、再び時計を見る。まだ少しだけ時間がある。

 そうだ――書類。私は書類を雑多に棚へ仕舞っていた事を思い出して、バラバラと棚から書類を出していった。

 夢中になって書類の分類分けをしていると、あっという間に時間は過ぎていった。

 はっとなり、顔を上げると時計の針は随分と先へ進んでいた。ああ!大変、遅刻してしまうわ。

 バクバクと偽りの心臓を鳴らしながら、私は急いで家を出、仕事場へと駆け出した。


 そうして、夕方ごろ。

 

 家へと帰ってきた私が見たものは辺りに散乱する書類と、書類の一部を片手で持ち、神妙な顔をしている彼の姿だった。

 私が手に持っていた今日の夕飯の食料が入ったビニール袋をどさどさと落とした音に彼は気付き、そして目が合う。

 なんだかとても嫌な予感がする。胸騒ぎで鼓動が速くなる。


「ねえ……それ、何見ているの」


 私はおそるおそる聞いてみた。

 彼は戸惑いを隠せない様子で、持っていた二枚の書類をこちらへと向けた。


 ――病院で貰った診断書とレントゲン写真だった。 

 診断書には、私の身体の状態を丁寧に説明した文字が羅列されていた。


 しまった……しまった! 油断した。あまりにもっ! あまりにも迂闊!


 中途半端に書類を出すだけ出して、そのまま家を出ていった私のミスだった。

 まさかこんなことでばれるなんて予想していなかった。

 いや、普段の私なら予想出来ていただろう。彼と……彼があまりにも優しくて安心できてしまうからっ!

 

 こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃ……。

 

 私は顔を引きつらせ、彼に背を向け、玄関の扉を押しのけ、逃げるように走った。いや、逃げた。


「うぅ……うわああああん!!」


 大声で泣きながら。

 嫌われたくない。これ以上傷つきたくない。傷つけたくない。

 涙をボロボロこぼしながら走ったので、視界もほとんど見えず、途中何回も壁や地面と激突する。

 いつのまにかザーザーと雨も降ってきて、雨と涙が私を濡らしていった。

 見知らぬ公園が目の前に見えてくる。そのまま公園を突っ切ろうとすると、手を後ろに引かれた。

 なんだろう、と思って後ろを振り返ると。口を開閉して息を荒げる、彼だった。

 そして腕を掴まれたまま引き込まれ、無言で強く抱きしめられた。


「僕はっ! 君がなんであっても! そんなのは関係ない」


 耳に、脳に大きなその声が響き渡る。彼のその声は、雨音をかき消し私の心へと染み渡る。

 ああ、もうだめだ。この人は本当に……。私の中に溜まっていた感情に穴が開き、全てが溢れだしてくる。


「あああああぁ……! いやだよぉ、嫌われたくないよぉ……、貴方ともっといっじょにいだい……」


 決壊したダムの様に、私は彼に全ての感情をぶつけた。それでも彼はそれを丁寧に受けてめてくれる。

 うんうんと、うなずきながら優しく撫でてくれる。

 私は顔をぐちょぐちょにして泣きまくったら、少しは落ち着いた。

 私と彼は公園のベンチに行き、二人で黙って寄り添った。びしょ濡れになりながら。

 薄暗い月明かりが、彼の横顔をほのかに照らす。決してカッコイイ顔というわけではないけど、彼の真剣な眼差しに私は惹かれていく。

 そうして、次に口を開いたのは彼だった。


「今まで、本当につらかったんだね。僕はついに君の全てを知った気がするよ」

「……」

「勝手に見てしまったのは謝る。でも、僕は全然気にしてないから。むしろ君をもっと知れて嬉しいよ」

「…………」


 どう、言葉を返せばいいか分からなかった。でも、今はそれでもいい気がした。


「帰ろうか。びしょびしょだよ僕たち」

「……うん」


 貴方の秘密と私の秘密。これでおあいこだね……?



 帰る時にはもう、雨もだいぶ小降りになっていた。

 私たちは指と指を絡ませ、手を繋いで坂道を降りていく。

 私が走って擦りむいた膝から黄色の液体が染み出ているのを見て彼はこう言う。


「本当に人間じゃないんだね」

「……そうだよ。傷も直ぐに治ってしまうの。気持ち悪いでしょ」

「そんなことは無いよ。もし君が僕の事を信じてないなら……」

「信じてないなら?」

「今日の夜、僕の部屋に来て。玄関扉は開けておくから」



 ――夜。私は寝巻の姿のまま家を出る。

 さわやかな風が心地良い、もう止んだけどまだ雨の匂いがする。

 マンションの通路を通り、彼の部屋へと繋がる玄関扉の前へ立つ。もう、我慢できない。私も、そして彼も。


 今度は貴方の秘密、教えてもらうから。


 私はこれから起きることを想像してか、高まってしまった興奮を抑えながら、そっと扉を引いた。

 彼の匂いがする……。玄関で靴を脱ぎ、奥へと進むと、彼はラフな格好でベッドに腰掛けていた。


「来てくれたんだね。ありがとう」


 いつも通りの優しい笑顔だった。


「もう我慢できないの。貴方もそうなんでしょう?」

「否定はしない。でもそれだけ僕が君の事を好きだって事を伝えたいんだ」


 私が彼の隣に腰掛けると、そのまま優しく押し倒され熱いキスを受ける。

 頬に、おでこに、そして――唇に。

 そうして、今度は私が彼を押し倒した。


「ねえ真さん。私知ってるの。貴方の秘密」

「?何をだい」


「――貴方に彼女が居ること」


 私の嗅覚は鋭い。初めて出会ったその時から、彼の身体から私以外の女の匂いがすることは知っていた。

 私の秘密を知ったお返しよ。


「そうだね、僕には彼女が居るよ」


 彼は何の躊躇いもなく即答する。

 ああ、やっぱりそういう風に答えるとは思っていた。彼は嘘をついたりすることは無い。

 だって悪いことだとは自覚していないもの。自分勝手。


「最低ね。浮気なんて」

「君を救いたくて。人に優しくすることは悪いことじゃないだろ?」

「貴方のそういう優しい所、大好きで大嫌い」


 ああ、もうだめだ。やはり我慢ができない。

 私は彼の首を両手で掴み、徐々に締め上げていく。殺したい……殺戮の衝動が抑えられない。

 嬉しそうに首をギリギリと締め上げられているのに、彼は最後まで優しい笑顔のままで、こう言った。


「君がそれで救われるなら、いいよ」


 彼の生存本能は、何とか苦しみから逃れようと身体を暴れさせるが。目の前に居るのは人外だ。

 いくら暴れようとも、爪で引っ掻こうとも私は動じなかった。

 私は殺意を全て、彼へとぶつけた。


「はあはあ……」


 それ以降彼はもう二度と喋りだすことは無かった。愚かな人。ああやって誰にでも優しくしてきたのだろう。

 彼女にも私にも平等に。自分を犠牲にして――偽善者。

 でも、もう彼は私だけのものだ。見知らぬ女のモノじゃない。

 彼は白目を剥いて、酷い形相をしていた。でも、それも愛らしくて。

 ああ、お腹が熱い。蟲達の狙いはやはり。


「うっ……くぅ!はあぁん」


 私のお腹から飛び出したのは管だった。これの正体は本能でわかる。

 私は管の先端を死体になった彼のお腹に突き刺すと、ぐっと力を入れた。

 ぐぎゅるると、音が鳴って何かの液体が管を通って彼の体内へと注入されていく。

 そして、さらに私のお腹がぼこぼこ隆起したかと思うと、管に卵が流れ込み彼の体内へと産み付けられていった。

 私は快感に打ち震えながら、ポコポコと卵を送り出していく。

 卵を産み付け終わって、満足した私は徐々に冷たくなってゆく死体の彼に寝そべり抱き着き、耳元で囁く。


「これでずっと一緒に居られるね?」



 私は、卵から生まれてくる蟲を彼のように愛するだろう。



「ただいまお母さま。家出なんてしてごめんなさい」

「舞夜……いいのよ。帰ってきてくれて嬉しいわ」


 静条舞夜は実家に帰ってきていた。

 そこは静条家の館で、いかにも豪華そうな玄関の前で母と娘は再会を果たした。


「ねえ、お母さま。お父様はどこ?」

「あら、お父様は今は居ないわ。今頃社交ダンスでも踊っているんじゃないかしら」

「そう……。ねえ、私も今から行ってもいい?」

「まあ!」


 舞夜の発言は母親をとても驚かせた。お嬢様のように扱われるのが嫌な舞夜が、自ら進んで、社交界へ行くだなんて。


「もちろんですわ、早速支度をしましょう」


 母親はそう言って舞夜を連れて、急いで館へと向かうのだった。背後で不敵な笑みを浮かべている娘の正体も知らずに――。



 舞夜の蟲繁殖計画は始まったばかりだった。

どうでしたでしょうか……?良ければ感想などを頂けると幸いです。

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