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婚約破棄の裏側

あああ……誤字脱字、すみませんでした。

そして、教えて頂き、ありがとうございます。


今回は主人公出てきません!

あと、私は今、恋愛小説を書いているんですよね……?

あれ、恋愛…………レンアイッテナンダッケ?


「どうしてなのよ……! 今回は順調にいってたのにっ!!」


 もう少しだった。もう少しだったのだ。

 女は足元に転がる騎士達を憎たらしげに睨み付け、ドスドス、と足蹴にする。

 いくら踏み付けようとも収まる様子のないイラつきに、女は般若のように顔の全てを歪ませた。


「クソ! クソクソクソクソクソクソクソクソクソ、クソオオオオォォォォォォォオッッ!!」


 思い出すだけで女の腸は煮え返る。行き場のない不快感を騎士にぶつけ、女の目にはもはや、何もかもが映っていなかった。


「ぉ……お母、さま……?」


 それ故、暗闇の端で縮こまって震える少女、ルシカのこともルシカの声がするまで、すっかり忘れ去っていた。

 忘れられていた方が、ルシカにとっては都合が良いというのに、頭の足りない、これまで周囲に甘やかされていたルシカにそんなことが分かるはずもない。

 ルシカに呼ばれた女は醜いその顔で騎士からルシカへと目を動かした。


「全部、全部全部全部全部っ! あんたのせいよ?! あんたがさっさとあの女を殺さなかったせいよ!!」

「ヒィッ!」


 女の目に宿るものは嫌悪、憎しみ、怒り、怒り、怒り、怒り。生まれてこの方、そんな目に晒されたこともないルシカには到底、耐えられるものではなかった。目の前にいる女性が本当に自分のあの優しかった母なのか、不思議に思うことすら、今のルシカには余裕がない。


「何のためにあんたを育てたと思ってんの?!」


 もはや、ルシカの頭は何をどう処理すればいいのか分からず、ただただ、いつもの通りに「お、お母様ぁ……」と甘い声で縋った。

 目の前の女が自分の母親ではない、と本能が告げているにも拘らず。


「気持ち悪いっ! わたくしはあんたの母親じゃないわよ!」

「え……」

「そう、そうよ?! あんたの母親はねえ、わたくしにとっくの昔に殺されてるわよ。全く使えない女だったわあ、あんたと同じで」


 ニタニタ、とルシカの顔に自分の顔を近付け、目を細める。

 女から告げられた真実はルシカにとってはこの世の終わりと同等に衝撃的で、ルシカは女に対する恨み言よりも、自分のこれまでの行いへの後悔で胸が張り裂けそうだった。


「…………そ、そんな……ど、して…………」


 そうだと知っていたら、女を信頼していなかった。ティスロナを虐めていなかった。第一王子になんて近付いていなかった。こんな、間違いを犯すこともなかった。

 もしの話を思い浮かべるのは簡単で、もし、もし――、と想像せずにはいられなかった。その間にも、次々と走馬灯のように過去はルシカの目の前を通り過ぎていき、ルシカの自由を奪う。懺悔しようにも、既に遅い。全てが遅い。ああ。ルシカの口から言葉にもならない声が漏れ出す。もう、何もルシカの頭には届かない。


「どうして? そんなの、あの憎たらしい聖女を殺すために決まってるでしょ。本当ならわたくしが聖女になるはずだった……なるはずだったのに! あの女がぜぇんぶ奪っていったのよ! あの日からわたくしの人生は狂った!! だから、あの女だけじゃない。あの女の子供も絶望の底に落すと誓ったのよ! なのにあんたが――!」

「ふーん、なるほど、そうだったんですね」

「誰っ?!」


 突然の予兆なき乱入者に女は肩を揺らし、声のした方に振り向いた。


「ぼくし……?」


 そこには、暗闇から姿を現した、教会でよく見かける黒服に身を包み、赤目だけを妖艶に光らせ、笑みを浮かべる青年が立っていた。紛うことなき、青年は牧師である。

 なぜこんな所に、という疑問が残るものの、すぐに女はピーン、と眉を動かした。


「ど、うして…………っ、いいえ! 牧師様、良いところに! あちらで白髪の女を聖女だと吹聴している輩がいるんですの。わたくし……そいつらに無実の罪で捕まえられてしまって……」


 か弱く、庇護欲を唆るようにして、女は牧師に媚びる。

 牧師は人当たりの良い笑顔を浮かべ、口を閉ざしたまま黙りこくっている。


「助けて頂けます? 牧師様」


 そう言って、女は自慢の巨乳を強調しつつ、牧師の胸元に飛び込もうと、腕を伸ばした。刹那、ザシュッ、という鈍い音がして、女と牧師の間にあった手がなくなる。

 女が理解したのはそれから数秒後のことだった。


「……え…………え。き、きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 腕! わたくしの、腕があ……!! いた、いたいぃぃぃぃぃっ!」


 ボトリ、と床に落ちたのは何だったのか。わざわざ特筆すべきことではないだろう。


「申し訳ありません、あまりにも不快だったもので。あと、黙って頂けますか? こちらに人がやって来るのは少々面倒ですので」


 淡々と、まるで説明するように紡ぐ牧師の表情は現れた時から変わらぬ微笑みだけ。目の奥に映るものは何もなく、作っているのか、慈しんでいるのか、はたまた憤っているのか、しかし、どうしてか、女はこれ以上に恐怖したことはないように思えて仕方がない。得体の知れない何かを感じさせる牧師は、好青年という見た目からは想像できないほど畏怖の対象であった。

 腰が抜け、床に力なく座り込む女の顔は真っ青だ。


「な、ななな……ぼっ、牧師がこんなことしても良いと思っているの?! わたくしには聖女の素質があるのよ??! 神に逆らっても良いと――」

「ああ。すみません。残念なことに、俺、神のことは信じていないんですよ」


 またしても、女の思考は止むなく中断した。

 牧師が無神論者とはどういうことだ、ということではない。この、聖女や吸血鬼が存在するこの時代に、まさか神を信じない者がいるとは思わないに決まっている。それが牧師であれば尚更。


「は……はあ?!」

「いえ、神の存在は否定しませんよ? ただ、神のことを信用していないんですよ。嫌いですし、更に言えば憎んでますし」


 更に理解不能だ。


「なっ…………あ、あんた……牧師でしょう。なのに……」

「ええ。牧師ですよ? 少々、特別ですけど」


 丁度その時、図ったかのように廊下の奥から風が吹き、はだけさせた牧師の襟元の隙間から、首に書かれた刺青が女の目に飛び込んできた。

 その刺青は誰もが幼少期に何度も読んだ伝承に出て来る、人類の守護者であり、英雄の象徴とされる黒蝶の文様。

 たったそれだけ。されど、女を絶望のどん底にまで落とすには十分すぎるものであった。


「まさか…………まさかまさかまさかまさかあああぁ!!」

「ん? 知っているんですか?」

「い、いえ……そんな、はずないわ…………だっ、て……あれはあくまで伝承で……存在するわけが……」


 そう。あくまでも、伝承は伝承。先人の脚色がほとんどの物語だ。現実に存在することなどありはしない――――と、一般には考えられてきた。


「存在しますよ? 実際に」

「っ! ほ、ほんとに……? タナ、トスが……?」


 にっこり、と牧師の笑みが深くなる。


「……で、ででも! タナトスは吸血鬼しか殺さないんじゃ――」

「いいえ。違いますよ。吸血鬼と聖女の誕生でも思いましたが、本当に、この世に流れる伝承には事実が欠けていますね……」


 『タナトス』

 その名を知らない者はいない。だが、それが現実に存在していることを知っている者は少ない。教会の裏の顔とまで呼ばれている組織のことだ。元来、教会はどこの国にも属さず、世界の秩序を保ち続けている。信仰の力を使って。しかし、それだけでは秩序を保つことは不可能だった。そしていつしか、処刑専門の裏組織が誕生したのだ。組織、と言っても、タナトスに所属する者は少なく、また、腹に一物を抱える者が多く、司祭であっても彼らを統率することはできなかった。それが今では、教会までもを監視し、時には処刑することも珍しくない。そんな彼らの身体のどこかには死を象徴する黒蝶の刺青があり、その上には序列番号が刻みつけられている。

 これら全てを知る者は限られており、タナトスが誕生した当時は吸血鬼が主な処刑対象であったこともあり、女のように勘違いしている者も多い。


「だ、だったら! あっち! あっちで白髪の女を聖女だって言ってる奴らを――」

「いいえ? 彼女は本物の聖女ですよ。何せ、白髪の聖女は聖女にとって頂点に位置する存在ですからね。決して人が到達できない、いや、到達してはいけない領域にまで至った人ですから。そして、これまでそこに至った人は聖女の始祖だけでした……」

「…………あれが……聖女にとって……頂点……」


 女はどこかショックを受けたような、納得したような、何とも言えない表情をした。

 それとも、牧師の初めて見せた感情に唖然としているのか。


「はい。あれこそが究極の自己犠牲の末に辿り着く極地。…………ま。俺にとっての聖女はたった一人、セーティしかいませんが」


 流れるように、下手したらつい聞き流してしまいそうになった牧師の発言に目を剥いて、徐に牧師の整った顔を正視した。


「…………あの女、も……聖女だと……?」


 あの女、とはセーティのことである。二ヶ月くらい前からほとんど毎日届く手紙の一部に書いてあった名前だったため、今日初めて会ったというのに、名前も顔もはっきりと憶えている。


「はい、そうですよ? 髪色も白金だったでしょう?」


 そういえば、そうであった。

 ティスロナが聖女ということに注目しすぎて、セーティのことにまで頭が回っていなかったのだ。今も牧師に白金、と言われてやっと思い至った程度でしかない。

 手を伏せ、記憶を探る女を見つめ、牧師は弧を描いていた口を下げる。


「まあ、どうせこれから俺に殺される貴女に関係のない話ですけど?」

「っ!! ちょ、ちょっと待ちなさいよ! わたくしが何をしたって言うのよ!」


 牧師の纏う空気が変化したことに咄嗟に青ざめ、女は後退りをした。


「いいえ、まだ、何も?」

「は、あ?」

「ですが、このまま放っておくことはできないんですよ。聖女の素質がある貴女が吸血鬼に完全になってしまうと、少々困ることがありますから。ね、ネズミさん?」


 また、牧師が微笑んだ。

 女は直感した。これは偽りの微笑みである、と。そう思わざるを得なかった。

 相変わらず、牧師の目からは何も感じない。つまり、この期に及んで、牧師は女に興味を示していないのだ。セーティはまだ冷笑やら呆れが含まれていたが、牧師は違っている。まるで、お前は無力だ、と突きつけられているかのような感覚に陥る。

 詰まる息を無理矢理吸い込み、強がりと共に吐き出す。


「吸血鬼?! 何でよ! わたくしは聖女よ?! 吸血鬼になんてならないわ!」

「いいえ。確かに、聖女から吸血鬼になることは珍しいですが、前例がないことはありません。それに…………貴女は聖女の始祖がどうやって村から逃げ出したか、知っていますか?」


 なぜここでその話を、とは言えまい。

 牧師の前で許されているのは、返答だけ。それ以上でも、それ以下でもない。


「……そんなの、未だ謎のまま――」

「吸血鬼になったんですよ」


 は、と女は声ではなく、息を吐き出した。言いたかった。何を言っているんだ、と。聖女が吸血鬼など、有り得ないことである、と。

 聖女と吸血鬼は対になる存在。同じなわけがない。それが、この時代の当たり前だった。

 しかし、牧師から告げられる真実は全く異なる。


「聖女の始祖とはすなわち、吸血鬼の始祖でもあるんです。聖女の始祖の髪は白かったらしいんですが、吸血鬼になった途端、黒く変色してしまったんですよ。それから、聖女であり、吸血鬼でもある始祖の髪色は黒髪の色素が薄まった、茶髪になり、転生を繰り返す始祖はその度に色素を失い、今では白金になりました」

「な……何を、言って――――白金?」


 はた、と女は立ち止まった。


「そう。貴女があの女呼ばわりしたセーティの髪色も白金です。しかも、ただの白金ではなく、聖女特有の光沢を持った白金です」


 牧師が何を言いたいのか、言われずとも簡単に分かることだ。それと同様に、信じられないことであった。

 女の目が牧師を真っ直ぐ見つめた。無意識であろう、その行動は女の心情を雄弁に牧師に伝えてくる。有り得ない、まさか、そんな。女から聞こえてくるようだった。

 牧師の口元もニヤリ、と歪んだ。

 今度は偽りのものではない。気の良いものではない。


「気付きました? セーティこそが始祖の転生体なんですよ」


 愛おしそうに牧師は夜会が行われている方を眺めた。


「――ああ、話しすぎましたね。この話、実は皇帝も知らないんですよ。良かったですね、そんな貴重な話を最期に聞けて」


 甘い笑みから、牧師は感情のない笑みを浮かべる。

 それが女には処刑執行の合図のように見えた。


「ヒッ…………い、いや……いやああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」


 どこから取り出したのか、牧師は大鎌を持ち上げると、無慈悲に、残酷に、まさに死神の如き冷酷さで、女の首を刈り取った。ゴロ、と床に転がる頭と胴体を牧師は冷めた目で一瞥し、その背後でいつの間にか気絶しているルシカを流し目で確かめ、牧師は踵を返した。

 牧師のタナトスとしての仕事はこれで終わった。

 コツコツ、と一つの牧師の足音が響く暗闇の中で、牧師は口調を素に戻して呟いた。


「…………そう。だから、セーティは、かつて(前世)の俺の恋人なんだよ」


 牧師――フィロもまた、セーティと同じく神によって幾度も転生させられている、転生体であった。それを知るのはセーティだけであった。

 かつての記憶は決して明るいものとは言えなかった。脳裏に刻まれた前世を胸に、フィロは今世こそは、と暗闇に覆われながらも、光の待つ方向へと歩んで行く。

 例え光に触れることを許されていなくとも、この思いは消えはしない。




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