母と兄弟
「兄上ーーー!!降りてきてよ!!」
「嫌だ!それよりも、お前がここまで来いよ!」
「だって、僕には無理だもん!!」
「そんな事言わず、頑張って来い!」
そんな二人の男の子の声が、暖かい日差しを受けた城内にある中庭にこだましていたのだ。
その中庭には背の高い大きな木がいくつも植えられており、その木の根元で一人の男の子が半べそをかきながら木の上を見上げていた。
その半べそをかいている男の子は、6歳ぐらいの男の子でサラサラの銀髪に涙で潤んだ金色の瞳をしたとても綺麗な子供。
そしてその男の子が見上げている先には、木の中腹付近の枝に立ち幹に手をついてその男の子を険しい表情で見下ろしている男の子がいたのだ。
その男の子は10歳ぐらいの男の子で、青い髪に紫色の瞳をしたこちらもとても綺麗な子供だった。
そして下にいる子が上の子を『兄上』と呼んだように、その二人の顔立ちが良く似ている事から、血を分けた兄弟である事が伺い知れたのだ。
「ライザ、お前が早く来ないから先に頂上行くぞ!」
「ああ!!リューイ兄上!!」
リューイと呼ばれた男の子は、下で叫んでいる弟のライザを無視し上を見上げて一気に跳躍する。
すると一気に高く飛び上がり、あっという間に木の頂上に到着したのだ。
そしてリューイはその頂上からの眺めを確かめるように、目の上に手を添えて遠くの景色を眺めだした。
「ライザ、ここ凄くいい眺めだぞ?早くお前も来いよ!」
そうリューイは下にいるライザに景色を眺めながら声を掛けたのだが、その弟からの返事が全く返って来なかったのだ。
その事にリューイは不思議に思い、ライザがいるはずの地面を見下ろした。
しかしそこには、さっきまで泣きべそをかいていたライザの姿が無かったのである。
「あれ?もしかして城内に戻ったのかな?」
そうリューイは思いさすがにやり過ぎたかなと、申し訳無い表情で今までライザがいた場所を見つめていたその時ーー。
「・・・リューイ」
そんな明らかに怒りを滲ませている声が、リューイの近くから聞こえたのだ。
その声にリューイは驚きながら慌てて声のした方に振り向くと、そこには泣き顔のライザを片腕に抱きながらもう片方の手を腰に当て、そして目をつり上げながら宙に浮いているサラがいたのだった。
◆◆◆◆◆
─────サラの私室にて。
私は今、陽当たりの良い窓辺で椅子に座りながら編み物をしている。
ジークと結婚してから数年が経ち、その間にジークが王位を継いで私も王妃となったのだ。
そうして王妃としてジークを支え、時には支えられながら慌ただしい日々を過ごしていったのだった。
「う~ん!今日もいい天気!」
私はそう窓から外の景色を眺め、編み物の手を止めてその暖かな日差しを感じていたのだ。
しかしその時、外から聞き覚えのある男の子達の声が聞こえてきた。
私はその様子を見る為、編み物を近くのテーブルに置くと椅子から立ち上り、部屋から続いているバルコニーに出る。
そして手摺まで近付くと、その声の主を探してキョロキョロと下を覗き見たのだ。
するそこには、地面で泣きべそをかいている男の子と木の枝に立って下を見ている男の子の姿が目に入った。
「・・・はぁ~あの子達はまた・・・」
そう私はその男の子達の様子を見ながらため息を吐き、そして目を閉じ意識を集中して足に風の魔法を掛けると、バルコニーからゆっくり宙に浮きその男の子達の下に向かって飛んでいったのだ。
◆◆◆◆◆
「お、お母様!!」
「リューイ、あなた何弟を苛めているの!」
「い、苛めて無いよ!ただ早くライザにも、跳躍の魔法を使えるようになって欲しかっただけだよ・・・」
リューイは、段々声を小さくさせながら私に言ってきた。
「・・・はぁ~まだライザは小さいのよ?この年では上手く魔法が使えないんだから、リューイのように跳躍魔法はまだ無理なの」
「だけど!!」
「リューイが早くライザと一緒に、跳躍魔法で遊びたい気持ちは分かるけど、無理に使わせて怪我させたらどうするの?」
「うっ・・・それは・・・」
「大丈夫よ。ライザもすぐに、跳躍魔法が使えて一緒に遊べるようになるから」
「・・・本当に僕も兄上みたいに跳べる?」
「ええ、大丈夫よ」
私達の会話を聞いていたライザが、私の服を掴んだまま潤んだ瞳で聞いてきたので、私はそのライザに安心させるように微笑んで頷いたのだ。
この二人の男の子は、私とジークの子供でありこのアルカディア王国の王子である。
そして私の子である二人の王子は、他の人より多くの魔力をその身に宿して生まれてきた。
その為、他の人にはまともに使えない跳躍の魔法を難無く使う事が出来るのだ。
「・・・俺も、お母様のように飛べるようになりたい」
「う~ん、それはさすがに無理みたい」
「何で!!」
「だって・・・私程魔力が膨大にある訳じゃ無いからね」
そうなのである。確かに二人の魔力は多くあるのだが、さすがに飛行魔法を使える程の魔力は無かったのであった。
「お母様ずるい・・・」
「ずるいと言われてもね・・・それよりも、そろそろ危ないから降りなさい」
「え~!もう少しだけここに・・・うわぁ!!」
「リューイ!!」
膨れっ面で顔を反らそうとしたリューイは、乗っていた枝から足を滑らせそのまま地面に向かって落ちしまったのだ。
私はすぐにライザを強く抱えながら、急加速でリューイを追い掛けて下降した。
そして地面にリューイが激突する前に、なんとかそのリューイの体を掴み腕に抱きかかえる事が出来たのである。
そうして私は両腕に息子を抱えた状態でゆっくりと地面まで降り、地に足を付けてから息子達を地面に下ろしたのだ。
「リューイ、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ・・・お母様ありがとう」
私が心配そうにリューイの顔を覗き込むと、リューイはまだ目を見開いた状態のままコクコクと頭を縦に振って、無事な事をアピールしながらお礼を言ってきた。
その様子にホッとすると、すぐに私は眉をつり上げながら腰に両手を当てて仁王立ちをする。
「だから危ないと言ったでしょ!」
「うっ・・・」
「今回は私がいたから良かったものの・・・もしいなかったら、怪我だけじゃ済まなかったのよ!場合に因っては、ライザまで巻き込んでいたかもしれないからね!!」
「っ・・・ご、ごめんなさい」
「分かればよろしい!でも当分の間、リューイは跳躍魔法の使用は禁止よ」
「ええ!!」
「文句は受け付けません!」
「そんな~!!」
「これに懲りて、もう危ない事はしないように!」
「うう・・・は~い」
私の言葉に、リューイはガックリとうなだれながら力無く返事を返した。
そしてそのリューイを、心配そうな表情でライザが寄り添う。
そんな二人を見て少し言い過ぎたかなと思いながらも、とりあえずこれだけ言っておけば暫くは大丈夫だろうと思ったのだった。
「・・・サ~ラ~!」
「ひっ!!」
突然後ろから私の名前を地を這うような声で呼ばれ、私は肩をビクッとさせながら恐る恐る後ろを振り返る。
するとそこには、眉間に皺を寄せ腕を胸の前で組ながら鋭い眼差しを私に向けているジークが立っていたのだ。
「ジ、ジーク・・・」
「サラ・・・君はこんな所で何をしているんだ」
「何って、息子に説教を・・・」
「・・・説教なら、俺が君にしたいよ」
「うっ!」
「丁度仕事が一段落付いたから、サラの様子を見に部屋に行ったのに君の姿はそこには無く、そしてバルコニーに通じる扉が開いていたからすぐに外へ出てみれば、君はリューイを追って急降下していた所だった。・・・そんな君を見て、俺の心臓は止まるかと思ったよ。サラこそ危ない事をしないように!」
「うう・・・ご、ごめんなさい」
「・・・君の体は、今はサラ一人の命だけじゃ無いんだよ!」
そう言ってジークは、私の顔から視線を下にずらし私のお腹辺りをじっと見つめてきた。
私もその視線を追って自分のお腹を見る。
するとそこには、スイカ一個分ぐらい大きくなった私のお腹があったのだ。
そう私のお腹には、もういつ産まれてもおかしくない程に成長した赤ちゃんがいるのである。
私はその自分のお腹を擦り、小さくごめんねと呟いたのだ。
そうしてジークは私から視線を外し、今度はリューイとライザの方を見る。
「それからリューイにライザ、もうすぐお前達に弟か妹が産まれるんだ。もっとしっかりとしないといけないよ」
「・・・はい。お父様」
「・・・僕に弟か妹が出来るの?」
「そうだよライザ。お前ももうすぐお兄ちゃんになるんだ、立派にその子を守れるようにならないとな」
「・・・うん!僕、立派なお兄ちゃんになる!!」
そうライザが真面目な顔で決意を口にしていたので、私はそれを微笑ましく見守っていた。
するとその時、突然お腹に激痛が走ったのだ。
「っ!!」
「サラ!!」
「「お母様!!」」
私が痛みでその場にうずくまると、ジーク達が慌てた様子で私に駆け寄ってきた。
「サラ!大丈夫か!?」
「だ、大丈夫・・・と言うか・・・じ、陣痛がきたみたい」
「何だって!?」
「っう!!」
「サラ!!」
そのお腹の痛みに私が苦悶の表情を浮かべると、ジークは焦った表情で私を横抱きに抱き上げたのだ。
そしてすぐに踵を返し、急いで城内に向かって駆け出した。
その私達の後ろを、リューイとライザが手を繋いで不安そうな顔のまま追い掛けてくる。
「サラ!部屋に連れていったら、すぐに助産婦を呼んでくるからな!!」
「う、うん。よろしく・・・」
私は苦痛に耐えながらそう答え、額に汗をかきながらジークの胸に顔を預けたのだった。
◆◆◆◆◆
王妃が産気付いたと言う事で、城内は一気に慌ただしくなったのだ。
そしてその城内にある王妃の部屋の固く閉ざされた扉の前を、ジークが落ち着き無くウロウロと歩き回っていた。
そんなジークを不安そうに見つめながら、リューイはしっかりとライザの手を握りしめる。
「・・・ねえ兄上、お母様・・・死んじゃうの?」
「そんな事は無い!・・・はずだよ・・・」
キッパリと言い切ろうとしたリューイも、先程見たサラの苦痛の表情を思い出しどんどん不安になってきた。
するとそんなリューイの様子を見て、ライザの目が潤みだしたのだ。
「・・・大丈夫だ。お前達の母は強いからな。信じて待ってあげなさい」
ジークはそう言って、二人に笑い掛けたのだった。
するとその時、部屋の中から元気な赤ちゃんの鳴き声が扉の外まで聞こえてきたのだ。
「生まれたか!!」
その赤ちゃんの鳴き声を聞き、ジークはハッとした表情でまだ閉じられている扉を見る。
するとその扉がゆっくりと開き、そこから助産婦の老婆が顔を出してきた。
「ジークフリード様、無事にお生まれになられましたよ。元気な女の子です」
「おお!姫か!!それで・・・サラは?」
「はい、王妃様もご無事ですよ。産後で少し疲れていらっしゃいますが、お会いできます。さあ中にどうぞ」
そう助産婦に促され、ジーク達は部屋の中に入って行ったのだ。
◆◆◆◆◆
私は産後の疲れで、ベッドにぐったりと体を預けていた。
「サラ様、お疲れ様です!」
「ありがとう、アンナ」
「それにしても、この子はサラ様によく似ていてとても可愛らしいです!」
「そう言って貰えて嬉しい。でもその子、私のお腹の中にいた時からよく暴れていたから・・・きっとお転婆な子に育ちそうね」
「そうですね。お生まれになられた時の産声も、二人の王子様より一番大きかったですもの」
「ふふ、産んだ私もちょっとビックリしたからね」
そう言って私は、アンナに抱かれスヤスヤと寝ている我が子を微笑んで見つめたのだ。
するとその時、ジークがリューイとライザを連れて部屋に入ってきた。
そして三人は、すぐに私の下までやって来る。
「サラ・・・お疲れ様」
「ありがとう、ジーク」
「お母様大丈夫!?」
「お母様・・・死なないよね?」
「ふふ、リューイにライザ、心配してくれてありがとうね。私は大丈夫よ。それにあなた達を、立派に育て上げるまで死んでなんかいられないから!」
そう私は元気良く言い、二人を安心させるように微笑んだのだ。
「・・・その子が、今生まれた子だね」
「ええそうよ。名前は・・・女の子だった場合予め決めておいた、マリベルで良いかな?」
「ああ構わない。うん、マリベル・・・この子に良く似合っているね」
ジークはそう言い、アンナに抱かれているマリベルを笑顔で見つめた。
「ねえねえアンナ、その子が俺達の妹?」
「ええそうですよ」
アンナはリューイ達に見えるようにその場でしゃがみ、腕の中で眠るマリベルを二人に見せたのだ。
「うわぁ~!!可愛い!!僕、この子のお兄ちゃんになったんだ!!」
「ふふ、お兄様になられたライザ様が、しっかりとマリベル様を守って下さいね」
「うん!!」
「それにしてもこの子・・・マリベルはお母様と同じ銀髪なんだね」
「そうですよリューイ様。さらに今は開いていませんが、瞳はサラ様と同じ紫色でしたよ」
「へぇ~!!早く直接見たいな~!!」
「すぐに、いつでも見られるようになりますよ」
そう言ってアンナは、リューイにニッコリと微笑んだのだ。
「ねえねえアンナ・・・俺もマリベルを抱いてみたいんだけど・・・」
「僕も抱いてみたい!」
「それは・・・」
リューイとライザのお願いに、アンナが困った表情で私を見てきたので私は笑顔で頷いた。
「構わないわ。でも危ないから、ソファに座って抱かせてあげてね」
「畏まりました」
そうして三人はベッドの近くから離れ、大きめのゆったりとしたソファに腰を下ろすと、アンナに支えられながらマリベルをリューイとライザが抱いたのだ。
その様子をベッドから微笑ましく見つめていると、ジークがベッドに腰掛けて私の肩を優しく抱いてくる。
そして私はそのジークの胸に体を預け、ジークの体温を背中に感じていたのだ。
「ジーク・・・私、凄く幸せだよ」
「ああ、俺も幸せだ」
そう私達はソファで笑顔になっている我が子達を見つめ、幸せな気分に浸っていたのだった。