103 :// 激嵐の日 -6-
「……これでヨシ。早く見つけてくれればいいんだけど」
通信を終えて、クロアは今まで背を向けていたルミナディア方面に向き直る。
「嵐の目は今頃ルミナディア付近か……」
ここから戻るにも時間が掛かる。
ルジィをこちらに呼ぶ方がよかったかもしれない、と考えた矢先。
「クロア!」
「バーチィール?」
背後から掛けられた声に振り返ると、返り血に濡れたバーチィールが斧槍を抱えてまっすぐ駆けてきた。
「アタシも行くよ!」
「でも、それだとこっちの戦線が……」
「あんた、その足でノロノロ走っていく気かい?」
確かに、足があるのは助かるけれど。
未だに増え続ける魔獣を考えると、素直に頷けない。
逡巡するクロアを見て、バーチィールがゆっくりと溜息を吐いた。
「……クロア。アタシはキィ一族の長さね。長ってのは家族みんなを護るモンだ」
「うん?」
バーチィールは、バチンとクロアの両肩を握った。
「クロアももう、アタシらの家族だろ? 護らせておくれよ」
「バーチィール……」
真摯な眼差しに、頷くしかなかった。
「わかった。一緒に行こう」
「ああ。乗んな!」
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「みんな無事なのかしら……」
「オルウェン、もう座りなよ」
「だってェ! じっとしてられないのよォ!」
シグが言うが、オルウェンはうろうろと歩きまわるのをやめない。
引き続きうろうろと評議会の広間をさまよい始めた。
ルミナディアでは、戦闘員以外全員が評議会の広間に集まった。
設計時点で避難所を想定していたらしいので広さもあり、光るニャスタとクロアが用意した非常食により快適に過ごせている。
「なぁ、ホントにすげー雨降ってんのか? オレ見に行きたい」
「バカ野郎。そう言うヤツは大体帰ってこねーんだよ」
「イッテー!」
「お兄ちゃんたら、静かにしてよね」
バリランに殴られ、ラーシスが頭を抱えて転がる。
落ち着かないのはオルウェンだけではない。
「おなかすいたー」
「つまんないー」
「くらいー」
「もうちょっとの辛抱だから。クロアがきっとなんとかしてくれるわ」
母親のネェガが宥めるが、ルミナディアで最も幼い三つ子は今にも爆発しそうで危険だ。
いつも通りの光景ではあるのだが、やはり誰もが心配でそわそわとしている。
ただでさえ慣れない環境にはストレスを感じるものなのに、そもそも“避難”という概念がない人々なので、当然といえば当然である。
「……仕方ないな」
誰もが落ち着かない様子をみて、バーチャームが決心したように立ち上がった。
「なぁに、バーチャーム」
「何よ、何かするのォ?」
「こんなこともあろうかと、持ってきておいて正解だったよ」
バーチャームがさりげなく出したものは、円形の板と、木で出来た矢のようなもの。
「———ダーツやろう!」
その一言に、まばらに人が集まり始めた。
「なにそれ?」
「ダーツ?」
「クロアの考えてくれた遊びだよ。ルールは———」
子供たちをメインに人を集め、遊び方を説明するバーチャーム。
話を聞いた大人たちも興味がそそられたようだ。
そんな彼らの様子を横目に、ベルガミュアは角膜ディスプレイに視線を戻す。
スタンピード最前線の様子も、そこから離脱したクロアたちの様子も、実は全て見ていた。
しかし誰にも聞かれていないので、誰にも状況は伝えていない。
「………………はぁ……」
ダーツに注目が集まる今なら、面倒が少なくちょうどいい。
ベルガミュアはただ一人溜息を吐いて立ち上がると、評議会の広間から出ていった。
■□
「あそこが境界かも」
「突っ込むよ!」
バーチィールの背にのって嵐の目へ駆けていくと、明らかに黒ずんだ空気のようなものが見えた。
おそらくそこが、嵐とそうでない場所の境目だ。
速度を落とさず、突っ込んでいくと。
「ばばばばばばばばばばば」
「ぶぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
頭と背中が痛い。
信じれないほど大きな雨粒が重力に乗ってボコボコと殴ってきた。
バーチィールが一度踵を返し、嵐から外れる。
「なに今の!?」
「本当にバカみたいな嵐だねェ……。このままじゃアダドを探すどころじゃないよ!」
「傘なんて用意する時間も……」
うーん、と唸って考える。
魔術で何か出来るか、それともルミナディアへ傘でも取りに行くか。
しかし傘なんて差しながら戦える気がしない。
氷の魔術でなんとかするしかないのか。
思考がどん詰まった、その時。
『想定通りですね』
この場にいない、ベルガミュアの声。
「ベルガ?」
気付いたら知らぬ間に、音声のみの通信が開かれている。
『魔術式を転送しておきました。認識魔術で使用してみてください』
「え? いつの間に」
魔導ディスプレイにファイル転送が通知されて、開く。
なかなか入り組んだ魔術式をコピーして、自分の認識魔術の記述モードを起動してペースト。
「実行」
ベルガミュアの魔術式を起動させると、クロアとバーチィールの頭上に笠のようなものが現れた。
「なんだいこりゃあ!?」
「えっ、人に?」
頭に触れない、氷の笠。
少々視界を阻む上に時折解けた雫が落ちるものの、これならあの桁違いの大雨の中を行ける。
「どーやって……」
『IDを座標にしています。だから多少動いても常に頭上からズレないはずです』
つい漏らした疑問に、ベルガミュアが律儀に答えてくれる。
『本来魔導具として使わなければマナ過剰使用で倒れますが、クロアの馬鹿みたいなマナ量なら常時稼働させても問題ないでしょう』
「なんかトゲあるぅ」
『あとクロア』
いつも声まで無表情なベルガミュアだが、微妙な差異はあるのだ。
少し恐怖を感じていると、すかさず言葉のナイフがクロアを突き刺す。
『雷の対策を忘れているでしょう?』
「え」
雷の対策。
言われてすぐにピンとくる。
「あーーー!!」
嵐ならば雷が落ちるに決まっているので、いくらドームを作ったとはいえ避雷針でもなければ嵐の規模からしてどうなるかわからない。
時間がないと焦って、全く考えていなかった。
『もうやっておきました』
「え?」
ベルガミュアの無表情な声に、クロアはピタリと悲鳴を止めた。
『貴方が開けておいた四方の穴から、電気発生の式を描いた簡易魔道具を投げておいたので、雷はそっちに落ちると思います』
タイムリーに上空でごろごろと雷が鳴る。
クロアは感動に涙が出るかと思った。
「ベルガぁぁぁ……今までこっそり、“我関せずマン”って呼んでてゴメンねぇぇぇ……」
『そんな風に思ってたんですか……』
はあ、と呆れたベルガミュアの溜息が聞こえる。
これはいつものよりも、さらに心から呆れている。
『早々に片付けてください。マシュマロは100個でお願いします』
「200個作るぅ……! 本当にありがとうベルガ!!」
「言質はとりましたからね」
ぷつん、と切れる通信。
そっけないが、やってくれたことを思えばこの騒動の中ずっと気にしてくれていて、先回りしてくれたということだ。
心が温まる思いでいっぱいになる。
「なんだい、よくわかんないけど……いい方向ってことかい?」
「もちろん! あとはアダドを倒すだけだよ! 行こうバーチィール!」




