事実を希望に
筋トレを命じられてから——もう三日が過ぎた。
「……二百九十八」
腕が震える。汗もボタボタと地に落ちている。
「二百九十九……!」
あと一回。これを越えれば——
「三百!」
ドサッ。
僕は地面に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
初日は二十回で限界だった腕立ても、これで三百回に到達した。
筋肉は痛い。でも、不思議と呼吸は安定している。
あの咳の発作も——最近の修行中は、ほとんど出ていない?
岩の上で腕を組んでいたシャドさんが言う。
「終わったか?」
「はい、これで三百です!」
僕が誇らしげに言うと、彼はため息をつく。
え……? 何で?
「俺は“毎日”三百と言ったはずだが……まあいい」
「ん? 今なんと?」
腕立て、腹筋、スクワット……これらを三百回ずつと思っていて、もう終わりだと安心していたけど。本当は、毎日三百回だった……? 今日は、あの約束の日から数えて、四日目。てことは、本来ならあと九百回!?
嘘だろ……。
あの時、しんど過ぎてちゃんと聞いてなかった。
「ま、大事なのは“達成感”という“希望”だ」
「と、いうことは——」
もう、やらなくていい?
そんな考えが一瞬よぎったが、それだと自分に甘えているような気がする。
(何だか罪悪感もあるし……続けよう……)
強くなるには、そこまでやらなくちゃ。
「よし。今日の挑戦、やってみろ」
「はい!」
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
これで、何度目の挑戦だろう。
地面に手をつき、肩で息をする。腕も脚も、もう鉛みたいだ。
「はぁ……はぁ……」
目の前では、シャドさんが相変わらず腕を組んでいる。
呼吸一つ乱していない。
「……終わりか?」
短い言葉。
僕は顔を上げた。
「まだ……です」
膝が震える。でも——
最初にここへ来た時とは違う。
四日間続けた筋トレ。
そのせいか、身体の感覚が少し変わっている。
力が入る。踏み込める。そして何より——倒れても、また立てる。
『絶望するな』。
前に言われた言葉が、頭の奥に残っていた。
絶望するから、身体が止まる。
絶望するから、咳が出る。
なら。
やり遂げてきた“事実”を信じて、“希望”にするんだ。
ゆっくり息を吸う。
「……もう一回っ」
地面を蹴った。
走る。真っ直ぐと。標的めがけて。
シャドさんは動かない。カウンターパターンか。
以前は奇策を試して、失敗に終わった。だったら……距離をこのまま、縮める。
十メートル。
七メートル。
五メートル。
——ここだ。
「『ツルピカフラッシュ』!」
頭が光る。
ビカリと閃光が広がる。
「遅い!」
しかし、シャドさんの身体が、すでに動いていた。
強烈な……カウンターが来る。
でも——前とは違う。分かってる。
僕はダガーを投げた。わざと大振りに。
「……隙だらけだ」
それを見て、シャドさんが横に避ける。
その瞬間——!!
僕はもう一度、地面を蹴った。
脚が沈まない。踏ん張れる。
……スクワットの成果。
身体が前に出る。投げた腕をそのまま振り抜く。
腹筋に力を入れて、身体ごと回す。
ドン、と鈍い音……?
それにこの手応えって。まさか……!?
目の前の、シャドさんの身体が止まっていた。
僕の肘が、彼の脇腹に触れていたのだ。
「……あ、当たった」
僕は目を見開く。
え……本当に?
だが、やはりまだまだ半人前らしい。
次の瞬間、油断した僕の視界が高速で回った。
ドン!
またまた、僕は地面に叩きつけられてしまった。
「ぐはっ……!」
背中が痛い。鈍い音も、やっぱり師匠と僕では響きが違うな。
試合的には、やっぱ勝てない……? けど。
「……これで一撃です」
シャドさんは腕を組み直す。
そして、少しだけ口角を上げた。
「じゃあ、今日は終わりだ」
僕は地面に寝転がったまま、空を見る。
——相変わらずの、曇った空だった。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
そして、翌日。クレーターの底には、朝日が差し込んでいた。
荒れた地面。岩と砂だけの、何もない空間。
その中央で——
「……四百九十八」
腹筋を続けながら、僕は数を数える。
「四百九十九……!」
上体が震える。そろそろ限界だ。
「……五百!」
ドサッ。
僕はそのまま地面に倒れ込む。
「はぁ……はぁ……」
「終わりか?」
シャドさんは少し離れた岩の上に座り、腕を組んでいた。
「……一応、今日の分は!」
我ながらよく頑張った。
——褒めてくれるのか、と思ったが。
「いや、全然遅いぞ……?」
即答だった。
うう——ひどい。
そんなお決まりのやり取りを終えた時。
突然、クレーターの縁から声が落ちてくる。
「やあ。様子を見に来たよ」
驚きつつも、僕は顔を上げる。
そこに立っていたのは——変な仮面をつけた、ムシ族の青年?
「え……隊長?!」




