腐敗と発酵
【前回の登場人物】
「ゴハート」
(種族)ゴースト
(年齢)9 ※転生してからの歳
(能力)人魂を呼び出す
(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚された"仲間"。ギザンにより石化が解けた。
「土台モン」
(種族)モンスター
(年齢)173
(能力)土台の設定変更
(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚された"媒質"。同じく、ギザンにより石化が解けた。
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ドドリ村を旅立ってから、三日が過ぎた。乾いた平原を越え、岩の多い丘を越え、ようやく次の目的地が見えてくる。
隊長との合流地点は、メサではなく——城の内部に探検隊の本拠地がある、石化被害を受けた都会街「ラッシャイタウン」。
その街まで、あとわずかという場所に辿り着いた日の夜だった。
焚き火の中で炎が、ぱちぱちと小さく爆ぜる。夜の冷気の中で、橙色の光だけが揺れていた。その傍らで、カルマさんが黙々と手を動かしている。
今夜の夜食に、彼がお手製の寿司を振る舞ってくれるらしい。
「いや〜、楽しみだなぁ」
思わずそんな声が出る。
カルマさんは何も言わない。ただ、魚を捌く音だけが静かに響いていた。
——トン、トン、トン。
包丁の動きは迷いなく、正確だった。魚の身が、薄く、美しく切り分けられていく。その様子を見ながら、ゴハートが小声で言った。
「……あの人、そんな特技あったのか」
隣で土台モンが、当然のように呟く。
「『スシ族』なんだから……そりゃね」
やがて、小さな木皿が差し出された。
白い米。艶やかなイカの寿司。無駄のない、均整の取れた形。それは小さな料理なのに、不思議な存在感を放っていた。ギザン・トライアングルが、それをじっと見つめる。
——沈黙。
焚き火の音だけが、静かに響く。
やがて彼は、低く呟いた。
「……これが、寿司か。随分と変わったな」
「昔は違ったのか?」
僕が聞くより早く、カルマさんが短く問い返す。
「ああ。我の知るそれとは、形が異なる」
ギザンは一貫を持ち上げる。
そして——指先が、ふと止まった。
「当時の寿司は、地脈へ捧ぐ供物。酸味強く、保存を主とした」
そう言って、ゆっくりと口へ運ぶ。
焚き火が、小さく弾けた。
誰も、何も言わない。全員が、息を潜めている。
——古代人が、現代の文化に出会う。何だか、妙にワクワクした。
ギザンの眉が、わずかに動く。
「……温かいな」
その一言に、僕らは顔を見合わせる。
「「どういうことです?」」
尋ねると、ギザンは静かに言った。
「米が、まだ息をしておるのだ」
彼は目を閉じる。
そして、ゆっくりと噛みしめ、飲み込んだ。
「魚は、命を終えたばかり。だが、死を恐れておらぬ味だ」
「………」
カルマさんは何も言わない。
だが——ほんのわずか、口元が緩んだ気がした。
「流石は『リーラッシャイ』……。いつの時代も、寿司に関しては一流というわけか」
焚き火の火が再び揺れる。
カルマさんが、肩をすくめて小さく笑った。
「俺よりも、弟の方がうまいぜ」
「ほう。汝のお墨付きか?」
「そうだ。『ドド』っていうんだが——」
ギザンが二貫目を口に運んだ、その時だった。
その名を聞いた瞬間、僕は思わず顔を上げる。
『ドド』。どこかで——聞き覚えのある名前だった。
「誰だ? それ」
ゴハートが首を傾げる。
「おらも知らないべ」
ピクコノさんも続けて首を傾げた。
「“本家”は十八年前の大災害により途絶えたと聞きましたが……?」
土台モンも、知らないらしい。
二人は異界の住人だ。知らなくても無理はない。
けど——ピクコノさんは、なんで知らないんすか!?
「まあ、僕もミツバから聞いて初めて知ったんだけどね——」
僕は、三人に説明する。
『ドド・リーラッシャイ』。
隊長——ジェム・カブリの親友。ミツバにそれを説明され、何も知らない癖に一度は恨んだ男。四年前に隊長たちと共に、“大災害”から世界を救った英雄。そして現在の「ラッシャイタウン」市長……らしい。
——改めて聞くと、とんでもない肩書きだ。
カルマさんが「リーラッシャイ」の血を引くと聞いた時から、もしやとは思っていた。けれど、本当に兄弟だったとは。
「『ドド』の兄ということは……汝も、“本家”ということだな?」
「……そうだが」
カルマさんが頷く。
その瞬間——ギザンの声が、重くなった。
「それならば……この寿司は完全ではないな」
僕は思わず声を上げそうになった。
(完全ではない……!?)
いやいやいや。普通に一流クラスの美味しさですけど!?
“本家”ってのが関係あるのだろうか。僕はカルマさんを見る。
彼は——何も言わず、ただ静かにギザンの言葉を待っていた。
「貴殿の手には、“迷い”がある」
その言葉で、空気がわずかに変わる。
カルマさんの迷い。それは、おそらく——。
「寿司は、心を映す。刃は嘘をつけぬ」
僕は息を呑む。ギザンは続けた。
「——“悔恨”を抱えた手だ」
その言葉を聞いて、カルマさんは、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……そうかもしれないな」
ギザンはそれ以上、追及しない。三貫目を口に運ぶ。
そして、静かに言った。
「だが“悔恨”は、腐敗だけでなく……発酵にもなり得るのだ」
焚き火が、さらに大きく燃え上がった。
その光の中で、カルマさんが顔を上げる。
「感謝する、ギザン。決心がついたよ」
彼は黙ってもう一貫を口に入れる。
そして——僕の方を見た。
「カビ助。後で話がある」
やっぱりだ。
彼の“迷い”とは、僕へ関係している。
「寝る前に、一人で俺のテントに来てくれ」
「は、はい……」
そう言った彼の手には、もう迷いは残っていなかった。
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