表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
72/170

腐敗と発酵

【前回の登場人物】

「ゴハート」

(種族)ゴースト

(年齢)9 ※転生してからの歳

(能力)人魂を呼び出す

(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚された"仲間"。ギザンにより石化が解けた。


「土台モン」

(種族)モンスター

(年齢)173

(能力)土台の設定変更

(概要)カビ助の気持ちが増幅して召喚された"媒質"。同じく、ギザンにより石化が解けた。

************************************************



 ドドリ村を旅立ってから、三日が過ぎた。乾いた平原を越え、岩の多い丘を越え、ようやく次の目的地が見えてくる。

 隊長との合流地点は、メサではなく——城の内部に探検隊の本拠地がある、石化被害を受けた都会街「ラッシャイタウン」。


 その街まで、あとわずかという場所に辿り着いた日の夜だった。


 焚き火の中で炎が、ぱちぱちと小さく爆ぜる。夜の冷気の中で、橙色の光だけが揺れていた。その傍らで、カルマさんが黙々と手を動かしている。

 今夜の夜食に、彼がお手製の寿司を振る舞ってくれるらしい。


「いや〜、楽しみだなぁ」


 思わずそんな声が出る。

 カルマさんは何も言わない。ただ、魚を捌く音だけが静かに響いていた。

 ——トン、トン、トン。

 包丁の動きは迷いなく、正確だった。魚の身が、薄く、美しく切り分けられていく。その様子を見ながら、ゴハートが小声で言った。


「……あの人、そんな特技あったのか」


 隣で土台モンが、当然のように呟く。


「『スシ族』なんだから……そりゃね」


 やがて、小さな木皿が差し出された。

 白い米。艶やかなイカの寿司。無駄のない、均整の取れた形。それは小さな料理なのに、不思議な存在感を放っていた。ギザン・トライアングルが、それをじっと見つめる。


 ——沈黙。

 焚き火の音だけが、静かに響く。

 やがて彼は、低く呟いた。


「……これが、寿司か。随分と変わったな」

「昔は違ったのか?」


 僕が聞くより早く、カルマさんが短く問い返す。


「ああ。我の知るそれとは、形が異なる」


 ギザンは一貫を持ち上げる。

 そして——指先が、ふと止まった。


「当時の寿司は、地脈へ捧ぐ供物。酸味強く、保存を主とした」


 そう言って、ゆっくりと口へ運ぶ。


 焚き火が、小さく弾けた。

 誰も、何も言わない。全員が、息を潜めている。

 ——古代人が、現代の文化に出会う。何だか、妙にワクワクした。


 ギザンの眉が、わずかに動く。

「……温かいな」


 その一言に、僕らは顔を見合わせる。

「「どういうことです?」」


 尋ねると、ギザンは静かに言った。

「米が、まだ息をしておるのだ」


 彼は目を閉じる。

 そして、ゆっくりと噛みしめ、飲み込んだ。


「魚は、命を終えたばかり。だが、死を恐れておらぬ味だ」

「………」


 カルマさんは何も言わない。

 だが——ほんのわずか、口元が緩んだ気がした。


「流石は『リーラッシャイ』……。いつの時代も、寿司に関しては一流というわけか」


 焚き火の火が再び揺れる。

 カルマさんが、肩をすくめて小さく笑った。


「俺よりも、弟の方がうまいぜ」

「ほう。汝のお墨付きか?」

「そうだ。『ドド』っていうんだが——」


 ギザンが二貫目を口に運んだ、その時だった。

 その名を聞いた瞬間、僕は思わず顔を上げる。

 『ドド』。どこかで——聞き覚えのある名前だった。


「誰だ? それ」

 ゴハートが首を傾げる。

「おらも知らないべ」

 ピクコノさんも続けて首を傾げた。

「“本家”は十八年前の大災害により途絶えたと聞きましたが……?」

 土台モンも、知らないらしい。


 二人は異界の住人だ。知らなくても無理はない。

 けど——ピクコノさんは、なんで知らないんすか!?


「まあ、僕もミツバから聞いて初めて知ったんだけどね——」


 僕は、三人に説明する。


 『ドド・リーラッシャイ』。

 隊長——ジェム・カブリの親友。ミツバにそれを説明され、何も知らない癖に一度は恨んだ男。四年前に隊長たちと共に、“大災害”から世界を救った英雄。そして現在の「ラッシャイタウン」市長……らしい。


 ——改めて聞くと、とんでもない肩書きだ。

 カルマさんが「リーラッシャイ」の血を引くと聞いた時から、もしやとは思っていた。けれど、本当に兄弟だったとは。


「『ドド』の兄ということは……汝も、“本家”ということだな?」

「……そうだが」


 カルマさんが頷く。

 その瞬間——ギザンの声が、重くなった。


「それならば……この寿司は完全ではないな」


 僕は思わず声を上げそうになった。

(完全ではない……!?)

 いやいやいや。普通に一流クラスの美味しさですけど!?


 “本家”ってのが関係あるのだろうか。僕はカルマさんを見る。

 彼は——何も言わず、ただ静かにギザンの言葉を待っていた。


「貴殿の手には、“迷い”がある」


 その言葉で、空気がわずかに変わる。

 カルマさんの迷い。それは、おそらく——。


「寿司は、心を映す。刃は嘘をつけぬ」


 僕は息を呑む。ギザンは続けた。


「——“悔恨”を抱えた手だ」


 その言葉を聞いて、カルマさんは、ほんの少しだけ目を伏せた。

「……そうかもしれないな」


 ギザンはそれ以上、追及しない。三貫目を口に運ぶ。

 そして、静かに言った。


「だが“悔恨”は、腐敗だけでなく……発酵にもなり得るのだ」


 焚き火が、さらに大きく燃え上がった。

 その光の中で、カルマさんが顔を上げる。


「感謝する、ギザン。決心がついたよ」


 彼は黙ってもう一貫を口に入れる。

 そして——僕の方を見た。


「カビ助。後で話がある」


 やっぱりだ。

 彼の“迷い”とは、僕へ関係している。


「寝る前に、()()()俺のテントに来てくれ」

「は、はい……」


 そう言った彼の手には、もう迷いは残っていなかった。





https://kakuyomu.jp/users/SandInHarumaki/news/2912051599751325126

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ